第17話 論理パズルの分かれ道

『『

 怪力無双の英雄、マグマトラン。七つの試練を与えられる。

 三つ目の試練は、山奥の小国の王が所有する黄金の羊の毛皮を奪うこと。

 しかし彼をよく思わない女神シィクンが邪魔をする。

 山奥の小国へ至る山道に『偽の道』を作り、『正しい道』と『偽の道』、二つの道にモンスターを番人として立てた。

 女神に忠実な下僕、『三つ首の竜』と『双頭の狼』だ。


 番人のうち、

 どちらか一方は正直者で嘘はつかない。

 どちらか一方は嘘つきで反対のことを言う。


 番人は「はい」か「いいえ」でしか返事をしない。

 そして番人に話しかけるのは、どちらか片方に一度きり。


 さて英雄マグマトラン、『正しい道』を選ぶには、どちらの番人に何と質問すればよい??

                   』』



 二つの門には、モンスターを摸した石像があった。

 石碑の内容と同じ、『三つ首の竜』と『双頭の狼』の石像だ。


 城戸たちが石碑を読み上げると、二体の石像がガゴゴッと顔を動かしてこちらを見た。

 竜の六つの眼が、狼の四つの眼が、ピカーンと光る。


「どちらが正しい入り口なのかを、実際に石像に聞けということみたいね」


「しかも一回の質問で見極めろ、ってことか」


 石碑に書かれてあることから察すると、そういうことだろう。


 事前の情報通りであった。

 この迷宮は各所にこんな問題があって選択をせまる。しかもそれは訪れるたびに毎回違う。

 この問題も今まで挑戦したチームからの情報にはなかったものだ。


「ペナルティはないんだっけ?」


「ええ。問題を間違えても、迷宮で迷うか外に出されるだけ。やり直しできるし、途中リタイアもできる。今まで誰も死んでないしケガもしてないわ」


 だが、そんなに易しい仕様の迷宮なのに、これまで三回も失敗しているのだ。

 一筋縄ではいかない理由があるはずだ。


「城戸くん、考えてくれる?」


「これは知ってる。よくある問題だ」


 設問自体は、昔から聞くものだった。


「質問のなかに質問を入れればいい」


 そう言うと城戸は『双頭の狼』のほうへ近づいた。


「大丈夫? 石碑に書いてあるルールなら、一回しか聞けないのよ?」


「たぶんいける。それにダメでも再チャレンジできると思う。だったらやってみるだけだ」


 城戸は声を張り上げた。


「『こちらが正しい門か』と聞いたら、おまえは『はい』と答えるか?」


 ガガゴゴ……と『双頭の狼』が口を開き、


『がおーん。返事は『いいえ』、だオーン』


「よし、竜のほうから入ろう」


「え、なんで?」


「この質問の仕方をすれば、『はい』と返事をしたほうが正しい入り口になるんだ」


 仮に『正しい道』を正直者の番人が守っていたら、この質問には『はい』と答える。

 仮に『正しい道』を嘘つきの番人が守っていたら、この質問には『はい』と答える。

 仮に『偽の道』を正直者の番人が守っていたら、この質問には『いいえ』と答える。

 仮に『偽の道』を嘘つきの番人が守っていたら、この質問には『いいえ』と答える。


 嘘つきの番人は『はい』と答えるかと聞かれると、二回反対のことを考えてしまうのがポイントだ。


 城戸が竜の石像のある門のほうへ歩いていくと、門がみずからガゴゴゴーーン……と音を立てて開いた。


「よし、入ろう」


「おいおい、てめえが仕切んなよ、エロ城戸」


「じゃあ、スピカから入れよ」


 スピカは「うわぁ」と自分で自分を抱きしめて震える仕草をした。


「名前呼ぶなよ、キモいからぁ」


「スピカちゃん!」


「ぎゃーははは」


「ああ、もー。城戸くん、気にしないでね。さ、みんな入りましょう」


 天は何の関係もないように、ぐるぐると回っていた。



 一行が庭園の内部へ入ると、生垣で限られた巨大迷路があらわれた。

 だが事前の情報とは道の形が違っている。


「理屈はわかったけど、こっちが本当に正しいのかわからないわ」


「ああ。答えを間違っても、間違った道へ案内されるだけだろうな。前に来た連中もそうだったらしいし。まあ、自分の答えを信じて進むしかない」


 情報では、さっきのような問題が分かれ道ごとにあるらしい。

 一つでも間違えれば、最後にたどり着くのは魔女の家ではなく庭園からの出口だ。

 そうなると最初からやり直しになる。


