第9話 冷徹な担任教師
「なんでうちが犯人にされなあかんの?」
日も落ちた午後七時。
城戸鷹千代は、本読紗夜子とともに青木火香璃の部屋を訪れていた。
疑われているのにも関わらず、青木は笑みを絶やさずにいる。
事前に連絡しておいたので、すでに担任の教師も来ていた。
隙を感じさせない張り詰めた雰囲気をまとった若い女性教師だ。シャープなメガネから常に周囲を睥睨している。
槐(えんじゅ)という苗字に、下の名を宝石と書いて『じゅえる』と読ませる。古式ゆかしいキラキラネームの末裔だ。
槐宝石(えんじゅ・じゅえる)。
略して『えんじぇる』——。
しかし性格に難のあるこの人物をそう呼ぶ者はとんどいない。大半が『ザマスメガネ』と陰口を叩いている。
メガネの女性教師は城戸の顔を見るや、くいっと顎をしゃくった。
さっさと説明しろ、という意味のジェスチャーだ。
口で言えばいいのに、と内心腹ただしく思いながら城戸は話し出した。
「青木火香璃さんが【催眠】の能力で、王子グリンロッド・グリンガムを操って赤松妖美さんを襲わせたと考えられます」
「はあ? うちは目ぇ、けがして【催眠】は使えへんのやけど?」
告発されたというのに、青木火香璃はニヤニヤして余裕のかまえだった。
「青木さんは、生活には不自由しないけれど、光の加減や簡単な動きしかわからないということでした。たしかにそれでは人と目を合わせることは難しいと思います。【催眠】は人と目を合わせることで発動するのですから、その状態では誰かに催眠をかけて操るのは無理でしょう」
城戸は片手で目線を遮りながら、青木のほうを向いた。
「でも本当はかなり見えてるんじゃないですか? その目の傷も、視界を完全に塞いでいるわけではないのでは?」
光の加減や簡単な動きがわかる程度で、普通の生活に支障がないというのはちょっと信じられなかった。
それもついこの間、目をケガをしたばかりなのだ。見えにくい状態での生活に慣れるにはまだ時間がかかるはずだ。
監視カメラの映像で青木が危なげなく階段を上り、何の迷いもなく被害者の部屋の前まで歩いて来たのを見て、本当はちゃんと見えているのではないか、と城戸は疑いを持った。
それにイスに腰かけようとして転んだとき、城戸が手を差し伸べたところ、青木はおどろいて身を避けた。
城戸の悪評を知っていてそういう行動をとったのだろうが、それはつまり城戸の手が見えていたことを示している。
だから青木は自分で言っているよりもずっとよく目が見えているのではないか、と城戸は考えたのだ。
そして、見えているなら目を合わせられる。
【催眠】もかけられる。
バディの本読紗夜子が決して青木を正面から見なかったのも、それを懸念してのことだったのだ。
城戸が考えた推理はこうだ——。
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青木火香璃は今日の午前十時頃、被害者、赤松妖美の部屋を訪れた。
おそらく初めから殺す計画を練っていたと思われる。
赤松に対して恨み言を言ったようだが、直接会ったのは【催眠】を使って知りたいことがあったからだろう。
前回のミッション中に起こったことの真相。
それについてどう思っているのか。
そして……スマホのパスコードなどの個人情報や、ほかの人間との関係、特に貸し借りのある人物を。
殺意は固まった。
必要な情報は手に入った。
いっそ【催眠】で自殺させることができたらよかったのだが、残念ながら青木の能力の性質上それはできない。
自力で殺そうにも、戦闘力は赤松に到底及ばない。
催眠状態で無防備なときに殺そうとしても、一撃で確実に殺さなければ正気を取り戻して反撃されてしまう。
そこで誰か強い奴を催眠で操って、代わりに殺してもらうことを考えた。
赤松の部屋から出た青木は、赤松が『先約』がいると話していたことを思い出した。
青木はどこかで隠れて、赤松の部屋を次に誰が訪ねるか見ていたのではないだろうか。
それが王子グリンロッドだと知って驚き、また快哉を叫んだだろう。操って人を殺させるのに、これほどの適任はいないからだ。
