第12話 二人だけに通じる友情 ①
城戸が最初に疑問に思ったのは、『どうして左腕だけミンチになっていないのか』だった。
ほかの体はどこの部位かわからないほど切り刻まれている。
そこへ明らかに赤松妖美のものと思われる左腕が埋もれていた。
普通に考えれば、ミンチ死体は赤松の身体だろう。だが、そこまで念入りに刻む必要があるだろうか。
被害者への怨恨としてはやり過ぎと思えた。
だから恨みや憎しみよりも、何らかの別の意図があると考えたのだ。
だとしたら、その意図はなんなのか。
それはきっと、
『ミンチ死体を赤松のものと思わせたい。』
ということだろう。
裏を返せば、ミンチ死体は赤松のものではないということだ。
では、あのミンチ死体は誰のものなのか。
今日、赤松の部屋に出入りしたのは青木、グリンロッド、金崎、茶頭、黄未嶋の五人のみ。
念のため前日から一週間前まで出入りした人物を監視カメラの映像でチェックしたが、誰も出入りしていなかった。
学生寮の壁に設置された監視カメラにも、窓やベランダからの侵入はなかった。
そして城戸と本読は、今日訪れた五人の訪問者のうち四人と直接対面して話している。
たった一人、金崎咲羅を除いて——。
消去法で、あのミンチ死体は金崎のものと考えることにした。
では城戸たちが金崎の部屋の玄関先で会話を交わした相手は誰だったのか。
それは死んだはずの赤松妖美以外、考えられない。
おそらく金崎が赤松の部屋を訪れた際に殺して入れ替わったのだ。
つまり、あのミンチ死体は赤松妖美が金崎咲羅を見えない刃で切り刻んでできたというわけだ。
そうなると最初に戻って、あの左腕は何なのか? ということになる。
あれは調べた通り、赤松妖美本人の左腕で間違いないと思われる。
はじめは赤松がカモフラージュのために自分で自分の腕を切ったのかもと考えたが、それはちょっと無理がある気がする。
だから城戸は一つの仮説を立てた。
赤松妖美は、すでに何者かに左腕を切られていたのだ。
だとしたらそれは誰に?
時系列的に青木火香璃と王子グリンロッド以外考えられず、実力的にはグリンロッドしかあり得ない。
しかしグリンロッドには、積極的に赤松に危害を加える動機がない。
さらにグリンロッドの行動を観察してみると、いくつか妙な点がある。
まず、一度部屋を出てからまた戻っている。
なぜ戻ったのだろうか。
忘れ物でもしたのか? 何か言い忘れたことでもあったのか?
最初から殺す気なら、部屋に入って剣で切りつけるだけだ。
一回戻る意味がわからない。
なぜわざわざ戻ったのだろう?
さらにもう一つ、グリンロッドは一度部屋を出てから、帰りの階段で一分ほど立ち止まっている。
これがどうしても引っかかった。
もし忘れ物を探していたのではなく、『誰かと話していた』としたらどうだろうか。
階段で何をしていたのかグリンロッド本人に問いただしてみたが、なぜか要領を得なかった。
とぼけているのか、忘れているのか。
それとも……記憶がないのか。
ただ、女性に話しかけられたことだけは覚えていた。
ここで『青木火香璃が、実は目が見えているのではないか』という疑いとつながった。
もし仮に青木の目が見えているとしたら、異能の【催眠】も使えるはずだ。
青木火香璃が王子グリンロッドを催眠で操って、赤松妖美を襲わせた。
赤松の左腕はそのとき、グリンロッドによって切り落とされたのだ。
推論としてはこれでいい。
だが、一体どうやってそれを証明すればいいのだろう。
「そこで王子グリンロッドと赤松さんをもう一度会わせることを思いつきました。赤松さんが殺されていないのなら、催眠はまだ解けていないはず。青木さん、あなたは王子が赤松さんを殺したかどうか確かめませんでしたね?」
「あ、ああ……」
「強力に思えた【催眠】の意外な盲点です。命令が完遂されたかどうか、催眠をかけた相手に聞いてもわからない、それは自分で確認するしかないんです。青木さんは王子グリンロッドが赤松さんを殺して戻ってきたのだとばかり思いこんでいたんです」
そうは言っても、結果を確かめるために自ら被害者の部屋に入るわけにはいかなかったのだろう。
そんなことをしたら疑いをかけられる恐れがある。下手をすると、催眠をかけたことを含めて全部バレてしまいかねない。
グリンロッドに襲われたとき、赤松妖美はかなり混乱したことと思われる。
さっきまで普通に話していた相手が急に戻ってきて、いきなり切りつけてきたのだから。