「やってられん」


 カノンが生垣に近づいて膝を曲げた。

 瞬間、すごい勢いでジャンプした。

 長髪が赤い軌跡をまっすぐに引く。

 生垣を飛び越えようとしたのだろう。しかしカノンは蜘蛛の巣に絡み取られたように、空中でピタッと動かなくなった。

 そのままゆっくりと地面に戻される。


「無駄よ、カノンくん。この迷宮はそういうズルはできないようになってる」


「……ふん、だったら思う存分やってやる」


 カノンが拳を握りしめた。

 赤いオーラが拳に集約していく。

 同色の長髪が意思あるもののように蠢き出す。

 生垣でできた壁に向かい、腰溜めに構えた。


「おいコラ、なに勝手なことしてんだよ」


 スピカが肩を乱暴につかんで、強引に構えを解かせた。

 拳にオーラをまとったまま、カノンはその手を振り払った。

 冷たい表情でスピカを見つめる。


「あんな問題を毎回やるのは、それこそ時間のムダだ。壁を突っ切ったほうが手っ取り早い」


「リーダーは“ほよみ”だぞ。言うことをきけ、この能面野郎ッ」


 無言でカノンは裏拳を打った。

 ひゅっ、と空を裂く音がする。

 赤いオーラがスピカの顔の横を通り過ぎる。

 スピカの右のツインテールが、風圧でぐりんっと舞い上がった。

 轟音を立てて緑の壁が破れ、金属製のアーチがグニャリと曲がった。


「っ! てめえ、何するんだよ!」


「俺に命令するな、アバズレ」


「あァ!? あんだって!?」


 カノンが指をそろえて右手を横に薙いだ。

 バッと、スピカが脚を開いて地面に這いつくばる。

 その背中、ギリギリを赤い閃光が走った。

 動きに遅れて浮いたツインテールの先が、少し切れて風に飛んだ。

 緑の生垣の壁がまた破れた。


「てめっ、ケンカ売ってんのか!?」


 立ち上がったスピカは鬼の表情だった。


「『エレメント使い』彗姜蓮スピカ……。最近調子づいているようだが、最強は俺だ」


「あー、あー、自惚れやがって。わかったよ、そーゆーことなら、やってやんよ!」


 本読があわてて駆け寄った。


「だ、だめ、スピカちゃん!」


 制服のスカートがひるがえり、スピカの長い足が振り上げられた。

 雷撃とともに迫る蹴りをカノンは難なく受け止める。

 カノンが正拳突きを繰り出すのを、スピカはバク転してアクロバティックに避けた。と同時に、足に風を巻いてカマイタチを放つ。

 空間が軋んで草花が切り飛ぶ。

 気にせずカノンは前に踏み出して二撃目を突き出した。

 赤いオーラがほとばしる。

 氷の盾がスピカの身を守り、オーラのエネルギーが飛び散った。


「危ない! 本読!!」


「あっ!」


 赤いオーラが明かりの灯る鉄柱に当たり、根本から折れて本読のいるほうへ倒れかかった。

 城戸は走って手を広げた。


 ガギャーーーーーン!!


 鉄柱が倒れたすぐ横に、城戸と本読は座り込んでいた。


「本読、無事か?」


 土ぼこりが舞うなか、本読に話しかけた。


「わたしは大丈夫……、城戸くん、まさか頭を打ったの……?」


 城戸は顔に当てた手をどけて、後ろを向き、首を横に振った。


「いや、こっちも大丈夫だ。なんともない」


 少し離れたところから声がする。


「テメェ、気をつけろ! “ほよみ”がケガするとこだっただろうが!」


「心配するだけ損だ、バカバカしい。城戸の奴がそばにいるだろう」


「そういう問題じゃねえっ。おい、場所変えるぞ、こっち来い!」


 二人は互いに攻撃の手を緩めず、戦いながらその場を離れていった。


「……もー、スピカちゃんったら……」


「どうするんだ、これ」


 カノンとスピカは迷路の角を曲がり、すでに姿は見えない。

 ただ激しく争う音だけが聞こえていた。


「いいわ、二人とも羽を伸ばしたいんでしょ。好きにさせることにする」


「羽を伸ばすって感じじゃないけどな……」


 見ると、先ほどの攻撃で破れた生垣の壁はいつの間にか直っていた。

 蔓草がうねって互いに絡み合い、破れた箇所を埋めている。

 どうやら壁を破ってもすぐに修復されるようだ。


 本読はふうっと息を吐くと、


「しょうがないわね。攻略はわたしたちだけでやりましょう」


 そう言って城戸に微笑んだ。

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