第8話 天狗の登場
「よくきたな」
古そうなちゃぶ台を前に、妖怪が座っている。クチバシがあって、そのクチバシをおおい隠すような長い鼻、おまけに背中にはばさばさとしたつばさが生えている。
このやしきの人は、普通の人間じゃあないみたいだ。でも、そういえばさっきのお手伝いさんには、変わったところは何もなかったな。ぼくみたいに、どこかから連れてこられたんだろうか。部屋の入り口をふり返ってみたけど、もうお手伝いさんはいなかった。
「おい、そんなとこにつっ立ってないで、はやく座ったらどうだ」
おじちゃんの声で、僕の意識ははっと現実に戻った。そういえば、返事をするのもわすれていた。
「あ、はい」
僕は、さっきナーニャにされたみたいにぐるぐる巻きにされちゃあ、たまらないと思って、いそいで座った。
「わたしの名前はハナタカ・テングだ。テングってよんでくれ」
そう言って、ぎゅっと、握手された。爪がくいこんじゃって、いたいくらい力強い握手だった。握手されるなんて、意外だった。こんなにこわい見た目だけど、意外とおもしろい人なのかも。
「じゃあ、テングさんって呼ばせてもらいます。ぼくの名前は」
「いや、君のことはカッパと呼ぶからいい」
「はあ、それ、ナーニャにも言われました」僕はそこでふと気づいた。僕はいったいこんなところで何をしているんだろう。はやく帰らないと。
「あのう、助けていただいて、ありがとうございました。そろそろこれで、帰らせていただきます」
ぼくは立ち上がろうと、こしをうかせた。
「まあまあ、そんな急がなくてもいいじゃないか。おい、こいつが欲しいんだろう」
そういいながら、テングさんがちゃぶ台の上にのせたのは、ぼくたち四人がさがし求めていたツチノコだった。
「本当!?」
やった、これで宿題ができる。僕がさっそくツチノコに手をのばすと、テングさんはさっと、すばやくツチノコを隠してきた。見た目はけっこうしわくちゃで、おじちゃんなのに、こんなにすばやいなんて、と失礼なことを考えていると、テングさんが優しい声で言ってきた。
「なんで、こんなに優しくしてくれるの?」
テングさんは、この質問に答えるのがむずかしかったようだった。
「いやあ、その」
すると、今までとはうって変わって、怖い顔になって言った。ころころと口調がかわって、なんだかつかみづらい人だ。
「君たちが、私の林にずかずか入ってくるのがうっとうしかったんだ」
「ごめんなさい。宿題に必要で」
「うむ、だからこいつ…ツッチはしばらくくれてやる。でも、その代わり、きちんと世話をしてもらうぞ」
夏休みは残り五日だったから、そんなの楽勝だと思った。でも、その声のうさん臭さに、気づくべきだったんだ。
「あと、こいつの世話は、このやしきのなかでやってもらう」
「え、持ち帰っちゃだめなの?」
「もちろんだめだ。殺されたりちゃ、たまらないからな。あと、一回でもこのやしきの庭から出たら、もう二度と、見せてやらんからな」
ぼくはだんだん不安になってきたけれど、そのままうなずいた。母さんには、あとで宿題をおわらせるための、合宿に行ってきたとでも言って、ごまかそう。
テングさんの部屋をでて、ぼくが寝るころには、もう日が昇ろうとしていた。もっとまえにふとんにもぐったんだけど、ぼくはなかなか眠れなかったんだ。
となりの部屋はまだ明るい。たしか、お手伝いさんの部屋だ。障子ごしに、お手伝いさんの影がうごくのがわかる。ぼくはうとうとしながら、それをながめていた。すると、つぎのしゅんかん、ぼくはぱっちり目が覚めてしまった。お手伝いさんの首が、するする伸びていくのだ。天井まで伸びていってもたりないくらいながい。そのまま、お手伝いさんは首だけ廊下にだして、からだだけを部屋において、どこかにいってしまった。ぼくは、ふとんでおでこの汗をぬぐった。
「なんてこった。お手伝いさんは、ふつうの人間だとおもってたのに」
