第10話 家出?
何度も迷いながら、むちゅうで歩いていった。きれいで、見なれたぼくの街が見えてきた。気づいたら、もう夕方になっていた。あとすこし、もうちょっとで、ぼくの家だ。
ああ、あのあかり。ぼくは急いで、玄関に入ろうとした。ただいま、と大きな声で言いかけて、ふと気づいた。
「こんな、ヘドロまみれじゃ、お母さんに、何やってたのって、叱られちゃうかな」
ただでさえ、なんの断りもなしに、家を出ちゃったんだ。きっと、カンカンに怒っているにちがいない。ぼくは、そおっとドアを開けて、ただいまも言わずに、お風呂へいそいだ。家のなかは、カレーのにおいでいっぱいで、ぼくはおなかが空いているのを思いだした。
「はあ、久しぶりのシャワーだな」
ぼくは、二日ぶりのシャワーにくつろいで、ぼんやりとした気分で廊下にでた。すると、さけび声がひびいた。
「きゃー!誰よ、あなたっ」
妹のカエデが、ぼくを見てさけぶ。そりゃそうだ。こんな化けものが、突然、家のなかにいたら、だれだって驚くさ。ぼくは、急いで、向きをかえて、逃げようとした。
「待って!…ねえ、もしかして、お兄ちゃんなのっ?」
ぼくははっとして、立ちどまった。でも、後ろをふり返ることは、できなかった。
「ぐ、ぐわ」
ぼくは、とりあえず、無害なカエルのふりをしてみた。相当あせっていたんだとおもう。カエデは、ぼくの声をきいて、確信したようだ。
「やっぱり、お兄ちゃんなのね!ねえ、お母さんが心配して……」
ぜんぶ聞きおわる前に、かけだして、ぼくは、ぼくの家を後にした。
ぼくは、二、三歩、歩いてすぐに、涙がでてきた。ぐるぐると、大きくおなかがなる。
「カレー、食べたかったな」
ぼくは、服のそでで、らんぼうにほっぺたや目のまわり、はなをふいた。すると、いきなり左うでを後ろにひっぱられる。
「待って!おにいちゃ…カッパさん」
びっくりして、うしろをふり返ると、カエデが、ゼエゼエ息をきらしながら、立っていた。
「ねえ、これ。よかったら、食べて」
カエデは、紙でできたお皿に、カレーライスをもってきてくれたのだ。
「ありがとう。本当に、おなかがぺこぺこだったんだ」
カエデは嬉しそうに笑った。
「さっきは、さけんじゃって、ごめんなさい。これ食べて、もっと太ってくださいね、カッパさん」
ぼくは涙をこらえながら、ありがとう、ともういちど言った。
カエデが去ったあと、ぼくは意気ようようと、カレーライスを口にはこんだ。ところが、そのカレーライスを口に入れたとたん、ぼくは吐きだしてしまった。味がやたらに、こくて、からく感じる。化けものに対する、イタズラだろうか。いや、ちがう。
カエデの、さっきの笑顔を思いだして、そんなわけはないと思った。ぼくの大好物は、なんといったって、いえで食べるカレーだったのに。ぼくは、どうやら見た目だけじゃなく、味覚もおかしくなってしまったようだ。
ぼくは落ちこんで、とほうにくれた。いえに帰れないし、あの化け物やしきにまたもどるなんて、かんがえられない。野宿するしかないと、はらをくくって、林に向かった。人魂をみようと意気ごんで行った、あの墓場のおくにある林だ。
ぼくは林に入って、いえから持ってきたレジャーシートをしいて寝た。遠足にいく前の夜に、お母さんに、レジャーシートのたたみ方を教わったことをおもいだしてしまって、目がうるんでくる。
ぼくは、それからしばらく眠った。自分でもびっくりするくらいぐっすりと、ふかい眠りについた。でも、その眠りは長くなかった。いやな夢で、目が覚めたからだ。その夢の中身は、こんな感じだった。家族みんなで、楽しく歩いていると、突然、お母さんの顔が、笑顔から怯えた表情にかわる。横をみると、妹のカエデは泣き出して、何かを叫んでいる。助けて、とお父さんを見上げると、怖い顔で、お母さんとカエデの手をにぎって、かけ出して遠くに行ってしまった。ぼくの手は、ちょっともにぎろうとしてくれなかった。どうして、逃げていってしまうんだろう。足をとめて、自分の手を見ると、ぞっとした。ぼくの手は、緑がかっていて、水かきがあった。ぼくは、こんな見た目になってしまったから、あんなにおびえられたんだ。でも、カッパになってしまったけど、中身はぼくなのに。ぼくは一人なんだ。いやだよ。どうしよう。
そこで、目がさめた。頭がズキズキ痛む。のどがかわいて、しょうがない。水筒に水をいれてきたかったけど、台所からまな板を包丁でたたく、トントンという音が聞こえてきたから、水をくみに行けなかったんだ。水を、どこかからくみに行こう。こんな状況だし、すこしくらい汚れててもいいや。そう思って、立ち上がろうとしたとき、物音がきこえてきた。
