第5話 はじめての冒険をもう一度

 ぼくたちは無事に大人の目をかいくぐり、いつも遊ぶ公園に真夜中集合した。


 このてっぺんに浮かぶ月を自由研究で出したい気分だ。そのくらいぼくは興奮していた。だって、この月を見てる人、僕たちしかいないんじゃないかな!


 でも、エリー・ミユコ先生に万が一にでも幻滅されたら……。


「あの林なら、人魂が現れるんじゃないかな。きっと面白い科学現象が見れるよ」


 ハルキが指をさす。そこには、崩れた墓石を境にうっそうと木が生い茂っている林がある。


「入るしかないか」


 サクヤが、かみの毛をくしゃくしゃにしながら言って、林に向かって歩きだした。

ぼくたちは勇気をふりしぼって、うす気味の悪い林に入っていった。


 林には石が積まれて作られた道があるものの、放ったらかしといった感じだった。ただその作られた道には木が生えていないから、なんとか歩けた。


 カズキは相変わらず泣いていて、ずびずびと鼻をすする音だけが嫌に響いていた。僕はカズキの手を引きながら、片手で使い捨てカメラを構えた。


 あちこちに「足元注意!」や「立入禁止」、わざわざ「心霊現象はありません!帰って!!」といった看板まである。


 ぼくはそれをシャッターを付けてパシャパシャと撮っていった。

 カズキはまだ泣きやまず、ズビズビ言っている。


 ハルキがふと、古びて腐りかかったベンチの前で立ち止まった。ハルキもさすがに休みたいのかななんて思っていると、


「運が良ければ、この辺りで人魂が見れるはずなんだけれど」


 ハルキはリュックから、ぶあつい本を取り出して、パラパラとめくって確認した。


 ハルキがよむ本は、文字がびっしり並んでいる。ぼくの大好きな絵や図がやっとでてきても、ぜんぶ白黒でがっかりしちゃった。


 僕が買ったカラフルでキャラクターがしゃべっているような本は、恥ずかしくてハルキのまえでは読めないや。

 でも、カラフルな本ってわかりやすいんだよね、カッコよくないけど。やっぱりハルキはすごいや、なんてぼんやりと思った。


 サクヤは、古ぼけたベンチに向かい合って、プロレスラーみたいに腕をかまえていた。

 ハルキも、人魂が現れる条件や何かしらを調べつつ、いつ人魂が現れてもいいように、緊張した顔でベンチを見つめている。


 ぼくも急いでカメラを構えようとした。そこで、カズキと手をつないでいたことをおもいだしだ。


 カズキはよっぽど怖いのか、きつくぼくの手をにぎっている。ぼくはまっすぐ前を向いたまま言った。


「なあ、カズキ。写真とるから、手、はなしてくれ……」


 すべて言いおえることはできなかった。あることに気づいたとき、思わず息をすいこんでしまったからだ。


 カズキの鼻水をすする、ズビズビという音が聞こえないんだ!


 ぼくは、おそるおそる右を見た。


 すると、なんとカズキの顔に、手のひらサイズほどのウーパールーパーのような生き物(幽霊!?)が、しがみついているではないか!


