第20話 問題文のギミック
城戸は天を仰いだ。
——動き続ける、星の運行。
問題文の刻まれた石碑を見る。
——ウサギ、牛……。
問題文には『生き物』が多く登場する。
それと、もう一つ。
問題とは無関係な『数字』もかなり多い。
——この問題では、ウサギの耳が『四つ』。
城戸は心の中で呪文のように唱えた。
——星の運行、生き物、数字……。
「……ここは『星空の迷宮』で、魔女は『星空の魔女』だ」
城戸の中で何かがつながった気がした。
「まさか…………。あのさ、本読」
「な、なに?」
急に呼びかけられて、本読は少し驚いたようだった。
「この幻界、どれくらいの大きさだ? どれくらいの人口がある?」
「たしか学園の情報だと、現世の北アメリカ大陸くらいの広さがあるらしいわ。人口は五千万人ほど、人が住む場所は限定されていて、ずっと西にある都市部に集中してるみたい」
都市があるのか、だったら……。
「この幻界のアーカイブにアクセスできるか、できれば出版社とか図書館に」
「もちろんできるわ。ちょっと待ってね」
本読は肩掛けカバンから、小さな文庫本を取り出した。
無造作に開くと淡い青色の光が湧く。
本読紗夜子は、アーカイブに記録された情報なら何でもアクセスできる。
「…………あった。都市の中央駅前に図書館がある。ここから読み取ることができるわ。城戸くん、何が知りたいの?」
「ここの星座」
「え、星座?」
いぶかしがりながら、本読は検索を始めた。
手にある文庫本から青い光が立ち昇る。
「……この世界での星座は、全部で76。制定されてからすでに二百年は経過してる。有名な星座のうちいくつかは生活レベルで世間に浸透してるみたいね」
「そのなかにうさぎ座、もしくはうし座はあるか?」
「うん、うさぎ座がある。うし座はないわね」
「ついでに方角を数字で表す方法はあるか?」
「待って、調べる」
文庫本をパラパラとめくると、青い光のゆらぎが大きくなった。
「360度を十分割して、十を北として一から十までの数字で方角を表す、というのがこの世界では一般的なようよ。……これ、どういうこと? 正しい道を選ぶのに関係あるの?」
城戸はうなずいた。
「この問題の答えは『2』だ。だけど正しい答えを出すだけじゃダメだ。おそらく、大事なのはタイミングだ」
「タイミング?」
城戸は天空を見上げて、一息に話した。
「ここは『星空の迷宮』だ。だからタイミングは星の位置を指していると考えてみた。さっきおれは、曲がり角で鉄柱の影がいきなり消えたのを見た。あれはタイミングがズレて道が切り替わったからだと思う。きっと正しいタイミングのときにだけ、正しい道がつながるようになっているんだ。たぶんだが、この空にある『うさぎ座』が、『四』の方角に移動したタイミングで正しい答えの道に入らなければいけないんだよ」
本読が目を丸くした。
「問題文に出てくる『生き物』が星座を示していて、『数字』は方角だ。ギリシャ神話っぽい問題文はヒントだったんだ。星座にまつわる神話には生き物がたくさん登場する。それと数字はおれたちの住んでた現世でも方角を示すのによく使われる。この二つの要素を考えていなかったから、最初は外に出されてしまったんだ」
「すごい……。けど、それ本当?」
「いや、まだ合っているかどうかわからない。とりあえず試してみよう。まずはうさぎ座ってのを探そう」
「わかったわ、うさぎ座ね」
本読は青く光る文庫本を片手に空を見渡すと、一際明るい白い星を指で示し、次いでほぼ反対側を指し示した。
「あれがうさぎ座の一等星、ギャルガン。んで、十の方角が北だから、四の方角は……あの辺りになるわね」
「よくわかるな」
「わたし、目はいいの」
そう言う合間にも星は回り続けている。
うさぎ座の一等星は、数分ほどでほぼ反対側の四の方角までやってきた。
『2』の立て札がある道の先の曲がり角を見ると、鉄柱の細長い影が地面に落ちている。
「よし、行こう」
『二名さま、今度こそご案内〜』
城戸と本読は並んで走り、『2』の道の先の曲がり角を曲がった。
