第6話 ふたたび冒険
僕は夜の一時に目覚まし時計をセットして眠った。
妹のカエデには、ちょっとあやしまれた気がするけど、宿題であせってるんだと、ごまかしておいた。昨日も同じことをしたから、もう慣れっこだ。
例の林の入り口には、夜の一時に集合する予定だ。丑みつどきに、昨日のベンチに行ったほうが、ツチノコの化け物に会えるだろうというハルキのアドバイスだった。
ケータイを振動するようにだけして、音は鳴らないように設定してから、まくらの下に入れる。目がさめて時計をみると、夜の二時だった。まずい!寝坊した!!
玄関にドタドタと走っていくと、妹がびっくりした顔で廊下にたっていた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
あちゃあ、出くわしちゃうとは運が悪い。
妹はトイレからの帰りだろうか。リュックを見ていぶかしげだ。
「もしかして、お兄ちゃん、家出するつもり?」
カエデは、息をひそめて、心配そうに聞いてきた。
ぼくは、おもわず大声で否定しそうになったけど、なんとかひそひそ声で言った。
「ちがうよ。すこし出かけてくるんだ。母さんには、ないしょにしてくれよ」
カエデは納得いかないような顔だったけど、ぼくが急いでるのを見てしぶしぶうなずいた。
カエデの髪をわしわしとなでて、ぼくはかけだした。
林に着くと、サクヤの姿はもうなかった。きっと、もう帰っちゃったんだろう。
そりゃそうだ。真っ暗闇で一時間も待たせたんだから。
ぼくも帰ろう。ぼく一人でこんな鬱蒼としたところに行く勇気はないもの。
でも、何気なく懐中電灯を下に向けて、体の向きを変えようとしたとき、その文字は飛び込んできた。
土の地面に、石かくつ底をつかって、かかれたような文字だ。
「先にいく」
ぼくはそれを読むと、すぐに走りだした。
そうだった。
サクヤは馬鹿正直で優しすぎるまっすぐなヤツだった。
追いかけなくちゃ!
林の中の、うす暗い様子に一瞬だけ、ほんの一瞬だけしり込みしたけれど、すぐに走り出した。
サクヤ一人で、こんな気味のわるい林に入っていくなんて、ぜったい危ない。
走って行くと、分かれ道にでた。
昨日も歩ったはずなんだけど、ハルキのうしろをとにかくついていったから、まったくおぼえてない。
昨日はどこかで曲がったか?とりあえず、道がふといほうを行こう。ぼくは嫌な汗をかきながら、それでも夢中で走った。
すると、ベンチが見えてきた。この道で合っていたんだ!そこで何かがひんやりと、おでこに当たった。
雨か?それしては、ねっとりしてる。いやな予感がする。気持ち悪い感触を払いのけたくて、おでこを手でぬぐった。
でも正確には、ぬぐいきれなかった。
指が途中でぬるぬるした、重たい何かにつかえてとまっちゃったんだ。
昨日のカズキを思い出す。
ナマコにちがいない!ぞっとしてとびあがる。
ぼくは悲鳴をあげながら、頭のうしろがキーンって痛くなるくらい、頭を振り回した。
それから、手では気持ち悪くて触りたくないから、両手をそでにすっぽり入れた。
そうやって、二本の腕をトングみたいに使って、そのベトベトした何か(たぶんツチノコ!)を取ろうともがいた。
しばらく(すごく長い時間に感じたけれど、たぶん十五秒くらい)その動きをしていたら、だんだん周りがふわふわしたものに包まれていくような心地になってきた。
目をつむっているせいで、よくわかんないけど、暖かくて、気持ちいい。そのうち、からだ全体が宙に浮くような気もしてきた。
でもそんな訳ないし、体を振り回しすぎたせいでクラクラしてきたんだろう。この感じは、船よいと似ている。
けど目を開けると、ぼくの足は本当に地面から離れていた!
ええ?どういうこと!?
急いで周りをみようとしたけれど、首がビクとも動かない。
白い大きな布団のなかにはいっている綿みたいなものが、少しだけ見えた。
手や足を動かすけれど、どんどん動けなくなって行って、息も苦しくなっていっているような気がする。
どうしよう、あせってなみだ目になってきたとき、僕より年下くらい(カエデよりすこしおとなかな)の、女の子の笑い声が聞こえた。
「ふふ、ふふふ。あんまり動かないほうが、いいんじゃないかな」
天使だ!すごく心細かったもんだから、ぼくは天使が助けにきてくれたって、本気で考えたんだ。
それに、天からのおむかえがきても、そんなにおかしなことじゃあないっておもったしね。
だから、「はい、すみません」って、何に対してだかよくわかっていないまま、あやまって動くのをぴたりとやめた。
「よろしい、よろしい」
そう言いながら、女の子は、じょきっと僕の上を切りはなして、落としてくれた。
助けてもらった身で、文句は言いづらいんだけど、ここだけの話、地面に落ちたときはかなり痛かったな。
女の子がビリビリと、僕を縛りつけている何かをはいでいく。その子と顔を見合わせるまでには、しらっとした顔色で、地面に落ちるぐらいへっちゃらさって顔をしてみせたよ。
なんていったって、その子はぼくを助けてくれた、天使のはずなんだから!
だから、初めてその女の子、つまりナーニャ・ピックルスを見たときは、本当におどろいた。これもここだけの話だけれどね。
ぼくは、土の地面に横になりながら、そっと目をあけていった。光がぼんやりと見えてくる。
光といっても、月や星の光と、遠くの家の窓からもれた光が見えるだけで、まわりはまっ暗だ。
「ちょっとあんた、顔色悪いわよ。大丈夫?やりすぎちゃったかしら」
さっきの、天使の声だ。どこにいるんだろう。探していると、手を差しだしてくれた。
ぼんやりと影がみえる。目がまだ暗やみになれていないせいで、手のひらとうでの区別がつかない。暗やみの中に、うっすらとぼうきれのように細いうでが見える。
その先にあるだろう手のひらをにぎろうとしたけど、女の子のうでをつかんでしまった。あれれ、うでがずいぶんながいんだ。
ぼくはとまどって動きをとめてしまったけど、女の子はそのままぼくを引き上げてくれた。
「ありがとう。助か…」
ぼくはそこまで言って、文字どおり固まってしまった。
理由は一つだけじゃあない。目の前の女の子は、想像どおり、いや想像以上に可愛かった(大きな目、それにキレイな小麦色の肌!)。
おどろいた理由がこの一つだけだったら、どんなによかったか。
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