第8話 異世界へのあこがれ
——誰があのミンチ死体を作ったのか。
相棒(バディ)の本読紗夜子とともに、被害者、赤松妖美の部屋へ再び入ってみた。
いつの間にか学園の美化委員が来て、中を掃除していったらしい。すでに死体はなく、血もきれいに拭き取られていた。
現場の様子はすでに写真や動画などのデジタルデータで保存されているはずだ。
あとはほかの委員や教師たちによって、検死が行われるだろう。
赤松妖美。
異界へのあこがれが強く、何度も脱走を企てた生徒。
彼女はそのためにチームメイトさえ見殺しにしていた。
一方で、親しい人物には優しい面もあったらしい。
彼女はあきらめずに再度、脱出計画を練っていたようだ。
訪問者たちの話を総合すると、おそらく学園内の使われなくなった異世界トンネルに一か八かで入り、魔界にわたってからもう一度別の異世界トンネルに入ってグリンロッドの故郷へ行く気だったようだ。
そこから先、どうするつもりだったかはわからない。
自分たちがまだつかんでいない、さらなる逃亡計画があったのかもしれない。
だがそれも、今となっては意味がないことだった。
城戸は赤松妖美の部屋を観察した。
殺風景な部屋だった。
年頃の女性の部屋にしては、物が少なすぎるように思えた。
ただ、本棚だけは充実していた。
読書家だったのだろうか。
本棚にあるのはしかし、異界——正式には『幻界(イマーゴ)』という——に関するものばかりだった。
五人の訪問者たちの一人、茶頭玉金から借りた本も『そこは異世界交差点』という異界絡みの本だった。
本読紗夜子によると、それは説教好きの女術師、『箴言師(しんげんし)リドロップ』が主人公のシリーズ外伝らしい。
異界のどこかにあるという異世界交差点を舞台に、リドロップが行き交う人々の悲喜こもごもを見て、ときに静観し、ときにアドバイスをおくる、オムニバス形式の作品だ。
本棚には、ほかにも目を引くタイトルがいくつかある。
『箴言師リドロップ 魔界の将軍と会う』
『相似する世界の魔女 ハオマとターナ』
『虹の女神イーリス 世界をわたる翼』
『《異世界同位体》 異界にいる、姿の違うもう一人の私』
『虐殺皇子エルシンドの生涯』
…………などなど、エトセトラ。
ほとんどが実際に異界に入ったことのある冒険家やジャーナリストの書いたノンフィクション、もしくはルポだった。
なかには箴言師シリーズのような普通の小説もあるが、それも異界での体験をもとに書かれている。
気になってネットで調べてみると、どれも電子書籍では出ていないものばかりだった。
自費出版のものもある。
ここにあるのはすべて普通の方法では手に入らない書物なのだ。
赤松妖美は、こういった書物を収集して異界の情報を貪欲に集めていたのだろうか。
まさか、あるかどうかもわからない『異世界交差点』にでも向かうつもりだった……?
それで、逃げて、逃げて、最終的にどうするつもりだったのだろう。
異界の住人として生涯を過ごすつもりだったのだろうか。
それとも異界で仲間を集めて、現世に攻め入るつもりだったのだろうか。
「犯人、わかったの?」
いつの間にか本読が近寄っていた。
袖が触れたので、城戸はさりげなくはなれてうなずいた。
「見当はつく」
「証拠はあるの?」
「ある……。ちょっと確認が必要だけどな」
それはきっと、危ない橋をわたることになるだろう。
いざとなれば先生か、もしくは自分が止めるしかない。
本読がぽんっと城戸の肩を叩いた。
「お、おい」
意地悪そうに「くすっ」と笑って、本読は手をはなした。
「それじゃあ、さっそく犯人のところに行きましょ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます