第10話 追いかけた、その正体
王子グリンロッドはやれやれといった感じで肩をすくめた。
「よくわからぬが、とにかくその金崎とかいう女性(にょしょう)に会えばよいのだな?」
「はい。でも会うだけではすまないと思いますので、戦う心づもりでいてください」
「ほう。いいだろう。戦いは嫌いではない。その女性(にょしょう)がどれほどの力を持っているか知らぬが、余が遅れをとるはずもない」
そう言って彼は、緑に輝く髪をかきあげた。
城戸がグリンロッドの部屋から出ると、本読紗夜子や女性教師といっしょに二人の人物が待っていた。
四人目の訪問者であり、被害者の幼馴染でもある、茶頭玉金。
最後の訪問者にして死体の発見者、ゲスの情報屋、黄未嶋外須男だ。
「私が連れてきた。彼らにもいっしょに立ち会ってもらう」
女性教師がシャープな眼鏡を光らせて言った。
茶頭はおどおどした目つきで全員を何度も見返している。
黄未嶋はクソ面白くないといった様子で舌打ちを繰り返している。
本読は一歩引いて眺めているだけだ。
城戸は何も言わず、ただうなずいた。
金崎咲羅の部屋の前に着くと、女性教師がずいっと前に進み出て呼び鈴を鳴らした。
応答はない。
続けてドアを強めにノックした。
小さなこだまが返ってくるだけで、何も反応はなかった。
「人の気配がしない」
女性教師が不審そうにつぶやいた。
城戸はハッとした。
逃げた?
まさかだろ。
いや、そうじゃない。ひょっとして……。
「先生、金崎さんは今夜、学外ミッションの予定だったのではないですか?」
城戸の質問を聞いて、女性教師が答えた。
「そうよ。私が待機命令を出したときに『今夜はミッションがあるから参加してもいいか』と聞かれた。ダメだと伝えたはずだけど」
女性教師が合鍵を取り出して、金崎の部屋のドアを開けた。
「「「ゔっ!?」」」
連れ立った者たちが、玄関から流れてきたあまりの悪臭に口と鼻を押さえて足を止めた。
「金崎咲羅!! いるなら返事なさい!」
そのなかで女性教師は一人、リビングまで土足で突っ込んでいた。
金崎の名前を呼びながら、部屋の中をくまなく見回す。
部屋は閉め切っていて暗い。教師は壁のスイッチを押して電気を点けた。カーテンも払って窓を露わにする。
だが金崎の姿はどこにもなかった。
「いない……ミッションに行った!?」
城戸は口を手で押さえながら、玄関先から呼びかけた。
「それ、どこに行くミッションですか? 何時に、どこから出発するんですか?」
女性教師は顔をしかめて戻ってきた。
「さあ、担任じゃないから知らないけど、学園用の資料を見ればわかるかもね」
「今すぐ調べてください」
「教師に命令するんじゃないわよ」
「本読に異能で読ませるのはリスクがあります。先生が調べてください」
本読がその気になれば学園用の機密資料も難なく読める。しかしそれは学園側への背信行為に当たる。
そんなことは本読にさせたくない。
女性教師は眼鏡を指で上げて、城戸をにらみつけた。
赤い唇がねじれて怖い顔つきだ。
目線を切ると、女性教師はスマホを取り出して、資料を検索し始めた。
「今夜8時に《魔界》でのミッションに就くことになっている。金崎咲羅はチームを組んでないから、引率の教師と二人で行くことになるわ。出発場所は第二ゲートからね」
「8時って、もうすぐじゃあ」
城戸は自分の時計を見た。時刻は午後7時45分を示している。
女性教師はスマホで誰かに電話をかけた。
「引率、知ってる人だから」
いやな予感がした。
だが止めるには今すぐ引率の教師に知らせるしかない。
電話がつながってから、急に女性教師の顔色が変わった。
城戸のほうを振り向いてまたにらむ。
「たった今、金崎が走って逃げたそうよ」
案の定だった。
引率の教師に電話がかかってきた時点で、勘づかれたのだ。
「彼女がどこに向かったかは、こいつが知っています」
「ど、どういう意味でげすっ!?」
いきなり指をさされて黄未嶋外須男は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
学園の校舎から遠く離れた、境界ぎりぎりに大きな人工の山がある。
その暗い山道のさらに奥、誰も近づかないような場所に古井戸があった。
古井戸は鉄板とコンクリで固く封印されている。
そこへ近づく人影があった。
「待ってください」
城戸が進み出ると人影は立ち止まった。
フード付きの白いパーカー、ゆったりとしたロングスカート。
白い手袋も見える。ただし片方だけ。
「あなたにお願いがあります。どうか協力してください」
パーカーから陰気な目がのぞいた。
今日訪問したときとは違う目だった。
手袋した手が動いてフードをまくろうとしたのを、城戸は制止した。
「待ってください。まだ顔は見せないで」
「なんで? もうバレてんでしょ?」
甲高い、嗄れた声だった。
手袋をした手が、フードを後ろへ下ろした。
「はっ!?」
「えっ!!」
「うそ」
「そんなっ」
そこにいたのは——、
被害者、赤松妖美その人だった。
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