なんの音だろう、と音がする方を見上げると、突然、くろい影が、ぼくの視界をおおった。なんだと思って身がまえると、足もとに小さくてかわいらしい、小鳥がいた。ぴよぴよと鳴きながら、ぼくにすり寄ってくる。巣から落ちてしまったのだろうか。小鳥をだこうと、ぼくは手を差しだした。すると、いたっ!手がジンジンして、血がでている。こんなに愛くるしい小鳥なのに、くちばしからは血がたれていて、そのくちばしはよくみると、カン切りのようにとがっている。
ぼくは、つかれていて、イライラしていたんだろう。だから、そのきょうぼうな小鳥をぶっつぶして、テリヤキにしてしまおうなんて、らんぼうなことを考えてしまった。
地面から、手ごろな木の枝を拾い上げると、ぼくは小鳥にむけて、勢いよく振りかざした。こんな姿になっちゃったけど、いいこともあった。カッパは動きがはやいようで、みごとクリーンヒット!けど、それからのことを、ぼくはまったく考えていなかった。
「キュエーーンッ」
小鳥が、おおきな叫びごえをあげたのだ。ぼくは、そのかん高い鳴き声に耐えきれずに、耳をふさいだ。それだけじゃあなく、迫力にびっくりして、腰を抜かすところだった。
しばらくして、その小鳥はいのち尽きて、ぱたりとたおれた。ぼくはほっとして、耳から手をはなした。すると、ガサガサ、チュンチュン、と音が聞こえてくる。それもすぐ近くでだ。どこだ、まだいるのかと、ぼくがふり返ったしゅんかん、足に激痛がはしった。次にからだ中が、つき刺されるような痛みにおおわれた。
ぼくは痛みから逃げようと、急いで駆けだした。足もとをみると、さっきの小鳥とおなじ種類のやつが、何十匹、もしかしたら何百匹といる。肩や耳たぶにくらいついて、なかなか離れないやつを、頭をふりまわしながら逃げる。
ぼくは木によじのぼった。これでひと安心かとおもったら、こんどは小鳥たちが飛んできた。木の枝にしがみついているぼくを、あちこちから、つっついてくる。とうとう、我慢しきれなくて、木から落っこちちゃう。
全身が痛くて、もう動けない。死んじゃうんだ。こんな化け物のかっこうで。化け物にくわれて。大量の小鳥たちに、どんどんかこまれていくのは、すごくこわいんだ。
一匹の小鳥がついに、ぼくの心臓のうえあたりを歩きはじめたとき、糸がするするとぼくの顔の上に、まっすぐ落ちてきた。つかめば、上に上がれるのだろうか。考えているひまはない。あの昔話を信じよう。
ぼくはその細い糸をつかんだ。ながい糸だから、まわりの小鳥もつかんでくる。ちょっと羽ばたいて、ぼくの上の糸をつかんだりする。上下から、突っつかれたら、たまったもんじゃないと、はらいおとそうかと迷ったけど、やっぱり昔話を信じて、やめておいた。
すると、小鳥たちは、クモの糸にくっついちゃって、動けば動くほど、からめとられていく。やったっ。
上を見上げると、まばゆくかがやく月を背景に、ナーニャが、仏のように、木の枝の上に座っていた。
「待たせたわね」
そうやって、ぼくはけっきょく、あのばけもの屋敷にまい戻ることになったんだ。ナーニャに助けられて(前回はナーニャにおそわれたんだけど)、屋敷につれてかれて、テングさんに会うって流れだ。
「さっきの小鳥も、ナーニャのペット?」
「違うわよ。あんな、おぞましい」
ナーニャはぶるぶると、みぶるいをしてから続けた。
「さっきの鳥は、ウグメっていうの。あれは、まだ飛べないみたいね。私たちの敵の手下よ」
「敵?」
「あとで、テングさんから話があると思うわ」
「ぼく、どうしちゃったんだろう。あの小鳥に、悪いことしちゃった」
「仕方ないわよ。動転しているのよ、きっと」
「そうかなあ」
これまで、どんなに焦ったときにも、あんなにぼうりょくをふるった記憶はなかった。ぼくがしんこくな顔をしていると、ナーニャがふり向いた。
「いまは眠ってなさいよ、つかれているんでしょ」
「ありがとう」
返事のかわりに、足にまわされている腕の力がぐっとこめられた。
「血が赤くて、安心したよ」
「もう、何いってんのよ。赤いに決まってるじゃない。私だって、もちろん赤いわよ」
「ほんと?」
「当たりまえじゃない。あなた、カエルやクモをつぶしたこと、ないの?」
「な、ないよ。そんなこと」
「まあ。虫も殺せないくらい優しいってわけね。大丈夫かしら」
ナーニャは小さい声でつぶやいた。
こんな会話をしているうちに、ぼくはうとうとし始めた。ぼんやりとした意識のなかで思いだした。そうだ、言わなきゃいけないことがあったんだ。
「ナーニャ、あの、ごめんね」
「なにいきなり。まあ、よくわかんないけど、許してあげるわ」
ナーニャはケラケラと、嬉しそうに笑っていた。
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