第4話 みんな同じだって
夏休みに入ってから、これを読んでいる君たちの中にもいるかもしれないけれど、ぼくたちは夏休みの宿題をまったくやらなかった。ぼくたちと言っても、ハルキはその中に入らない。夏休みに入ってから、始めの三日で終わらせてしまったのだ。自由研究以外にも、絵日記の課題があった。絵日記もつじつまが合うように書いたと聞いたときには驚いた。
でも、僕を含む他の三人は、夏休みが残り一週間を切っても、宿題がなに一つ終わっていなかった。カズキは、日記を残り一週間のところまでは終えていた。サクヤはどうにか終わるだろうと甘く見ていて、気づいたら一週間で焦っている。ぼくも自由研究の本を二冊ずつ買ったけれど、どれも手付かずだ。サクヤは開きなおったように、腕をのばした。
「とどのつまり、ハルキ以外みんなまずいってわけか」
ハルキが冗談っぽくほおをふくらませて、怒ったような口調で答える。
「でも、一番ちゃんとやらないといけない自由研究が、まだ全然手つかずなんだから、僕もやばいよ。四人みんなでやらないといけないんだから」
僕たちは、ハルキから『一緒に研究しよう』という誘いを二度断っていた(まだ七月だったから、余裕だとおもったんだ)。
それで、ハルキは、ギリギリにならないと、僕たちはやらないにちがいないと、踏んだんだろう。ハルキのいうとおり、七月からちょっとずつ始めておけば、とっくに終わってたんだけど、できないんだなあ。
『コウカイサキニタタズ』夏休みになると、お母さんにかならず、言われるひとことだ。そのことばのとおり、過ぎたことは過ぎたこととして、なんとしてもやるしかない。そんなわけで、ぼくたちは、ファミレスのドリンクバーからくんできたコーラを片手に、顔をつきあわせてたんだ。
ハルキが、せかすように言った。
「あと一週間しかない。みんな、今日からさっそく、調査しに行こう。もう時間はないよ」
ハルキはリュックから、たくさんの分厚い本をとりだした。いちばん上においてある本の表紙には、『妖怪大辞典』って書いてある。
「これ、面白そう」
ぼくは、難しい字はよくわからなかったけど、挿し絵につられてそう言った。
この、四つ、五つくらいの炎が宙に浮かんでいる絵は、なんだろうか。
ハルキがぼくがみているページに気づいた。
「人魂かな。たしかに、面白そう」
ハルキはうなずいて、そう答えた。本にびっしりと書かれた文字を、読みあげていく。
「『出現場所は墓場やその近辺。かつ人の手が入っていない場所』。ああ、あの林とか、ぴったりじゃないかな」
カズキは墓場ときいて、顔を青くしている。
「それじゃあ、今日の夜、一時に集合でいいかな」
サクヤは、楽しみでたまらないというようすで言った。
「お父さんに、怒られないかな」
カズキはあわてて、さりげなく反対しようとしているようだ。
「そこは、バレないようにするんだろ」
サクヤが、カズキの肩を小突いてつっこんだ。
そんなわけで、そのファミレスでうちあわせした晩は、わが家なのに、すごくつかれた。
だって、わくわくどきどきな冒険が、待っているのに、ぼくは家族にいつもどおりふるまわなければならなかったんだ。
「ただいま」
「あら、おそかったじゃないの。宿題、はやくやってしまいなさいよ」
母さんはさいきん、宿題のことばっかり言ってくる。もはや口ぐせになりかけてるんだ。
「うるさいなあ」
ぼくはいらいらしながら、階段をあがって、自分の部屋にはいった。
リュックをおろすとすぐに、扉から、こんこんとノックの音がきこえてくる。
妹のカエデが、じゃれにきたんだろう。たしかめなくとも、毎日のことだからカエデだってわかる。
どうぞ、というまえにとびらが開いた。これもいつもの、毎日のことだ。
「お兄ちゃん、おそかったじゃないの」
「ああ、友だちと会ってたんだ」
カエデは、いじわるに笑った。
「お母さんから、宿題やれって、また言われてたわね」
「ああ、ほんとにいやになっちゃうよ」
