第19話 曲がり角からのぞく影

 再び分かれ道に行き当たった。

 石碑の文は以下の通り。


『『

 ねこ族の双子の王子、チータカとタッタ。

 主神が王妃に通ってできた、神の血を引く双子の兄弟。


 隣国との戦のとき、双子は闇夜に敵陣へ忍び込み、二人の捕虜を助け出した。

 捕虜を連れて逃げる双子の王子。

 つり橋を渡れば、味方の陣地だ!

 しかし、つり橋は頼りないほどボロボロで、二人で渡るのがギリギリ。

 おまけに手持ちのランタンがもう消えそう。


 チータカは時計を見た。


 ヤバイぞ、早く渡らなきゃ、追っ手が来る。

 それにランタンが消えたら、危なくてつり橋なんて渡れない。


 タッタは時計を指差し、捕虜に聞く。


 おまえら、何分で橋を渡れる?


 度胸と足の速さには個人差がある。

 二人の捕虜は答えた。


『5分』

『10分』


 チータカは「こんな橋、『1分』で渡れる」


 タッタは「自分は『2分』だ」


 全員が渡るのに、一番短い時間は何分!?

                   』』



 分かれ道には、丸い形の時計の石像が置かれていた。

 時計には針が一本だけ、文字盤には数字のない目盛りが刻まれている。


「これは……またギリシャ神話? 双子座? でいいのかしら」


「無理矢理な感じがハンパないな」


 問題を出すのに、なぜここまで細かい設定をするのだろうか。


 城戸が近づくと時計の石像が話し出した。


『一番早い時間に、針を合わせてねー』


 城戸は「なるほど?」とつぶやいて、針に触れてみた。

 石でできているが精巧な造りで、指で動かすとちゃんと回転する。


「城戸くん、前見て」


 城戸が針を動かすと、蔓と棘でできた緑の壁がぐねぐねと蠢いて道筋が変わっていく。

 驚いて針を戻すと、緑の壁が元の形に戻った。


「針を動かすと、道が変わる? 正解の時間にしないと、正しい道に行けないようになっているのか」


 また時計がしゃべる。


『四人が渡るのにかかる時間は、

 『1分』

 『2分』

 『5分』

 『10分』

 だよー。

 橋は一度に二人しか渡れないよー。

 ランタンは一つだけ。

 橋を渡るのに絶対いるよー』


「城戸くん、お願いします」


「ん、この問題も有名だ。『橋渡り問題』って言うんだ」


 橋を渡る順番のパターンは三桁にもなる。

 だがそこまで考える必要はない。


 大前提として、二人で橋を渡ると遅いほうに合わせることになる。

 まず、一番早いのと二番目に早いのがいっしょに橋を渡る。

 一番早いのがランタンを持って戻ってくる。

 次に、一番遅いのと二番目に遅いのがいっしょに渡る。

 向こう側にいる二番目に早いのがランタンを持って戻ってくる。

 最後に、一番早いのと二番目に早いのが再びいっしょに橋を渡る。


「2+1+10+2+2 で 17分だ」


 城戸は時計の石像の針を、17つ目の目盛りまで動かした。

 ぐにゃりぐにゃりと緑の壁が蠢いて、真ん中に道が現れた。


「たぶん、これで合ってるはずだが」


「ありがと。行ってみましょ」


 道を歩いていくと、ゆっくりとカーブして、やがて開けた場所に出た。

 空には満点の星が回っている。


「……外だな」


「外ね」


 そこは、《星空の迷宮》の出口だった。




 迷宮から実質的に追い出され、二人はしばし呆然とした。


「答え……17分じゃなかったのかな」


「そうなのかもしれないけど……わたしにはわからないわ」


 空の星が回るせいで、生垣の影が地面の上をゆっくり動いている。


「いや待てよ。必ずしも、さっきの問題が間違っていたとは限らない。この迷宮は途中で間違えてもダメだ。前来たチームもそうだったんだろ?」


「ええ、あとで検証したら、途中の問題が誤りの場合もあったって」


 城戸はスマホで撮った写真を見直した。

 そこには問題文の刻まれた石碑や分かれ道の石像がすべて写っている。


「変に作り変えてはいたけど、論理パズルとしてはオーソドックスなものばかりだった。どれも答えは間違っていないはず。おかしいな」


 本読がツンツンと肩をつついた。


「ね、あれ、最初に入った門じゃない? 意外と近くに出たみたいよ」


 たしかに、少し離れたところに二つの門とモンスターの石像が見える。


「これであきらめるわけにはいかない。再チャレンジするか」


「そうね、カノンくんとスピカちゃんがまだ中にいると思うし」



 二つの門の前に立つと、『三つ首の竜』と『双頭の狼』の石像が話しかけてきた。


『ははーん、さては失敗したガオ?』


『やる気あるなら、もう一回入ってみる?』


「『はい』と『いいえ』しか答えないんじゃなかったのかよ」


『かてぇこと言うなガオ。問題のなかではそうってだけだ』


『で? 再挑戦するドラ? しないドラ?』


「もちろん、する」


 だが、もう一度やっても答えは同じになる。


『『

 怪力無双の英雄、マグマトラン。七つの試練を与えられる。

 三つ目の試練は、山奥の小国の王が所有する黄金の羊の毛皮を奪うこと。

 しかし彼をよく思わない女神シィクンが邪魔をする。

 山奥の小国へ至る山道に『偽の道』を作り、『正しい道』と『偽の道』、二つの道にモンスターを番人として立てた。

 女神に忠実な下僕、『三つ首の竜』と『双頭の狼』だ。


 番人のうち、

 どちらか一方は正直者で嘘はつかない。

 どちらか一方は嘘つきで反対のことを言う。


 番人は「はい」か「いいえ」でしか返事をしない。

 そして番人に話しかけるのは、どちらか片方に一度きり。


 さて英雄マグマトラン、『正しい道』を選ぶには、どちらの番人に何と質問すればよい??