「ねえ、それ」


 ぼくがなんとかしぼり出した声はからからで、たぶん誰にも聞き取れなかっただろう。


 カズキは、今にも泣きそうに顔を歪めるだけで、声を出す余裕はなさそうだった。恐怖のあまりに、ぷるぷると声も出せずに震えている。


 カズキのひどい震えに関わらず、謎のウーパールーパーのおばけは、じっと動かない。

 よく見ると、カズキの鼻にしがみついていて、お腹(喉?どこまで喉で、どこからお腹なのかわからない)はゆっくりと上下している。


 僕は虫は平気な性質だけど、こんなに気持ち悪いヤツだと具合が違う。


 僕の声が聞こえたのか、もしくは静かすぎておかしいと思ったのか、サクヤとハルキの二人が振り返る足音がした。


 それとほぼ同時に、どちらかが(たぶんサクヤだろう)息を飲むひゅっという音が聞こえた。


「動かないで!」


 ハルキが叫んだ。


 サクヤはかまわずにナマコのおばけを、ひっつかもうとする。だけど、ナマコはびくともしない。


 カズキからはなれるどころか、ますます力をいれたようだ。カズキが、いたそうに、顔をゆがめる。


「い、いたいっ」


 なみだがぽろぽろとおちる。すごくいたそうだ。はやく助けないと。そう思って、ナマコをはがそうとしたぼくを、ハルキが引きとめる。


「むだだ。あのナマコの妖怪は、ああ見えて、ものすごく力が強いんだ」


 サクヤは、もう手をはなしたけど、ナマコはきつくカズキの顔をしめつけている。ハルキは、あたまをかかえこんだ。


「たしか、読んだはずだ。ええと、ナマコは暗やみで生活するんだ。だから、弱点は、…そうだ!」


 ハルキは、すばやくポケットから携帯電話を取り出して、その光をナマコの化け物に当てた。その大きなナマコは、光に驚いたのか、カズキの顔から飛び上がった。


 僕らが捕まえようとか、カズキを助けようとか思いつくまえに、そいつは茂みの中に消えていった。


「おい、大丈夫かよ」

サクヤは大きな声でほとんど叫びながら、おぼつかない足でカズキに駆けよっていった。


「うん、なんとか」


 カズキは安心したのか、地面にお尻から座り込んだ。


「ありがとう。ハルキ」

「いいって。ほら、これ使いなよ」


 ハルキがティッシュを差し出した。カズキはウーパールーパーの感触を早く消したいようで、すぐに顔を拭いた。


「あれ?」


 顔を拭いてから、そのティッシュでそのまま鼻をかもうとしたところで、カズキは動きをとめた。


 何かに驚いているような、不思議がっているような、どう受け止めていいのか、考えあぐねているような顔だった。


「鼻水が出ないんだ。あんなにズビズビって、大変だったのに」


カズキが林に入ったときから、泣きすぎたせいでズビズビと鼻水をすすっていたのは、僕が一番知っている。手を繋いでいる横から、ずっとズビズビうるさかったんだから。


「もう、すっかりないんだ」


カズキがなんだか嬉しそうに立ち上がった。汚れた手を、鼻をかむ予定だったティッシュで拭いている。


「なあ、もしかして、さっきの化け物が、お前の鼻水食べちゃったんじゃないか」

サクヤがにやりとして言った。


「うわ、何それ、気持ち悪いこと言わないでよ」


 カズキはまた顔をしわくちゃにして、ぷるぷるっと、シャワーを浴びさせられた子犬みたいに身震いした。


「まあまあ、化け物に何かされたにせよ、びっくりした拍子に引っ込んじゃっただけにせよ、どちらにせよ、鼻がスッキリしたんだから、良かったじゃないか」


 ハルキが、珍しくおかしなことを言うからぼくらはみんな笑ってしまった。ついさっき、あんなに怖いことがあったのに。

だけど、たしかにハルキの言う通りだ。鼻水がなくなっただけなら、むしろ良かった、ありがたいじゃあないか、なんてね。


 でもやっぱり少しは怖いし、夜の二時まで待ったのに人魂はちっとも現れないから、僕たちは引き返すことにした。もう夜の二時なんだと思うと、急に眠くなって、あくびもいっぱい出ちゃう。