お手伝いさんのあたまは、二十分ほどたってから、もどってきた。
「げふっ。あら、はしたない。ビール飲みすぎちゃったかしら」
ぼくはそれから、ショックであまりうまく寝つけなかった。そういえば、お手伝いさんは、ごはんを食べるひまもなく、はたらいていた。毎晩、こうやって部屋をぬけだして食べているにちがいない。お手伝いさんの正体は、ろくろ首だったんだ。
ぼくが起きたのは、お昼の十二時をすこしすぎたころだった。おなかがすいて、目をさました。
起きてから、さっそくツチノコの観察をしようと思ったけど、おなかがすいて、何もやる気がでない。たたみのうえに寝ていると、お手伝いさんが、夜ごはんを運んできてくれた。しおや、さとうの味がまったくしなくて味がうすいし、今まで食べたことのないような葉っぱや虫がゴロゴロ入っている。おなかがすごいすいていたけど、かなりの量を残してしまった。
でも、ごはんをいくらか食べたおかげで、すこしは空腹がやわらいだ。ツチノコのトイレを片づけたり、ツチノコにスポイトで水をかけてあげたりして、つきっきりで世話をした。もちろんぼくなりに研究もした。どんな歩きかたをするのか、水をたらされたときはどう反応するのかを、かかさずノートにかいた。ツチノコは、刺激を与えると、するどい爪を、下にむけてつきだす。いつもぬるぬるしている分、水をいっぱい飲む。部屋のあかりも苦手だけど、しばらく時間がたつと、なれてくるのか、日陰からでてくる。わかったことを、つぎつぎにノートに書きこんでいく。
ぼくの自由研究は、このままいけば順調そうだった。でも、時間が経つにつれてどんどんツチノコは、元気がなくなっていった。夕方になる頃には、ツチノコはぐったりと動かなくなってしまった。ぼくはテングさんの、こわい怒った顔を想像した。
「まずい、どうしよう」
ぼくは急いでテングさんの部屋に向かった。障子をいきおいよく開ける。すると、テングさんが昨日とまったく同じ場所に、同じ姿勢ですわっているのが目に入った。
「おい、人の部屋にノックもせずに入ってくるとは何事だ」
「ごめんなさい、テングさん。でも、大変なんだ。ツチノコの元気がないんだよ」
息を切らせながら言った。
「見せてみろ」
「はい」
僕は水槽のなかのツチノコを見せた。すると、テングさんは見る見る間に顔を赤くして、険しい目つきで、僕を見てきた。
「おい、お前。こいつにメシはやったか」
テングさんの声は少し荒かった。ぼくはびっくりした。
「え、ごはん?エサ?ツチノコって、ごはん食べるの?」
「当たり前だろう。お前ら人間だって、一日三食、寝てばっかりのときも食べとるだろうが」
テングさんは怒って言った。
「でも、テングさん。このツッチ?って何を食べるの?」
そう聞くと、なぜかテングさんは待ってましたというように、にやりと笑った。怒りもすこしぼくが世話を一生懸命やろうとしているのが、嬉しかったのかな?いや、ちがう。なぜか、なんとなくそう思った。
「やしきの庭に、大きな池がある。やしきからでて北東の方なんだがな。その池に生えているコケが、ツッチのご飯なんだ」
テングさんはいい終えて、すっきりしたというような、反対に何か変なものを飲み込んでしまったような、ふくざつな笑いかたをしていた。ぼくは、あやしいとおもったけど、テングさんの表情に、口ふうじされちゃったんだ。
「わかった、世話をするのはぼくの役目だものね。それに、ツッチを弱らせちゃったのは、ぼくの責任だし。池に行ってくるよ。ただコケを、スプーンですくってくればいいんでしょ?」
ぼくは、なぜかテングさんをはげますように、そして自分をふるいたたせるように、きっぱりとした笑顔で、テングさんに笑いかけた。
「ああ、そうだ」
ぼくの笑顔もむなしく、テングさんはさっきの、あのふくざつな笑顔のままだった。
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