それでも致命傷を負わず、左腕を切られただけですんだのはさすがと言うべきか。
おそらく赤松は襲われた直後、透明化の能力を使って室内のどこかに隠れたのだろう。
そして左腕の傷の痛みをこらえ、息を殺して潜み続けた。
赤松がグリンロッドに逆襲しなかった理由は不明だが、状況の把握を優先したからか、うすうす操られていることに気づいたからだと推察される。
「ところで、このとき王子は一回正気に戻ったんじゃありませんか?」
指摘されて、王子グリンロッドは目をそらした。
長い緑の髪を指で整えている。
少し顎を引いて、ふーっと短く息を吐いた。
「命令された標的の姿が見えなくなってから時間がたち、一旦催眠から醒めたのではないですか? そのとき自分がなぜか赤松さんの部屋に戻ってきていること、剣を抜いていること、切られた腕が部屋に落ちていること、これらに気づいたはずです。そうでしょう?」
これはあまり根拠のない推論だった。
強いて根拠をあげるなら、グリンロッドに話を聞いたとき、嘘をつく時にありがちな仕草を繰り返すなど不審な点が見られたことだ。
「ふー……、ご明察だ」
「どうして言ってくださらなかったんですか」
「その少し前あたりから記憶が飛び飛びで、夢か現実かよくわからなかったのだ」
グリンロッドはこめかみに指先を当て、宙を見上げて思案するさまを見せた。
「そのあとも記憶は曖昧でな、気づけば自分の部屋に帰っておった。どうやって帰ったか、まったく覚えておらんし、途中で誰と会ったかもわからん。そんな状態では疑われるだけだと思い、話さなかった。すまぬ。誠実でなかったこと、素直に詫びよう」
それは【催眠】の副作用だろう。
今なら仕方ないと理解できる。
その帰り道にグリンロッドは赤松のスマホを青木に渡していると思われる。
それも催眠での命令に含まれていたはずだ。
だから帰り道の記憶も欠けているのだ。
そして青木は赤松のスマホを使って、捜査の撹乱をはかった。
金崎、茶頭、黄未嶋の三人を、理由をつけて順番に呼び出した。
赤松は最初に来た金崎を殺して衣服とスマホや鍵、財布などの貴重品を奪い取り、見えない刃で切り刻んで、そのミンチ死体に自分の左腕を埋めた。
理由は自分の死を学園側に偽装するためだ。
そうしてまた折を見て脱走するつもりだったのだろう。
赤松妖美が二回も学外ミッション中に逃げていること、そのときもチームメンバーが死んでいることから、彼女がチームメンバーを殺していた可能性は城戸も気づいていた。逃げるためには友人を殺すことも平気で行えるのではないかと考えたのだ。
そして赤松は隣の金崎の部屋へ行くことにした。
金崎の着ていた白いパーカーとロングスカートは顔や手足の“できもの”を隠すためのものだったので、監視カメラから判別できないようにするにはうってつけだった。
さらに赤松は金崎のスマホを使って、自分のスマホからメールを送ってくる青木と会話をしている。
このメールのやり取りが妙に取ってつけたようだったのは、互いに他人のふりをしていて当たり障りのない応答をしていたからだ。
このメールのなかで金崎(本当は赤松)が唐突に死霊をはずす相談をしたのは、監視カメラのエネルギー映像に死霊が映ることを考えてのことだろう。
あとでエネルギー映像を見た者が、部屋の出入りで死霊が消えているのに気づいて不審に思うことを想定した行動だ。
赤松の【透明化】の能力でもエネルギー映像には映ってしまう。脱走を企てていた赤松にとってこのエネルギー映像はネックだったはずだ。エネルギー映像に普段から気をつけていた彼女だからこそ、思いついた工作だった。
そして赤松妖美は何食わぬ顔で金崎咲羅のふりをして隣の部屋入り、学園の教師や城戸たち捜査委員をあざむいた……。
「う、ううう、嘘でぷ。そ、そんな酷いこと、よーみちゃんはしないでぷ。だ、だって、金崎さんとは仲よかったはずでぷ、殺したりするわけないんだぷ。そうだぷね? よーみちゃん」
「はっ、なに言うてはるのやら、このふくよか坊ちゃんは。この女は平気でそういうこと、するやつなんですわ」
本当に、どうしてこんなことができるのだろうかと思う。
いかに逃げたいとは言え、ここまでやるなんて。
赤松は城戸の顔をしげしげとながめて、陰気な笑いを見せた。
「ふうん。ま、80点ってとこかナ。いい線行ってるよ、捜査委員」
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