 帰るとき、ぼくとサクヤはくすくす笑いながら、カズキの鼻をつついたりして、小突きながら、来た道を引き返した。


 ハルキは後ろの方で何か考え込んでいるようで、黙りこくっていた。


 ぼくはそれに気づいて、あの化け物の写真を撮り忘れたことを、後悔しているのかな、なんて甘いことを考えていたんだ。


 次の日も、ぼくら四人は集まって、宿題に取りかかった。


 お昼のピークは過ぎていたから、ファミレス・プラザ(僕らの村で一番安くてうまいレストランだ)の特等席を手に入れることができた。


 午後の一時集合だったんだけれど、サクヤは寝坊して、遅刻してきた。 


 サクヤは眠たそうで、いつも念入りにセットされている前髪は、今日はペシャンコだった。


 いつもならこういう時、何かを奢らせたり、変な冗談を大きな声で言わせたりするのが、お決まりなんだけれど。


 でも昨日の冒険のことがあるから、仕方ないなって、今回は罰ゲームを言い出すやつはいなかった。

 

 今日はそんな余裕もなくて、すぐに今夜の作戦を立てにかかった。始めに、ハルキがリュックから分厚い本を取り出して言った。


「これ、面白いと思って、家から持ってきたんだ」


 しおりを挟んであるページをひらくと、ずんぐり太った、ナマコに頭と尻尾が生えたような生き物が描かれていた。


「ツチノコっていうんだ。昨日のあいつの正体は、こいつに違いない」


 言われてみれば、たしかにシルエットがそっくりだ。


「俺たちは昨日、そいつと会ったってわけか。面白い。理科の自由研究に使えるんじゃないか?」


サクヤはさっきまであんなに眠そうだったのに、うきうきとテーブルに身を乗り出した。


「じゃあ、僕がしっかり捕まえとけば良かったなあ。そしたら、間違いなく学校代表だったよ。実物のツチノコを皆さんの前で解剖ショー!なんてさ。それでなくとも、写真があれば、どんなに良かったか」


ぼくは落ち込んだ。最初に発見して、しかも片手にカメラを持っていたのに、ツチノコの証拠を何も残せなかったのだ。


「いや、そもそもぼくが捕まえるべきだったんだよ」


泣き虫カズキが、申し訳ないような、悔しいような顔で言う。


「このままじゃ絶対キタムラ・ジュンコ先生に怒られるよ。怒られるどころか…」


 カズキは、テーブルに顔を突っ伏してまった。


 キタムラ・ジュンコ先生が大きな手で宿題のたばを持っている姿や、エリー・ミユコ先生がぼくたちの発表をみてがっかりしている姿を、次々に思いうかべてしまったんだろう。


「ほらほら、泣くなって!学校代表になれば、キタムラ・ジュンコ先生も文句はないだろ。あの化け物の証拠が必要なら、また林に行けばいいじゃねえか」


「その通りだよ。だけど今日はぼく、ごぞんじの通り塾が入っているんだ」


ハルキはげんなりした様子で言った。


「そういえばそうだった。ハルキなしで僕たち、大丈夫かなあ」

「大丈夫だよ。それに、カズキがいれば、鼻水にツチノコがよってきてくれるんじゃない?」


 ハルキがおどけて言った。最近、僕らを励まそうとしているのか、おかしな冗談が多い気がする。


「じ、実はぼくも、親にこっぴどく叱られちゃってさ。夜は外出禁止なんだ」


 カズキは弱々しい声で説明した。でもぼくは見抜いたぞ、絶対うそだ!


「なんだよ、じゃあ俺たち二人か。あと6日しかないもんな」


 やれやれ、といった様子でカズキの肩をたたきながら、サクヤは言った。サクヤはいっつも乱暴な口ぶりだけど、本当は誰よりも優しいんだ。


「そうだね、今日は僕たち二人で頑張ろう」


 僕も頷きながら、そう言った。


 僕たちはそれから夕方まで(それはドリンクバーが時間切れになったときだった)、ハルキと勉強して、二度目の冒険への準備をした。


 そして、ファミレスの玄関で僕たちは二人ずつになって、手を振って別れた。


 これが最後のサヨナラになるなんて、思いもせずに。


 歩き出しながら、適当に片手を振るだけのあいさつをした。僕は、今でも後悔しているんだ。

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