第15話 チームメンバー
城戸と本読が所属するチームの、学外ミッションの日にちが決定した。
行き先はマイナーな異界、《永遠の夜》。
そこにいる『星空の魔女』の持つアイテムを奪取することが目的である。
そしてこのミッションにはもう一つ、大事な意味があった。
本読紗夜子が初めて引率をするのだ。
本来ならミッションの引率は学園の教師がするものだが、これまでの功績が認められて教師の代行をすることになったのである。
コツコツと内申点を積み重ねた結果だった。
本読は病を克服して無事に成人したら、この学園の教職になることを望んでいる。
これはその第一歩と言える。
出発場所は一番ゲート。
学園内の特別棟、三階の『実習室』にある異世界トンネルだ。
原理は知らないが、この異世界トンネルはいくつかのアイテムの効力で複数の異界と自由に行き来できるという。
こういった異世界トンネルは学園内のあちこちに何ヶ所も存在する。
城戸たち学園に入所させられた生徒は、普通の授業を受けるかたわら、『学外ミッション』と称して各種異界へと派遣される。
それは、いにしえの冒険者のような、もしくは勇者、ハンターのようなもの。
異界にしかいない植物を採集し、動物やモンスターを狩り、珍しいアイテムを探し、ダンジョンを踏破し、囚われの姫なり何なりを助け、強大な敵を討伐する。
ミッションへの参加は自由とされているが、実質強制だった。
しかし大半の生徒は望んで参加する。
学園に軟禁されているのも同然なので、外に出るいい機会だからだ。
しかもミッションが成功すれば内申が上がる。内申が上がると学園側からの扱いが格段に良くなる。
学園側の心証が良くなれば、現世への一時帰宅も認められる。自分の家に帰って家族と会えるのだ。
無論、リスクもある。
派遣される先の異界の危険度によっては、普通に命を落とす。
山や森で遭難したり、崖から落ちたり、雪山で凍死したり、海や川で溺れたり、……そして何かに襲われたり。
襲ってくるものは数えきれないほどいる。
危険な動植物、凶悪なモンスター、人間の敵という設定のキャラクター、などなど。
そのほかに、生徒たちには特有のとある深刻な問題が横たわる。
命の危機を避けるため、戦って勝つため、逃げるため、そしてミッションを成功させるために、生徒たちは【異能】を使う。
【異能】は便利だが多用は禁物。
人の空想から生まれた【異能】は、現実世界の存在と相性が悪く、使えば使うほど存在がゆらぎ、いつしか肉体や精神を含めた全存在が消えてしまう。
これを誰が言ったか、理想と夢を求めて消えた人魚姫になぞらえて『世界の泡となる』と表現するようになった。
泡となって消えた人間は、死亡(病死)したものとされる。
これが学園の生徒たちが罹患している病の行く末である。
生徒たちは自らの存在が消えるリスクを常に抱えながら、異能の力をふるっているのだ。
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特別棟へ続く渡り廊下を、一人歩く男子生徒がいた。
下を向き、猫背でかがみ込むようにして歩いている。
そのせいで背は高いのにしょぼくれた感じだ。
灰色の髪はボサボサで、前髪の隙間からひどく険のある目がのぞいている。
見方によっては世を恨んでいるようにも見える。
この人物こそ学園内の嫌われ者、城戸鷹千代であった。
城戸は今、ミッションへ出立するために特別棟に向かっている。
正直乗り気ではないが、今日は本読が引率を務める最初のミッションなので仕方なく行くことしたのだ。
前のほうに気配がしたので顔を上げると、先を歩く生徒がいた。
パンツルックにジャケットを羽織っている。
城戸のよく知る人物だった。
「今日もよろしく」
あいさつをすると、その生徒は立ち止まって振りむいた。
月羽カノン(つきばね・かのん)。
城戸と本読のチームメンバーだ。
二年A組、公称十七才、女性寄りの男性。
高い背丈、すらりとした長い手足、腰まで伸ばした赤い長髪。
切れ長の目に、紅い瞳。
高い鼻筋に、薄い唇。
細面でクールな美形だ。
異能は、【最強の矛と最強の盾】。
拳で打てばあらゆるものを砕き、手刀を振ればあらゆるものを切り裂き、蹴りを繰り出せばあらゆるものを薙ぎ倒す。
敵の攻撃は炎だろうが氷だろうが電撃だろうが、あらゆるものを完璧に防ぐ。
自分の攻撃を自分で受けたらどうなるかは、本人もわからない。
矛盾を地でいく能力である。
この能力でカノンは学園内最強の一角を担っている。
カノンは無言で城戸を見た。
睨め付けるように上から下まで視線を動かすと、何も言わずにそのままくるりと前を向いてまた歩き始めた。
完全な無視ではないが、口をきくこともなく、目線も合わさない。
これがカノンの城戸に対する普段の態度であった。
カノンの後ろに続くようにして歩くと、特別棟の入り口に着いた。
大きく、厚みのある鉄扉だ。
異界で採掘された鉱石で造られている特別製で、現世の最新機器も搭載している。
学生証と体組織、オーラによる認証を経てようやく鉄扉のロックが解除された。
カノンと城戸は一人ずつ扉をくぐった。
そのまま階段を上って三階を目指す。
この校舎は異界がらみの研究室や保管庫がある重要施設である。厳しいチェックも当然であった。
三階に上り、右へ折れて廊下を少し進むと、一番ゲートがある『実習室』が見えてきた。
『実習室』の前にはすでに二人の人物が待っていた。
一人は捜査委員の相棒、本読紗夜子。
そしてもう一人、学園指定のセーラー服を着た女子生徒。
彗姜蓮スピカ(すいきょうれん・すぴか)。
同じく城戸たちのチームメンバーだ。
一年B組、公称十六歳、女性。
背は低いがメリハリのきいたボディ。
大きな目に、ペチャッ鼻、ぽってりとふくらみのある唇。
輝度の高い緑色の髪を、左右に二つおさげにしている(つまりツインテールである)。
本読紗夜子とは小学校からの同級生だ。
それは城戸とも同級生ということにもなるのだが、残念ながら城戸はあまり覚えていない。
異能は、【エレメント使い】。
火・風・水・雷・氷の五種のエレメントを自在に操る。
単純に五つの属性を扱えるというだけでなく、複数のエレメントを組み合わせることにより、多様な属性を作り出すことが可能となる。
彼女もまた学園内最強と目されている。
「よお、エロ城戸ぉ」
スピカは傲岸に顔を上げて話しかけてきた。
「おめーよ、“ほよみ”に触ったりしてねーだろーなあ?」
“ほよみ”とは、スピカだけが使う本読の呼び名だ。
本読とは昔からの友だちのようで、学園に入ったときにはもうこの呼び方だった。
「触らないよ。気をつけてる」
「どーだかなぁ。おめえのエロは無意識だかんなー。油断なんねえわ」
「やめなよ、スピカちゃん。ごめんなさい、城戸くん」
「いいよ、べつにいつものことだ」
スピカは「カッコつけんな、キモッ」と言って、そっぽを向いた。
カノンは少し離れたところで、その様子を興味なさげにながめていた。
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