V系バンドの常日頃

逢間丑密

1ステ目 ファッション性の違いと団結

 

『今回は今をときめくヴィジュアル系バンド、黒の楽園の皆様にお越しいただきました!早速お話伺っていきましょう!』

 メディアや対バンに日引っ張りだこでワンマンをやればどんな箱でも超満員の人気急上昇中バンド、黒の楽園のメンバー……を推している俺は中々好きな※¹麺がカメラに映らなくてやきもきしていた。

 「あー!もう!カメラなにやってんだよ!一瞬映ってすぐボーカルにカメラ映すって…贔屓するなよ!」

 俺の好きな麺はドラマーで言っちゃ悪いが影は薄い。でも、ドラムと言ったらバンド音楽の要であり、リズム隊は演奏を支える重要な柱。地味で目立たないように見えるが、実は功労者なんだ。なのに…。なのに…!

 「何だこの扱いは!?その人はなぁ!人一倍繊細で気にしいでストレス抱え込みやすいんだよぉ!」

 ソファから立ち上がってテレビを引っ掴んでガタガタと揺らす。こんなことしても届かないと分かっているが、でもこの思いをどこかにぶつけないと気がすまないどころかおかしくなってしまいそうだ。

 「はぁ…もういいや、見るのやめた……」

 どうせ、映っても見切れたり数秒だけ中心に捉えられたと思えば目線がこっち向いてなかったりするんだろうなと思うと悲しくなるのでテレビを消してネットを見ることにした。しばらく黒の楽園の曲を聞きながらネットサーフィンをして時間を過ごす。

 「あ、そうだ掲示板見よ」

 俺が言っている掲示板とはバンドを組みたいけどそんな友達もつてもない…という人たちが使うバンドメンバーを募集する掲示板だ。かくいう俺もその一人で俺が人生で一番好きなバンド音楽を死ぬまでにはやりたい、そう思ってこの掲示板にアクセスしては自分の募集投稿にコメントがついていないか毎日チェックしているのだ。今日ももれなくサイトにアクセスして自分の投稿をクリックすると一つのコメントがついていた。

 (え!?ついに!?ついに!?)

 ワクワクしながらコメント欄を開くもそこには絶望が待ち受けていた。

 [良い年こいてバンドで世界を変えよう!とか抜かしてるの恥ずかしいですね、おっさんのくせして夢見てんじゃねえぞ]

 「な、なんだよ!アラサー手前のおっさんがバンド結成したら駄目なのかよ!夢くらい見るよ!おっさんでも!見させてくれよ!!てか、ここバンドメンバー募集掲示板だよ!?夢見るおっさんアンチスレじゃないよ!?」

 近所迷惑もいいところ、地団駄踏みすぎてもはや騒音撒き散らし機と化してしまいながらなんとなくもう一度パソコンに目を向ける。さっきまで気づかなかったがコメントはもう一件来ていたようだ。

 「中傷コメントじゃありませんように…今度、中傷コメントだったら俺の心と夢に傷がついちゃう……」

 涙目になりながら恐る恐るコメントをクリックする。すると、表示されたのは[バンドで世界変えたいです!よろしくお願いします。当方、名前の通りベース希望です! イケメンベーシスト、二十九歳 東京都]

 「やっ……た…!!!」

 嬉しさのあまり、地面に棒のようにバタリと倒れ込んで手足を振り乱してはしゃがせまくる成人男性。決して見世物ではない。

 「はっ!返信しなきゃ!」

 

 

 

─────────────────────────




 後日、連絡して約束した日を迎えた俺は張り切っておろしたての服に着替えて髪までセットしてまるで初デートに行く中学生並みに浮かれて約束の十分前には待ち合わせ場所にいた。どうにか浮ついた気持ちを抑えようと深呼吸するが、五回目くらいでやり方がゲシュタルト崩壊してやめてしまった。仕方なく深呼吸をやめてスマホを見ながら暇を潰していることにした。到着から十分経った頃、そろそろ相手が着くという旨の連絡をくれたのでスマホをやめてあたりを見回す。

