第14話 二人だけに通じる友情 ③

 赤松妖美は、秘密警備隊の手によって拘束された。

 異能を抑え込むアイテムを装着されたせいで、もう戦うことも逃げることもできない。

 彼女はこれから職員室に連行されて、上層部の取り調べを受けることになる。

 刑罰が決定されるまでは、学園の奥にある牢に入れられるだろう。


 連れて行かれる間際、女性教師が簡単に赤松の身体検査をした。

 特に武器の類いは持っていない。持っていたのは携帯食料と水くらいだった。

 切れた左腕は無理やりひもで縛ってある。


「そこに何を入れている?」


 赤松の着ている白いパーカーの左ポケットが少し膨らんでいた。

 赤松は答えなかった。

 女性教師がパーカーの内側に手を入れると、何重にも縛った赤黒いビニール袋が出てきた。


「……っ! なんなの、これ」


「心臓と、頭蓋骨。蘇生の『素材』にするつもりだったンだよ。もういいから持ってけよ。どうせまた生き返らせて利用するンだろ? ちくしょうが」


 城戸は激しく動揺した。


 まさかあれは、金崎咲羅の心臓と骨!?


「赤松さん、異界に行ってから彼女を蘇生させるつもりだったんですか」


「ああ、そーだよ。あっちに行きゃあ、なんとかなると思ってサ」


 赤松は、友だちの金崎もいっしょに連れて、異界へ逃げるつもりだったのだ。


 城戸は赤黒いビニール袋をじっと見つめた。

 なんともやりきれない、切ない気分になる。

 殺して入れ替わるのも、死体をミンチにするのも、赤松が考えたのでなく、金崎のほうから言い出したという。

 城戸は暗い夜空を見上げた。

 口を引き結んで小さく息を吐く。

 女性教師はそれを信じないと言ったが……、城戸はこの行動一つで信じてもいいと思った。



〜 〜〜 〜 〜 〜〜 〜 〜 〜〜 〜 〜 〜〜 〜 〜


 それから数日がたった。


 城戸と本読は寮の庭園で“落とし物”を探していた。

 一年の女子が三年の男子をナイフで刺して、それを庭園のどこかに捨てたらしい。


「殺人事件があってから一週間もたたないうちに刃傷沙汰よ。ほんと、ここの治安、終わってるわ」


「ぼやかないでくれ」


 女子の行動を推測すると、このあたりにナイフを捨てた可能性が高い。できれば日があるうちに見つけておきたい。


「ふ〜〜っ。わたし、体を動かすタイプじゃないんだけど」


「そうか、おれもだ。まあ、すぐ見つかると思うぞ、がんばろう」


 二人して庭園の草花をかきわけて刃物を探していると、偶然、城戸の尻と本読の尻がぼいんっと当たった。


「あっ」


「きゃあ」


 城戸はほとんどジャンプするように飛び退いて、深く頭を下げた。


「すまない、また」


「いいわよ、気にしないで。おしりあい、なんちゃって」


「もうしわけない……」


 自己嫌悪で胸がいっぱいになる。


「ちょっとちょっと、笑ってよ」


「あ、いや」


 本読は長い黒髪を手で撫でつけて、やれやれと首を振った。


「そう言えば、城戸くん」


「ん、ああ」


「金崎咲羅のこと、聞いた?」


「いきなりだな。聞いたよ、槐先生から」


 すべて金崎のほうから提案されたことだという赤松の供述だったが、しかしそれを証明するものは何もなかった。

 それがなんと金崎咲羅本人から、証言が取れたのだ。


 今回の犠牲者(と言っていいかどうかわからないが)、金崎の《霊魂》は事件のあった部屋にとどまっていた。

 赤松に霊能力はないが、部屋の中で金崎の霊魂とコンタクトを取っていたというのだ。


 実は金崎のネクロマンサーの能力は、死んでも維持できる。

 自ら死霊となることで、自分を含めて五体の死霊を使役することができる。

 これを知っているのは本人だけだった。

 前に死んだときに気づいたのだが、そのときにはすでに学園に不信感を抱いていたため内緒にしていたらしい。

 取り憑かせていた死霊のうち一体に、『時空をこえて交信できる犬のような魔族』がいた。

 金崎はこれを使って霊能力のない赤松妖美と会話をしていたのだ。

 奪った赤松のスマホからメールを送ってくる青木とのやり取りは、赤松と金崎が相談しながら文章を考えていたらしい。


 女性教師は、金崎の霊魂がまだ部屋の中にいると聞いて驚き、霊能力を持つほかの生徒に依頼して確認をした。

 そして実際に金崎の霊魂と対話して、赤松の言っていたことが正しいことが証明された。

 赤松の供述を裏づけるため、金崎は内緒の能力がバレるのを承知で証言したのだ——。



「二人はわたしたちが思っていた以上に仲が良かったみたいね」


「だけど普通、そこまでしないと思うけどな。友だちのために死んで、死体も切り刻んでかまわないって、即興で考えて頼めるか? 実行できるか?」


「それだけどね、わたし、寮の監視カメラの映像を半年分くらい調べてみたの。そしたら二人は頻繁に互いの部屋を行き来してたわ。壁に設置された監視カメラにもベランダで話す二人が何度も映ってた」