「道が、最初と違う!」
マッピングした迷宮の地図と比べるまでもなかった。
迷宮の緑の壁に咲く、小さな花。
それまで黄色だったその花の色が、赤に変わっていた。
迷宮の道も変化している。
「やったわね、城戸くん! きみの考え、当たってたみたいよ!」
「ああ、そう……だな」
自分のこめかみがピクピクと痙攣しているのがわかる。
「城戸くん、どうしたの?」
「い……」
「い?」
城戸は静かに毒づいた。
「異世界の星座なんか、わかるかっ」
「あはっ、まあまあ」
本読になだめられた。
「今まで来た連中が失敗したのはしょうがないな。おれたちも本読がいなければ詰んでいた」
「可能性に気づけば、都市に行って調べたりすることで攻略できるのかもね」
「そんなの、どれだけ時間がかかるんだ……」
「まあね。星座だけじゃなく、方角を数字で表すのも、なかなか気づけないわ」
「愚痴を言うような真似をして悪い。じゃあ行こうか」
「かまわないわよ。もっとわたしを頼ってくれていいんだからね」
本読の顔は、心なしかいつもよりうれしそうに見えた。
二人が迷宮を進んでいくと、分かれ道と頭にヘビが生えた女性の石像が見えてきた。
『『
ユーラス王国のカエル戦士、ピスケット。
妖精の森に住むという怪物を倒しにいく。
森に住まいし怪物は、九匹のヘビを頭に生やした魔女、ビニアマキ。
その姿はあまりに恐ろしく、見た者はすべからく石になる。
四人の妖精をお供に連れて、魔女に挑む戦士ピスケット。
その手には鏡の盾と、妖精の剣。
魔女の姿を鏡に写して見れば、石にならずにすむわけだ。
しかし魔女は分身を出して惑わした。
『ヘービヘビヘビ(笑い方)、
ホンモノは一体、残りはニセモノ。
一回でホンモノを切れるかい?
失敗すれば、そのスキに盾を取り上げて、
おまえの顔の前でにらめっこ×3 してやるぞ』
お供の妖精たちが口々に言う。
「一番右がホンモノだ!」
「右から二番目がホンモノだ!」
「右から三番目はニセモノじゃないよ!」
「右から二番目はニセモノだ!」
ますます困惑する戦士、ピスケット。
『ヘビヘビッ、
ヒントをやろう。
妖精たちのうち、一人だけ正解、
あとの三人は間違いだ!』
さあ、ピスケット、見事一回で魔女を仕留められるか!?
』』
「道は変わったのに、問題は同じなのね。同じ問題があちこちにあるのかしら」
「かもな。よし、右から二番目に行こう」
本読があわてて城戸の服の袖を引っ張った。
「待って待って、タイミング、へび座はあるわよ、これがどの方角にあるときに入ればいいのかしら」
「いや、ここから先の問題は、タイミングを無視して進もう」
「えっ、なんで?」
「どうせおれたちは魔女の家までたどり着けない。すでに二回、タイミングを計らずに入ったから」
「あ、たしかに」
そう。
最初の入り口の門をくぐるときと、一つ目の分かれ道のとき、タイミングを考えずに入っている。
「いちおう正解の道を選ぶが、タイミングは無視して進もう。そうすればまた外に出られるはず。面倒だがまたやり直しだ」
およそ一時間後——。
三度、二つの門の前に立った。
門の前にある二体の石像がガコガコ音を立てて話し出す。
『まーた失敗ガオか?』
『もう一回、挑戦するドラ?』
二人は顔を見合ってうなずき、声を合わせて答えた。
「「当然!!」」
石碑の文は変わらず同じだ。
この問題は『三つ首の竜』の道が正しい。
「りゅう座だ、それが三の方角のときに入る」
本読がぐるりと天を見る。
「現世にもりゅう座はあるけど、こちらではドラゴン座っていうみたい。……あれね、ドラゴンの目を表す一等星、ジースラー。そこから天の川を横切るようにしてドラゴン座があるわ。76星座のうち四番目に大きい星座よ」
『おっ、何かつかんだようガオね』
『ドラドラドラ、いいよ、いいよ』
三の方角は東南東になる。
二人はドラゴン座が東から南に回り込んだタイミングで門をくぐった。
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