第13話 二人だけに通じる友情 ②

 女性教師が強めの声で割って入った。


「もういいでしょう。赤松妖美、あなたにも話を聞かせてもらう。これから青木火香璃とともに『職員室』へ連行する。いいわね?」


 女性教師が近寄ろうと動くと、赤松は素早く飛び退いた。


「反抗するのは賢くないわね」


「ふざけんな! 誰が、オマエらなんかに」


 言うや否や、赤松は右手を地面に向かって叩きつけるように振った。

 大量の土が飛び散り、砂が舞い上がった。

 赤松の体の輪郭が薄れたかと思うと、一瞬で宙に消えた。

 城戸の背筋に冷たいものが走った。


 まずい、見えない刃がくる!


「みんな、身を守ってください!!」


 城戸の声を受けて全員があわてて身構えたが、しかし何も起きなかった。


「あ、あれ?」


 夜の山に風が吹いている。

 少しだけ静かな時が過ぎた。

 赤松はどうやら逃げることを優先したようだった。


「逃げ切れるわけないのに。馬鹿な子」


 女性教師がどこかに電話をかけた。

 上司だろうか、事情を説明し始める。


 突然何を思ったか、いきなり茶頭玉金が走り出した。

 太った体を揺らしながら、封印された古井戸に向かっていく。そして息を切らせて転ぶように古井戸に覆い被さった。


「いったい何をしてるの?」


 いぶかる女性教師。


「よ、よーみちゃん! 近くにいるの、わかったるだん、ぼくらいなくなったら、ここから入って逃げるつもりだぷね!? さっき聞いたけど、ここ、つながるの半々らしいだぷ。つながらなかったら、穴に落ちて死んじゃうだん! そんなのいやだぷ!」


 女性教師はため息をついた。


「茶頭玉金、余計なことはしなくてよろしい」


「い、いやだぷ! ほかの人がここ守っても、よーみちゃんにやられちゃうだん。その点、ぼくなら大丈夫だぷ。よーみちゃんはぼくのこと、殺したりなんかしないだぷ」


 青木が呆れ顔で、


「あ、あほか、あいつ、友だちのお隣さん、切り刻んだいうの、忘れとんのかいな」


 城戸は目を凝らした。


「案外うまくいくかもしれませんよ。ほら、あれ見てください」 


 城戸が指さす先に、遠く“ゆらぎ”のようなものが見えた。

 それがスゥーッと横にすべり、ストッと茶頭の背中に降りると、何もない空間から赤松の姿が現れた。


「ぷぎゅうっ」


 赤松は、うつ伏せで古井戸に覆い被さっている茶頭の背中を容赦なく踏みつけた。


「はァん? バッカじゃないの? アンタなんか、べつにどうでもいいンだけど? そんなに殺してほしいンならお望みどおり殺してあげよッか?」


 茶頭の後頭部を足で踏みつけ、赤松は右手を高く振り上げた。


「そんなこと、よーみちゃん、やらないぷ! よーみちゃんは、仲良くなった人には優しいんだぷ! きっと金崎さんのことだって何かわけがあったんだぷ!!」


 その言葉を聞いて、城戸の頭によぎるものがあった。


 金崎を殺したのにはわけがあった?

 そう言えば、さっき80点って……。


 赤松は手を振り上げたまま止まっている。


「なにが、仲良いだ。アンタと友だちになったつもりはないンだけど!?」


「だったらやるといいだん! ぼ、ぼくは、よーみちゃんに殺されるんだったら本望だぷ!」


 女性教師が王子グリンロッドに命令した。


「グリンロッド・グリンガム、赤松妖美を捕えなさい。時間稼ぎするだけでもいい」


 しかしグリンロッドは首を振った。


「ふー、お断りする」


「なに?」


「赤松は逃げたいのであろう? だったら逃がせばよいではないか。余は放っておけばいいと思うぞ」


 女性教師は舌打ちして、今度は青木と本読に目を向けた。


「う、うう、うちは、荒事は苦手でおざりますよって」


「わたしも苦手です。赤松さんに勝てるとは思えません。申し訳ありません」


 そして最後に城戸を見た。

 あまり期待していないのが顔に出ている。


「おれが足止めします」


「へえ、できるの?」


「やってみます。時間稼ぎだけなら、なんとか。その代わり、あとで一つ、お願いを聞いてください」


「お願いね、まあいいでしょ」


「じゃあ、できるだけ早く頼みます」


 城戸は走り出した。

 赤松と茶頭がいる古井戸までは、さほどの距離はない。

 もう二、三歩で触れられる距離まで来たところで、話しかけた。


「赤松さん」


 赤松はチラッと目を向けたが、すぐまた下に戻した。


「さっき、あなたに80点と言われたこと、考えてみました」


 茶頭は、やはり無理をしているのか、大量の汗をかいていた。水に落ちたみたいにシャツが濡れている。顔は青ざめて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