「そんなに……」


 仲が良いとは聞いていたが、それを聞くと思っていたよりずっと親密な間柄だ。

 親友だったのだろう。


「きっとたくさんの時間を共有して、悩みとかも打ち明けてたんじゃないかしら。今回のことは突発的だったけど、前々から話はしてたのかもね」


「話って?」


「『“できもの”がひどくなって辛いから、殺してくれ』とか。『異界に逃げるときは、体の一部でいいからいっしょに連れてって』とか」


「そうか……。それを本読は理解できるのか」


「う、……ん〜。そういうわけじゃないけど」


 それはきっと、あの二人だけに通じるものなのだ。二人にしか理解できないものだ。


「赤松はこれからどうなるんだろうな」


「金崎さんのことを除いても、相当な数を死傷させてるから、重い刑罰になると思うわ」


「青木はまだましか」


「そうね。彼女のほうは未遂だし。わたしが減刑申請しといたし」


 ちなみに催眠で操られただけの王子グリンロッドは、お咎めなしとのことだ。



 気を取り直して、また“落とし物”探しを再開した。


「ところで、ちょっと気になったんだが」


「なに?」


「おれたちが死体を調べたりしているときも、そばに金崎の霊魂がいたってことだよな」


「たしかに。そう考えるとゾッとするわね」


「ああ。本当にそう思う」


 金崎が自分たちに敵意を向けて攻撃してこなくてよかった。

 攻撃されたら、間違いなく二人ともやられていただろう。

 金崎は捜査委員に理解があったのだろうか。

 もっともそんなことをしたら自分の存在を学園側に看破されるおそれがあるから、単に何もせず隠れていただけかもしれない。


「そう言えば、金崎からの供述を『読んで』みたんだけど、こんなこと書いてあったわよ」


 本読が盗み見た供述調書にはこのようなことが記してあったという。


 ミンチ死体のなかには、金崎のものだと推測できるようなもの(体や衣服の一部)があったのだが、金崎はそれを『盗みが得意で壁抜けができる影のような魔族』を使って外に捨てていた。


 城戸たちが来たときもヒントになりそうなものが実は残っていたが、直前に気づいた金崎の霊魂が『保護色で溶け込むタコのような魔族』で巧妙に隠していたらしい。


「くっそ、それマジか」


 それを聞いて、城戸は悔しくて歯噛みした。

 部屋の中をエネルギー映像で撮影すればわかっただろうが、そこまでは思いつかなかった。

 次からは個人の部屋の中も撮影して確認するべきかもしれない。


 金崎咲羅の霊魂は、今もまだ自分が死んだ赤松の部屋にいる。

 地縛霊のようになってしまい、離れられないらしい。


 事件のあと城戸は担任の女性教師に、金崎を蘇生させたら今度は取り憑かせる死霊の数や種類を、金崎自身に納得してもらうえるよう、できれば自由に選ばせてあげるよう頼んだ。

 道具扱いをされないようにという、彼なりの配慮のつもりだった。

 女性教師には時間稼ぎの代わりにお願いを聞いてもらう約束をしていたので、それをここで使った形だ。

 しかし一向に金崎が蘇生される動きはない。

 城戸との約束のせいで、学園側はあえて金崎を蘇生しないことにしたのかもしれない。

 この学園の教師のなかには、そんな底意地の悪い、血の通わない思考回路を持つ者は少なからずいる。担任の槐はその代表例だ。


 自分が余計なことを言ったせいで、生き返らせてもらえない。

 そんな罪悪感を植え付ける気なのかもしれなかった。



「わたしのほうも、気になっていることがあるのよね」


 本読は赤い花の咲いている植栽のそばで体を起こした。

 指を組んで両手を上に伸ばし、背を反らす。

 ひとしきり背伸びをしたあと、城戸を振り返って見た。


「なんだ?」


「金崎さんの部屋を訪ねたとき、城戸くん、最期に『顔を見せて』って言ったわよね」


「ああ、言ったな」


「あのとき見た顔、赤松さんとは別人に見えたの。わたしの勘違いかしら」


「あー、あれは金崎咲羅だよ」


「え? だってあれ本当は赤松さんでしょ?」


「……金崎の顔だよ」


「え、だから、あそこにいたのは、本当は赤松さんで、金崎さんはそのときにはもう亡くなっていて……ええっ、どういうこと?」


 これは恐い話なのだ。

 これもまた、二人だけに通じる友情の一つだろう。

 城戸はなんと言って説明しようか悩んだが、結局ストレートに伝えることにした。


「金崎の顔をかぶっていたんだよ。その、……顔の、皮を……ね」


「〜〜〜っ!!」


 本読が短く悲鳴を上げた。

 血の気が引いて顔が真っ青になっている。

 滅多なことで動じない彼女には珍しいことだ。

 そして眉根を寄せて手で口を押さえ、半歩、後ずさった。


 カチッと、地面から硬い音がした。


 足元に目を向けると、血で汚れたナイフを踏んでいた。

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