「てつだってあげようか?」
カエデは、ませた調子で、手をさしのべるポーズ(背すじをのばして、左手のこうをせなかに、右手を真っすぐまえにだすのがコツらしい)をとって、言ってきた。
カエデは、六歳で、まだ幼稚園の年長さんだ。カエデにてつだえることは、ほとんどないだろう。
「いや、自分でやるよ」
言ってから、少し冷たかったかなと思ったけど、仕方ない。
ぼくたちは、いつもなら、テレビの前でおままごとをしながら、のんびり過ごす。
だけど、今夜はのんびりなんか、してられないのだ。
そうやって決意して、机に向かって勉強しているふりをした。だけど、あいらしいカエデは、しつこく言ってくる。
きっと、ぼくがいつもとちがって遊んでくれないのが、つまんないんだろう。
「まあ、宿題はなんとかなるわよ。ねえ。久しぶりにおはなしをきかせてよ。そうだ!絵日記をついでに終わらせちゃうのはどうかしら?」
たしかに、それは名案かも。カエデは、すばらしいアイデアを、ひらめくのが得意なんだ。
「そうしようかな」
ぼくはランドセルから絵日記ノートをひっぱりだした。まっ白なノートを広げながら、話し始める。
「それでは、むかしむかし…じゃあだめか。三週間まえ、あるところに、とても仲のいい兄妹がいました。……」
絵をかきながら、空想のおはなしをきかせてあげる。
カエデは楽しそうに笑ったり、感動して泣きそうになったり、いそがしそうだった。
妹が自分の部屋にかえってからも、ぼくは絵日記をかいた。かき始めてみると、けっこうおもしろい。
もう過ぎさってしまった夏休みを、空想をふくらませてうめていく。
そうやって夢中になっていると、一階から声がした。
「ごはんできたわよ!はやくきなさいね!」
いつもは、夕ごはんによばれても、ゲームに夢中になったりして、なかなか一階に降りていかない。
だけど、今日は、はやく寝るために、すぐにごはんを食べにいった。
あんまりすぐ、ダイニングにいっちゃったもんだから、じつは夕ごはんがまだできていなかったようだ。母さんは、すっかりあわてたようすで、ごはんをよそいはじめた。
「あら、今日ははやいのね。その、いつもはやく呼んでるわけじゃないのよ」
「あーあ、せっかくはやくきたのにな。これからは、気をつかっておそく降りてこないとな」
母さんは、わざと包丁の音を大きくして、おこったふりをする。
「あんたねえ、ちょっとこっちがあやまると、すぐに調子にのるんだから!」
ぼくのお茶碗に、大量のネギがいれられた。ぼくはネギが嫌いなのに。
「ごめんごめん。いや、うそだって。こっちはぼくがやるからさ。そっちの鍋、やばいんじゃあない?」
母さんは大慌てだ。鍋を救出しながら話し出す。
「今日、お父さんが帰ってくるのがけっこうおそくなっちゃうみたいだから、先に食べちゃおうか」
ごはんを並べおわったタイミングぴったりに、カエデがテーブルの前にきた。
ふだんは、ぼくもこのタイミングを心えているんだけど、今日はとくべつだ。
なんたって、夜中に脱けだすために、はやめに少し寝ておかないといけないんだ。
でも、母さんはうれしそうだし、たまにはこうやって、呼ばれたらすぐ台所にきてもいいかな。
ごはんを食べおわると、ぼくはすぐにお風呂にはいった。
ぼくの父さんは、いちばん風呂にこだわりがない。
それに、今日は帰りがおそくなるらしい。はやく寝るために、とっととお風呂をすませちゃおう。
めざまし時計を忘れずにかけて、布団にもぐった。ぼくもおとなになったもんだ。
興奮して眠れないなんてことは、多分ない。
そして、しばらく眠った。夜の十二時に、ブルブルとまくらのしたでケータイがふるえて、目をさました。
リュックをせおって、玄関をそっと開けて、外にでる。
林につくと、みんながもう待っていた。
ここでお分かりのとおり、冒頭のシーンにもどる。
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