「赤松さん。ひょっとして金崎さんは、自分から殺してくれと頼んだのではないですか」


 赤松が目を剥いて振り返った。


「自分と入れ替わって赤松さんが死んだと思わせるのも、死体を切り刻んで誰の死体かわからなくさせるのも、金崎さんのアイデアだったのでは?」


 赤松の体が弛緩した。振り上げていた右手もだらんと下がる。

 だが目だけは城戸をとらえて離さない。


「金崎さんは異能の副作用の“できもの”にかなり悩んでいたのではないでしょうか。それは生涯残り続けますが、死ねば消えます。前回命を落としたときに確認済みなのでご存知だったと思います。金崎さんはもう一度死んできれいな体に戻りたかったのではないですか? 赤松さん、あなたは金崎さんのために彼女を手にかけ、金崎さんはあなたを逃がすために自分の命を差し出した。どうですか、合っていますか?」


 赤松は大きく息を吸って、ため息を吐いた。


「……そうだネ、それでだいたい100点だ」


 赤松は茶頭の体からジャンプして飛び降りた。茶頭が「ぷぎっ」と悲鳴を上げた。


「アノ子は、左腕を切られて苦しんでるアタシを見て、これを利用して脱走してはどうかと言ってきたの。自分を殺して死体をミンチみたいにして、中に左腕をいれておけばアタシが死んだと偽装できるッて。それに今夜、学外ミッションに参加する予定だから、入れ替わったらミッションに行って逃げればいいッて」


「あなたはそれに乗ったんですね」


「ああ。幸い、王子から手形は受け取っていたしな」


 女性教師が小走りでやってきて、城戸の横に並んだ。


「ずいぶんとあなたに都合の良い話ね。私は信じない」


「べつに、オマエらに信じてもらうつもりはないさ」


 城戸は時間稼ぎが成ったことを理解した。

 山の木々に隠れて、いくつもの気配が蠢いている。

 女性教師は赤松に対して言い放った。


「赤松妖美、すでに周りは囲んだ。おとなしく私たちの言うことを聞きなさい」


 風が吹いて、木がざわめいた。

 枝と枝の間、地面と草の合間に、黒い人影がいくつも垣間見える。

 獣のように潜んでいたそれらが、こちらへ殺気を放ち始めた。


 学園の特攻組織——、秘密警備隊だ。

 

「赤松妖美、あなたは前のチームメンバーや引率の教師を含めて十人近い人間の殺害が疑われる。こちらへ来て、拘束を受けなさい」


 赤松は、返事の代わりに右手を肩の高さまで上げた。


「はー……、戦ってもいいンだけどさ、もうなんかダルいわ」


 目を閉じて悔しそうに口をゆがめた。


「でもな、アタシは、死ンでもオマエらの思い通りにならない」


 頭を左に傾けて、首筋をあらわにした。

 そして右手をそっと首まで持ってきて、息を止めた。


 まさかっ、自決する気か!?


「先生、まずい!」


「やめなさい! 赤松っ!」


 ギャリリーーンッ!


 赤松が首元で右手を短く振った、次の瞬間、背後から花びらが舞って、見えない刃を受け止めた。

 放心する赤松の身体を、桜色の花びらが無数にまとわりつく。


「こ、こンの、豚野郎〜〜ッ……」


 さっきまで赤松に踏まれていた茶頭の異能、『霊剣 桜吹雪』の技であった。


「ご、ごめん、ごめんなさい、よーみちゃん、でも、でもよーみちゃんが死んだらいやだよ、それに、関係ない人まで傷つけたら、ちゃんと生きて償わなきゃ……」


 茶頭はそのあとも何か話していたが、涙と嗚咽で聞き取れなかった。

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