第11話 異能剣戟

 そこにいたのは、死んだと思われていた被害者、赤松妖美だった。


「あ、あなたは!!」


 担任の女性教師が驚きの声を上げた。

 青木も、グリンロッドも、茶頭も、黄未嶋もみんな一様に「えっ」とか「どういうこと?」とか騒いでいる。

 本読紗夜子だけは静かな態度をくずしていない。

 城戸は振り返って青木を見た。


「青木さん。ここであなたに提案があります」


「な、なんどすか、あらたまって」


「王子グリンロッドに催眠をかけて赤松さんを襲わせたこと、認めてください」


 青木は一歩後ずさった。すかさず女性教師がその腕をつかむ。


「な、なんで、あれが赤松やったら、ほな生きとるっちゅうことで、万々歳ちゃうん? 何があかんの?」


「認めるんですね?」


「い、いいや、認めしまへんよ? そらあんたが勝手に考えた、証拠もあらへん妄想ちゃいますか?」


 突然、グリンロッドが無言で歩み始めた。


「認めてください! 今すぐ!」


「せやからぁっ、証拠あらやへんのやろっ!?」


 グリンロッドが急に駆け出した。


「赤松さん! かまえてください!」


 グリンロッドは腰の細見剣に手をかけ、一気に赤松妖美のところまで駆け寄ると、凄まじい速さで剣を突き立てた。


 ギィ———ンッ!