 (どんな人なのかな…紫髪のウルフヘアでめちゃくちゃおしゃれなイケメンって言ってたかな?ていうか、この人どんだけイケメンアピールしたいの…)

 「あの、蘭さんですか?」

 不意に後ろから肩をたたかれる。きっとイケメンベーシストさんだろう。

 (お、来たか…)

「はい、そうで……」

 問いかけに答える為に後ろを振り向くとそこにはお世辞にもオシャレとは言えないイケメンが立っていた。その風貌はゆるゆるのユニオンジャックのタンクトップにアメリカ国旗のバンダナを頭に巻いて、黒のサルエルパンツ履いて数珠を腕にジャラジャラつけた人物だった。

 驚きのあまり、自分からは見えないが、多分俺の顔変わってると思う。ダビデ像並みに彫り深くなってると思う。

 「…人違いです」

 咄嗟に目を逸らしてスタスタと歩き去っていこうとするが、逃げる…のコマンドが失敗した勇者よろしくこの服が引くほどダサい魔物は俺のことを逃してはくれなかった。

 「ちょちょちょ!今そうですって言いかけたよね!?何しらばっくれようとしてんの!?無理があるから!今から入れる保険ないから!」

 不覚にも肩を強めに掴まれて歩みを止められた。もう服ダサすぎてなんかの法律に引っかかるじゃないか?と思い始めて警察を呼ぶことも辞さない自体になってきている気がする。

 「…だって、だって……コレのどこがオシャレイケメンなんだよ!オシャレのオの字もねぇじゃねぇかよ!!イケメンは認めるけどさぁ!!どんだけセンスないんだよ!?アメリカ国旗とイギリス国旗!?何なの?笑わせようとしてんの?それとも自分の体の上に地球でも作ろうとしてんのか!だったらもっと国旗持って来ないと駄目だろうがぁ!」

 何故か、信じられないほど言葉がスラスラ出てくるのにイケメンベーシストの服がダサいことくらい自分でも驚いている。

 「いや…あの……」

 「それにそのサルエルパンツ!意味わかんねぇよ!なんで股の部分たるんでるんだよ!!なんの意味があるんだよ!まさかボールでも入れとくのか!?ボールならもうあるでしょうが!!二つも!!」

 「この公衆の面前で何言っちゃってんの?初対面だけど、殴っていいか?」

 止まらない。まだ止まらない噴水のようにディスがあふれ出してくる。まさにフリースタイルラップのライムと韻抜きみたいに。まあ、これは一方的にディスを叫んでいるだけだが。

 「あ…あの〜イケメンベーシストさんですか?」

 唐突に背後から声がして振り返ると、そこにはピンク髪の女性…いや、よく見ると中性的な顔と体つきをした声高めのの男性が俺におずおずと可愛い声で話しかけて来た。

 「ん?イケメンベーシストは俺だが?何か?」

 俺の影に隠れていたイケメンベーシストがひょっこりと顔を出すと、おそらく俺がこの人を見た時と同じ顔になった。そして正気に戻ったあと「…すみません人違いでした」とか言って俺と同じ手口で逃れようとしていた。

 「お前もか!!!何が人違いなんだよ!君、自分から話しかけて来たよね!?そうだよ!?この俺がイケメンベーシストだよ!?」

 何故か、ピンク髪の人の顔がみるみるうちに暗くなっていき下を向いてしまう。それと反対に拳がせり上がってきてその拳がイケメンベーシストめがけて飛んでいく。

 「……お前が変な服来てるからじゃーーーー!!!」

 「オバァーーー!!」

 「声、低……」

 見かけによらず、パワフルな殴りと先程の可愛い声と同一人物とは思えないほど低い声を出したピンク髪くんに地面で転がるイケメンベーシストを心配する気さえなくすほど、口をあんぐりさせた。