                   』』



 念のため石碑を読んだが、問題文は一字一句変わっていない。


「『こちらが正しい門か』と聞いたら、おまえは『はい』と答えるか?」


 三つ首の竜は答えた。


『ドーラドラドラ、返事は『はい』だドラ』


「……竜の門から入る」


 ガコーーンと音を立てて門が開き、再び城戸たちを招き入れた。



 内部の迷路も、さっき来たときとまったく変わっていなかった。


「ねえ、城戸くん。違う道、行ってみる?」


 城戸はあごに手を当てて考えた。


「いや……、ここはあえて、さっきとまったく同じ道で行こう」


「それはどうして?」


「違う道に行けば、違う問題があると思う。同じ道なら、きっと問題は同じままだ。何が間違っていたのか、何を見落としていたのか、探るためには同じ問題に何度も取り組んだほうがいいと思う」


「わかったわ」


 城戸と本読の二人は、再び緑の迷宮を歩き始めた。

 カノンとスピカと別れたあたりで、本読が話しかけてきた。


「ごめんね、今日、わたしなんの役にも立ってないわね」


 城戸は首を振った。


「いや、絶対役に立つときが来る。この問題、ただ解くだけではダメなんだと思う。おれの持つ知識だけじゃ足りない部分があるばずだ。それに気づけたら、そのときには本読の力を貸してほしい」


 気づけば隣にいる本読紗夜子。

 ふと横を見ると、彼女は城戸と肩が触れそうなところにいた。


「うん。じゃあそのときには頼ってね」


 本読の大きく黒い瞳。

 その黒髪と同じく『偏光』で異様な黒さをたたえている。

 星が動いているせいで、周囲の壁や明かりの鉄柱の影も動いていた。

 人の顔にもかかるその影が、本読の黒髪や瞳に触れるとすうっと吸われて消える。


「ね?」


「あ、ああ」


 城戸は自分も黒い瞳に吸い込まれそうな気がして、思わず目を伏せた。



 最初の分かれ道に着いた。

 問題はやはり変わらない。


『『

 主神の血をひく英雄マグマトラン、五つ目の試練は異国の珍しい土産を王に献上すること。


 飛べない怪鳥、ベルベルをつがいで二羽。

 美麗な角を持つ超巨大カブトムシ、アンドロボレアリス・オオツノカブトをオス一頭、メス二頭の合わせて三頭。

 極上の味わいを持つ人頭大の果物、ユリマンを五個。


 主神の正妻、女神シィクンの妨害を乗り越え、英雄マグマトランはようやく全てをそろえて故郷への帰路に着く。


 故郷の国まであと少し。

 あとは国境の大河を渡るだけ。


 しかし船頭たちは女神の怒りを恐れて船を出さない。

 小船はあるが自分で漕がねばならず、一度に船に乗せられる土産は一種類のみ。


 さて、まず最初に運ぶべき土産はどれ?

                   』』



「やっぱりこれも、答えはさっきと同じなんだよな」


「たしか答えは『虫』の道よね?』


「ああ」


 本読は石碑を見て首をかしげた。


「なんか、問題文に生き物がたくさん出てくる気がするけど、これって意味あるかしら」


「う〜〜ん……」


 たしかに生き物はよく出てくる。

 だが問題文によく出てくるのは、ほかにもある。

 城戸にはそちらも気になっていた。


 そのもう一つと、動物もしくは鳥、虫……。

 何かありそうだが、頭の中でうまくつながらない。



 歩いていくと、三つ目の分かれ道に来た。

 やはり問題は同じだ。


『『

 ウサギの耳が四つ生えた美少年サジュピタ、神々の宴に給仕として招かれる。

 神の酒で満たされた酒甕を持ち、言われるがまま盃についでいくサジュピタ。

 牛の頭を持つ酒の神レドラは、美少年の困る顔が見たくて意地悪をする。


 300エール入る盃と、500エール入る盃。

 この二つの盃を使って、400エールきっちりの酒を注いでくれ!


 さてサジュピタ、400エール注ぐには酒甕から酒を何回つげばよい?

                   』』



「答えは『2』だ……」


 城戸は『2』の立て札がある道を見た。

 道は少し進んだのち、直角に左へ曲がっている。


 その角に細長い影が垂れていた。


 星の運行にしたがって、影も地面の上を動いている。

 どうやら角を曲がった先にある明かりの鉄柱の影のようだ。


 それが城戸の見ている前で、いきなりパッと消えた。


「なんだ?」


 城戸は走って曲がり角まで行ってみた。


 ウサ耳の美少年の石像がしゃべる。


『ご案内〜』


 角の先を見てみる。

 明かりの鉄柱は————、ない。


「どうしたの、急に走ったりして」


 分かれ道に戻ってきた城戸に、本読が怪訝そうにたずねた。


 ウサ耳の少年が石でできた腕をガコガコ音を立てて動かした。


『あれー? 戻ってきちゃったんですか〜? ダメですよ〜、一度選んだ道は変えちゃダメダメですぅ〜』


「大丈夫だ、道を変える気はない。だけどちょっと待ってくれ」

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