 赤松の放った見えない刃と、グリンロッドの剣がぶつかり合って激しい金属音が響いた。


 しまった、想定外だった。

 まさかこんなに早く動くとは。


 城戸は女性教師に向かって大声で説明した。


「先生、これが証拠です。赤松さんはまだ生きていました。それを認識したグリンロッドは、青木さんにかけられた催眠の通り、赤松さんを殺すよう再び襲いかかったのです」


 それを聞いて青木が「はっ」と嘲笑した。


「なに言うとるんどすか? 王子さまが自分の意思で襲うてるのかもしれへんやないどすか、赤松のやつ、王子さまによっぽど嫌われとったのどすなあ」


 グリンロッドが赤松におおいかぶさるように近接し、斜め上から物凄い速さで細身剣を繰り出した。

 それを赤松は片手をふるって、見えない刃で弾き返している。


「グリンロッド・グリンガム! 学園に所属する教師として命令します! おやめなさい!」


 女性教師が叫ぶが、グリンロッドにやめる様子は見られなかった。


「青木さん!」


 城戸が再び頼み込むが、青木はそっぽを向いて返事もしない。


 グリンロッドが大きく剣を引いて渾身の突きを繰り出した。

 瞬間、赤松の姿がかき消えた。

 グリンロッドの体が反転、背後からの斬撃を防ぐ。即座に前蹴りを放ち、何もない空間をえぐった。

 すると風から溶け出すようにして赤松の姿が現れた。地面に片膝をつき、腹を押さえて苦悶の表情を浮かべている。

 そこをすかさずグリンロッドが細身剣を突いてきた。

 すんでのところで赤松がよける。

 今度はグリンロッドが横へ飛び退いた。

 颶風が薙いで、下生えの草が切り飛んだ。


 このままでは、取り返しのつかない事態になってしまう。

 こうなった責任はグリンロッドを赤松に会わせた自分にある。


 しかたない……、おれが止めるしか……。


 城戸は右手で顔の右半分をおおった。

 左眼の瞳孔がうっすらと赤みを帯びる。


「青木さん」


 いつの間にか、本読紗夜子が青木の後ろに立っていた。

 肩に手を添えて、耳元に語りかけている。


「青木さん、今ならまだ間に合うわ」


「な、なんどすか?」


「あなたは、まだ誰も殺していない。殺させていない。今なら大きな罪にならずにすむ」


「…………」


「あなたには、どうしても許せないことがあったのね? それを話したらいいわ」


「な、なに言うとるんどすか」


「どちらにしても、あなたは学園から刑罰を受けることになる。でも、もしここで認めてくれたら、あなたの減刑、わたしが申請書を出してあげる」


 青木は唇を噛んで、声にならないうめきを上げた。


「お願い、青木さん。相方に無理をさせたくないの。それにこのままだとわたしだって」


「わかった……くそっ、わかったわぁ!」


 青木は戦い続けている二人に向けて声を張り上げた。


「おい、グリンロッド! 聞きなはれ! 今のなしや……『今のなし』!!」


 途端、ピタッと王子グリンロッドが動きを止めた。

 脱力して剣を下ろし、キョロキョロと周囲を見回してから首をひねる。

 それを見て赤松は荒い息をしたまま、地面にへたり込んだ。




「青木火香璃、言い分があればきく」


 女性教師が質問すると、青木はとつとつと話し出した。

 恨みのこもる低い声色だった。


「あんたら、うちのチームメンバー襲うたの、魔界の魔族やと思てるんやろ?」


「ええ、そういう報告だったわね」


「ほんまは、うちの顔を切ったのも、チームメンバーを殺したのも、全部こいつなんや」


「……なんだと」


 女性教師が驚きの声を上げた。

 赤松妖美が「気づいてたんだ」とつぶやいて薄笑いを浮かべた。

 女性教師は赤松と青木の顔を交互に見た。


「なぜ正しい報告をしなかったの」


「ほんなら、学園が捕まえて刑罰を与えるだけやん? こいつはうちがぶち殺したらな気ぃすまへんかったんや」


 女性教師に腕をつかまれたまま、青木は身をよじって詰め寄った。


「ええどっしゃろ、せんせー。こいつはいっぺん殺されたらええねん。実績あるさかい、どうせ生き返らすのやん? やけど、ほかの殺されたメンバーは実績なんかあらへん。このままほったらかしがオチや。あいつらの無念、ちょいとは晴らしたらなあかん思たんや。それのなにが悪いんどすか?」


 王子グリンロッドが細身剣の切先を青木の顎に当てた。

 青木はひゅっと息を吸って口を閉じた。

 首に血が一筋垂れる。


「そのほうの言い分、あいわかった。だがそれなら自分でやるべきだったな。余を人殺しの道具にしようとしたこと、許せぬ」


 あわてて城戸はグリンロッドをいさめようとした。


「王子、気持ちはわかりますが、ここはひいてくれませんか」


 グリンロッドは城戸を一瞥してから少し考える様子を見せ、ゆっくりと剣を下ろした。


「ふうむ……、ここは捜査委員どのの顔を立てておくとするか。だが青木よ、次はないと思え。今度私的に誰かを催眠で操って人を襲わせたら、たとえそれが余でなくても許さぬ。この魔剣の餌食にしてくれよう」


 そして赤松のほうへ振り向き、深々と頭を下げた。


「そちらもすまなかった。操られるなどと不覚を取った。申し訳ない。その左腕、余が切ったのだな。いかようにしても償おう」


「いいッて。アンタのことは恨んじゃいないよ。どうしてもって言うなら、約束のお金をチャラにしてくれるとうれしいかナ」


「げひっ、なんでげす? 王子はんには律儀にお金払う約束したんでげすか? そんなことせんでも、げひひ、赤松はんにはええもんがあるでっしゃろ」


 会話に割り込んだ黄未嶋外須男がゲスなことを言い出した。

 両方の手の平を広げて、胸の辺りを左右に揺らしている。

 指をワキワキと曲げ伸ばしした。


「げひげひ、それとも王子はんはブギャぷ!」


 横からいきなり棒状のものをこめかみに叩きつけられ、黄未嶋はその場で昏倒した。

 意外にも、やったのはそれまでおとなしく黙っていた茶頭玉金だった。

 いつ出したのか、手には『霊剣 桜吹雪』の柄が握り込まれている。刃を出さず鞘の先端で黄未嶋を殴ったようだ。


「よ、よ、よーみちゃん」


「……なに」


「同じチームの人、襲ったって、ほ、本当なのぷー?」


 赤松は目を落としてうつむいた。

 心なしか、表情から殺気のようなものが薄れた気がする。


「そ、そんなひどいこと、よーみちゃん、しないだぷよね? そうだぷね? そうだと言ってほしいだん……」


 赤松は下を向いたまま首を横に振った。


「残念だけどサー、アイツの言ってることは本当だよ」


「そんなあ……」


「アタシは何がなんでも、ここを逃げたかったんだよ。そのためにはなんだってするって決めたンだ」


 赤松は城戸のほうに顔を向けた。


「アンタさ、捜査委員だろ。ちょっと教えてほしいンだけど、どうしてアタシが咲羅になりすましてるってわかったンだ?」

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