 「あっ!すみません!変な服すぎていたので…」

 拳を下ろすと先程の可愛い声に戻り居住まいを正していた。そんなので言い訳できないほど暴力的だが。

 「やっぱり、この服変ですよね?ああ、俺と同じ人がいて良かった…」

 「もちろん変ですよ?…ってあなた達誰ですか?」

 妙な団結感が生まれたのもつかの間、訝しげな顔をされる。しかしおかしい。この人はイケメンベーシストを知っているはずなのに誰とは?まさかもう一人いる?夏の怪談話?嫌だ嫌だ。怖いの苦手なんだよ。

 「えーと…たちって?」

 「もしかして、そのしゃがみこんで引くほど変な服ベーシストを木の枝でつんつんしている人見えてないんですか?」

 「しゃがんでつんつん?…うお!?」

 言葉に促されるままに下を向くとなんと黒髪のぱっつん前髪の口が見えている男版貞子みたいな前髪をした黒ずくめの男性が木の枝でイケメンベーシストを本当につんつんしていた。しばらくの沈黙のあと、その人はおもむろに立ち上がる。髪型からしてもまだ全然、幽霊の可能性は捨てきれていないので一応身構える。

 「おれ、バンド…やる……」

 貞子くんはくるっとこちらを向くとこちらをまっすぐ見つめて…いるかは分からないが、ボソボソと訴えた。貞子くんの言葉で思い出したが、今日はバンド結成の第一歩の日なんだった。

 「あ、そういうことか…もしかしてお二人ともこの服ダサベーシストさんの連絡受けてきました?」

 そこで気づいたが、この二人は俺がメンバー集められないのを知って知らずか、あらかじめ自分だけではなく他の担当メンバーも集めてくれていたのか。

 「そうですけど…」

 「おれもそう…」

「フッフッフ、役者は揃ったな」

 先程まで強烈な拳をまともに食らって地面に伸びていたイケメンベーシストがいつの間にか立ち上がっており、したり顔で無駄にカッコつけながらそう言った。

 

 

 

─────────────────────────




 その後、近くのカラオケに移動してきた我々は正式な挨拶を交わす事になった。

 「それで?誰から挨拶する?」

 イケメンベーシストが当たり前のように場を仕切ってくるので、なんでお前が仕切ってんだよ……一応募集主俺なんですけど…?と言うツッコミみたいな疑問は大人なので飲み込んだ。

 その後はなんとなく、沈黙が続く。俺が最初に挨拶しても良いのだが、他に先に挨拶したい人がいないか周りを見回していると、貞子くんが手を上げて挨拶するようだ。

 「おれ…トイレ行きたい……」

 場にいや、挨拶じゃなんいかい!という空気を漂わせたまま、貞子くんはトイレのため離席した。

 「えと〜、僕から挨拶しますね!僕は梓川桜祐、二十一歳でドラム志望です!」

 わ、若い…圧倒的な若さ……。貞子くんの年齢がまだ分からないが最年少と言っても過言ではない。フレッシュさに目をやられながら挨拶しようとする。 

 「俺は…」

 「オレは志倉藤四郎、二十九歳でベース志望だ」

 イケメンベーシスト…基、志倉さんが俺の挨拶を遮り、横入りしてくる。どんだけ目立ちたいんだこいつ……。

 「最後ですね!俺は募集主の蘭乃光、二十七歳でボーカル志望です」

 「ん?募集主?募集主はイケメンベーシストさんなんじゃないんですか?」

 ピンク髪くんが割と衝撃的なことを言ってきた。この人たちをなんて言って連れてきたんだよ!この服ダサベーシスト!

