第3話 キタムラジュンコ先生

 キタムラ・ジュンコ先生はとても背が高くて、おっかない先生だ。教壇に立つとますます背が高くなっちゃうから、僕はいつも首が痛くなっちゃうんだ。


 ヒールを履いてきた日は、仕方ないから、もうあきらめて下をむいて、怒られるしかない。


 力も強そうで、向かいあっていると、いつ殴られるのかと(キタムラ・ジュンコ先生はぜったいに殴ったり蹴ったりしないとわかっているんだけれど、なぜだか)ひやひやしてまう。


 先生は学生時代にバレーボールの全国大会に出たこともあるってうわさだ。


 こんな感じで上から見下ろしながら、大きな鋭い声で、威圧感たっぷりに話すんだ。鬼に金棒というか、サクヤの言葉を借りれば、『まるでヤクザのやり口』ってわけらしい。


 ぼくたちは勇気をふりしぼって、職員室のとびらをコンコンとたたいた。


 まあ、ぼくたちはと言っても、本当はハルキが先頭にたって、のこりの三人は、後ろでかくれるようにたっていたんだけど。


「失礼します。三年一組のハルキです。キタムラ・ジュンコ先生に用があってきました」


 さすがのハルキも、このときばかりは声が震えていた。


 僕らがムリに誘ったんだから、ハルキは悪くないんだけど。


 でもキタムラ・ジュンコ先生は、そんなのお構いなく、すんごい怒るんだろうなあ。  


 でも、優等生のハルキがいれば、ぼくたち四人みんなのことを、ゆるしてくれたりするかなあ。


 とりとめもなくそんなことを考えていたせいか、気づいたらキタムラ・ジュンコ先生の席に着いてしまっていた。


「あら、どうかしましたか?」


 僕たち(まあハルキ任せになっちゃったけど)は、キタムラ・ジュンコ先生に、二宮金次郎像をこわしてしまったことを伝えた。


 キタムラ・ジュンコ先生は、ため息をついて、僕たちと一緒に裏庭を見にいった。僕たちはそれから、裏庭でこってり怒られた。


 禁止されているキックベースをやったうえに、二宮金次郎像の大事な手をぽきっと折ってしまったのだから、当たりまえなんだろう。


 僕たちは礼儀正しく気をつけをして、先生の話をきいた。


「みなさんには、二度とこんなことをしないように、バツを与えます」


 やっぱりか。僕はどうかハルキに免じて!なんて、甘いことを考えて祈っていた。


 ぼくの祈りにかまわず、キタムラ・ジュンコ先生は、すました笑みをうかべたまま続ける。


「バツと言っても、夏休みの宿題を、ほんの少し重たくするだけです」


 おお、力持ちのサクヤがいれば、重たくたってこっちのもんだ。サクヤをニヤリと見ると、『重さって、そっちじゃねえよ』と肩を小突きながらささやかれた。


 先生は、そんな僕らに構わず威厳たっぷりに、たからかにいった。



「夏休みの宿題は、理科の自由研究です。研究成果を、学校で一番の仕上がりにすることが、条件です。夏休み明けに、学年全体で自由研究の発表会がありますね。そこで一位をとってください。四人でグループになって、一つのテーマに取り組むことになっています。あなたたち四人で組んでください。」



 先生は長い言葉を一気にそう言うと、一息ついた。


 どうしよう、長すぎて何を言ってたのかわからなかった。あとでハルキに聞こう。


 それからサクヤを手でうながした。


「はい、サクヤくん。何か質問でも?」


「はい、先生。もし条件をクリアできなかったら、つまり学校で一番になれなかったら、どうなるんですか?」


 サクヤは、お調子者で、先生にこびを売るのが得意なんだ。


 こうやって怒られているあいだにも、先生からひいきされようと、ポイントを稼いでいるに違いない。


 僕はなんだかサクヤの質問に嫌な予感がしたのもあって、こうやってサクヤの悪口を考えていた。


「いい質問ですね。ふむ、どうしましょう」


 予想外の質問だったのだろう。先生は背筋をしゃんと伸ばして、ただでさえ高い背をいっそう高くして、考えこんだ。


 見下ろすかんじが、威厳たっぷりだ。


「まあ夏休み明けまでに考えておきましょう。もしできなかったら、どうなるかはだいたい予想がつきますね?」


 先生はにやりと笑った。あとに引けない先生は、きっと恐ろしいことを考えてくるぞ。そうしたら『減刑』どころじゃあない。


 やっぱり聞かなきゃよかったんだ!サクヤをすこしにらむと、申しわけなさそうな顔をしている。


 先生はつづけて、ぴしゃりという。


「そんな『もしできなかったら』ということより、『どうやってするか』を考えましょう。…はい、どうぞ」


 僕はすかさず手をあげていたのだ。



「先生、それじゃあ、あいまいです。やる気がでないです。できなかったとき、どうなるのかをちゃんと、知っていれば、ぜったいやろうと思って、やる気がでるはずです。ぜひ、教えてください」


 やる気がでるとか、ほとんどデタラメを言っちゃった。


 だけど、今すぐ聞けば、さすがの先生も、そんなに恐ろしいことは思いつかないだろう。 


「ふむ、そうですね。確かにそうです。学校でいちばんになれなかったら…」


 先生は、今度はあまり考えずに、すぐに何かを思いついたようで、いたずらっぽく笑った。


「いちばんになれなかったら、エリー・ミユコ先生の前で発表してもらいましょう」


 キタムラ・ジュンコ先生は、いかにもそれっぽく、背筋をのばして、あごをたかくつきだして、続けた。


「ご存知の通り、エリー・ミユコ先生は、理科にかんしてこの小学校でもっとも、けんいある先生です」


 キタムラ・ジュンコ先生は、そうやって、もっともらしく理由を説明した。


 ぼくは、エリー・ミユコ先生ときいて、よろこんだ。

 

 エリー・ミユコ先生は、ぼくたち小学生のマドンナてき存在なんだ。


 でも、まわりを見ると、あわてふためいて、動揺を隠せないようすだった。


 どうしてだろう。


 キタムラ・ジュンコ先生は、そんなぼくたちを見て、満足げにのどをならしていた。


「エリー・ミユコ先生に、指導していただけるよう、たのんでおきます。どちらにせよ、学校でいちばんになれるような出来にしないと、困るのはあなたたちでしょうね」


 キタムラ・ジュンコ先生の、『どうだ』と言わんばかりのくろい笑みをみてやっと、ぼくは気づいた。


 研究について学校いちばんの先生に見てもらうというのは、タテマエだ。


 ほんとうの理由は、ぼくたちが大好きな、エリー・ミユコ先生のまえで、恥をかく状況を、用意することだったんだ!


 あんなにやさしくて、きれいなエリー・ミユコ先生。

 エリー・ミユコ先生の前で、へんてこな発表をして、恥をかいたりしたら、どうしよう。

 

 いつもえがおの、エリー・ミユコ先生に、にらまれたりしたら、もう立ちなおれない。


 ぼくたちがそう思うことをしっていて、キタムラ・ジュンコ先生は、そんなバツを、エリー・ミユコ先生の前で発表するなんてバツを、思いついたんだ!


 なんてこった。サクヤと同じで、これも聞かなきゃよかったんだ!周りをみると、三人とも「言わんこっちゃない」というように僕をみていた。

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