催眠に相性のいいナルシストで、細身剣の達人。女性に甘く好意的なのもよかった。
赤松の部屋から王子が出てくるのを待ち、そして話しかけた。
下り階段の途中で——。
そこは監視カメラの死角になっている。青木はそれを知っていたのだ。
赤松の部屋の入り口も、この死角からのぞいていたと考えられる。
その死角はほんのわずかしかない。
背の低い青木は、例えば階段に座って膝を抱えるような姿勢でいたのだろう。それなら死角の中に潜むことができる。
グリンロッドが下を向いたまま止まっていたのは、下の段に座って見上げる青木に話しかけられ、瞬間に目が合って催眠にかけられたせいだろう。
グリンロッドは青木の異能のことを知っていたかもしれないが、目をケガしていたので【催眠】は使えないと思い込み、油断していた。
そしてグリンロッドは催眠にかかり、もう一度赤松の部屋を訪れて、魔剣で襲いかかってしまった……。
このときグリンロッドは、赤松妖美のスマホを奪うことも催眠で命令されていたはずだ。
切り刻まれた死体や部屋の中にスマホが見つからなかったのは、グリンロッドが持ち去ったからだ。
赤松のスマホはその後、帰りに青木が階段で受け取った。
スマホを奪わせた理由は、捜査の撹乱のためだろう。現世での犯罪でもよく使われる手だ。
赤松の死亡時刻を偽装したり、あわよくば罪を別の訪問者になすりつけたりできる。
金崎咲羅、茶頭玉金、黄未嶋外須男とメールのやり取りをしていたのは、赤松ではなく青木だったということになる。
青木は赤松のスマホからメールを送り、金崎、茶頭、黄未嶋の三人を順番に呼び寄せた。
この三人を選んだのは、仲のいい相手、貸し借りのある相手だからだ。急に呼ばれても部屋まで来てくれる可能性が高い。
仲のいい隣人の金崎は、一旦呼んですぐ帰した。
茶頭には借りた本を返すから来いと伝えた。本はあらかじめ赤松自身を催眠にかけて郵便受けに入れさせておいたか、同じく催眠にかけた王子グリンロッドに入れさせた。
黄未嶋には新たに情報を買いたいと言って呼び寄せた。
死体は放ったらかしにしてもよかったが、早くに見つけられても困りはしない。
べつに誰が見つけてもいいし、誰にも見つけられなくてもいい。
最後の訪問者である黄未嶋が見つけたのは、ただの成り行きみたいなものだ。
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「そら、あんたの妄想ちゃうんどすか?」
青木は肩で髪を払って、せせら笑った。
「城戸鷹千代」
ここで初めて、担任の女性教師が口をきいた。
金属が擦れ合うような音を含む、耳障りな声音だった。
「証拠は?」
「そうどすえ、捜査委員はん、証拠もあらへんのに何言うてるんどすか?」
城戸は青木を見るともなしに見て言った。
「認めてください。認めてくだされば、これから危険なことをしなくてすみます」
「はんっ、危険? 上等とちがう、やったらええやんの」
青木はサングラスをはずし、わざわざ傷を見せつけるように城戸の正面に立った。
目をそらそうとすると、本読紗夜子が間に割って入った。
本読も青木の顔を見据えてはいない。目線を落として床を見ている。
自分をかばったともとれる本読の行動を、城戸は意外に感じた。
しばし、三人の間で視線を合わさないにらみ合いになった。
「ふん、必死どすなぁ。捜査が間違うとったら内申下がって、えらいことになるさかいなあ」
「内申点が下がるより、存在が消えるほうが恐いでしょ」
「いまそれ、関係あらへんとちゃう?」
痺れを切らした女性教師がいらついた声を出した。
「やめなさい、鬱陶しい。危なくてもいいから早く証拠を見せなさい」
本読が振り返った。
大きな瞳が、長い黒髪の間から心配そうな光をたたえてのぞいている。
城戸は小さくうなずいて教師に伝えた。
「王子グリンロッドを、金崎咲羅と会わせれば証明されます」
その言葉に容疑者、青木火香璃は本気で意味がわからないという顔をした。
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