 「え……」

 驚きと不信感が合わさった目で隣の紫髪野郎をジトリと見つめる。すると、みるみるうちに大量の汗をかきだしてしどろもどろになっていた。

 「あ、あ…ちちちちち、違うんだよ……」

 「何が違うんですかぁ?」

 被害者の俺よりも先に梓川さんが目だけ笑っていない顔で血管を浮かせながら今に飛び出しそうな拳を空中に漂わせていた。

 「ま、待て待て…!言い訳をさせてくれ!」

 「もちろん♡正当な言い訳だったら手は出しませんよ♡」

 語尾にハートがつきそうなほど何故か楽しそうな梓川さんにあ、これ絶対殴られるやつだ…と、他人ながら覚悟を決めた。

 「あ…あの〜あれだ?あれだよ……はぁ…もういいや……目立ちたかっただけだ……」

 途中まではなんとか繕おうとしたものの途中で諦めて本音を言ってしまっている。ていうか、バンド募集主偽っただけで目立てるなら苦労してないわ!どんだけアホなんだこいつは……。とか失礼なことを思いつつ、梓川さんの拳が飛んでくるのを身構えていると。

 「そんな理由で目立たとうとか頭おめでたいですね」

 拳は飛んでこなかった。酷いことは言っているものの許したようだ。

 「殴らないのか…?」

 拳を受け止める時のように顔の前で構えていた手を下げながら志倉さんは恐る恐るそう言った。

 「はい、本音を言ってくれたみたいなので」

 なんとか事なきを得たみたいだ。どうやら梓川さんは嘘が嫌いみたいでその後、「僕、嘘つきが嫌いなんです〜!」と言っていた。

「あれ?あの人遅くないですか?」

 俺がずっと気になっていた事を場に投げかけると、既に志倉さんはこの状況に飽きて来ているようで歌う曲を探す為にデンモクを触っていたが、梓川さんは不安げな顔になった。

 「確かに…少し心配ですね……」

 彼は最初から不思議な雰囲気だったので何か起こしたり起こされたりしていても不思議ではないような気がするので心配だ。

 「ちょっと、俺見てきます!梓川さん達はここにいてください」

 「は、はい、お願いします…!」

 不安げな梓川さんと呑気なバカ…あ、間違った志倉さんを残して焦りつつ、部屋を出た。トイレに行くと言っていたが、そのまままどこかに行っていないだろうか。まだトイレにいることを願いつつ、足早に男子トイレに向かう。

 (間に合え…!間に合え…!)

 何にかは分からないが、とりあえず祈りながらトイレに向かう。間に合え…!の声が小声ながら口に出てしまっているのか、通り過ぎる人々に(あ〜この人相当う○こしたいんだな…お腹痛いのか…頑張れ!健闘を祈る!)的な感じでグッジョブサインを送られたが、違うから!別に出そうじゃないから!朝してきてるから全然、お腹調子いいから!

 (あっ、なんの話だっけ?そうだ!貞子みたいな彼がなんか…ピンチなんだっけ?う○こトラブルだっけ?漏らしたんだっけ?)

 もはや、なんの話か分からなくなってしまったが、やっとトイレに着いた。

 「あれ…?」

 トイレの入り口のドアを勢い良く開けて入るが、どの個室も扉が開いていてここにはいないようだった。

 その後もカラオケ内をくまなく探すも彼はどこにもおらず、多分あのバカ…あ、違う志倉さんに愛想を尽かしてバンドに入る前に方向性の違いで抜けてしまったんだ…。と思いながら部屋に帰る。

 「戻りました〜…あの子いませんでし……」

 「女々しくて!女々しくて!!つらいよぉ〜っおお〜〜!!!」

 そこに広がっていたのはカラオケ大会でした。

 「何やってんのあんたら」

 マラカスとタンバリン持ってノリノリな志倉さんと梓川さんは百歩譲って良いとしてそこの中途半端な貞子みたいな髪型した奴は人を心配させておいて何故そんなにも百パーセントのノリで女々しくてが歌えるんだ?と、呆れる他ない。確かに、勝手に心配したのはこっちだが、あんなに長いトイレ心配しないとでも思ったのか?初対面の人達を待たせる長さじゃなかっただろ!とか、色々言いたい事は思いつくが、今はそんな元気もなくガックリと地面にへたり込む。

(こんな奴らとバンド…やってける気しないよ……)


※¹→メンバーの事。V系が好きな人はバンドメンバーのことをこう呼ぶ。

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V系バンドの常日頃 逢間丑密 @ouma_usimitu

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