第7話 ⑥ 黄未嶋外須男(きみしま・げすお)

 五人目にして最後の訪問者、そして遺体の第一発見者は、黄未嶋外須男(きみしま・げすお)。


 三年K組。公称十八才、男性。

 情報屋として知られる。学園内でさまざまな情報を得てはそれを売り買いしている。

 留年をくり返し、いまだに未成年で、情報を教師や生徒に売り買いしながら生活している。

 本当は下の名前は『とすお』と読むのだが、あまりにゲスな性格なので『げすお』と呼ばれるようになった。

 最近は本人もそう名乗っている。

 自覚があるのかもしれない。

 何度も留年しているが単位は足りているので、今日は登校していなかった。


 異能は【十匹の小悪魔を使役する】こと。

 能力の詳細は以下の通り。

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 小悪魔は身長五十センチくらいの赤紫色をした小鬼で、全部で十匹。

 外見はファンタジーによく登場するゴブリンに似る。

 知能が低く、複雑な命令は理解できない。

 特に特殊能力とかはない。

 異能で産み出された人造生物だが、まるで本物の生き物みたいに飲んだり食ったり寝たりする。

 たとえ殺されても、黄未嶋が生きているかぎり何度でもよみがえる。

 この小悪魔たちは主人である黄未嶋の命令を忠実にきき、なんでも実行する。

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 黄未嶋はこの小悪魔を最大限有効活用し、情報屋としての地位を確立している。

 小悪魔たちをスパイか探偵のように使って、学園内の情報を収集しているのだ。

 ゲスな性格はさておき、その情報の幅広さと正確さで教師陣からも一目置かれている存在である。


 被害者との接点ははっきりしないが、何かしら情報を買っていたのかもしれない。



 監視カメラの映像はこうだ。


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 午後三時ちょっと前、映像に黄未嶋外須男の姿が見えた。

 ポケットに両手をつっこみ、おどけるような足取りだ。

 用心深く左右に目を配り、ときおり後ろを振り返りながら廊下を歩いている。

 そばに使い魔である小悪魔の姿はない。

 エネルギー映像にも黄未嶋しか表示されないところからすると、小悪魔は連れてきていないようだ。

 被害者、赤松妖美の部屋の前に着くと、呼び鈴を鳴らした。

 そのまましばらく黄未嶋はドアの前に立ち続けた。

 部屋の中から反応がなかったのか、黄未嶋は何度か続けて呼び鈴を押した。

 が、やはり応答はないようだった。

 しびれを切らしたように、黄未嶋がドアを叩きだした。

 それでも反応はない。

 あきらめて一度帰ろうとする素振りを見せたあと、黄未嶋はドアノブに手をかけた。

 ノブが回り、ドアが開いた。

 首をひねりながら、黄未嶋は中へ入っていった。

 そのわずか一分後、ドアを蹴飛ばすように黄未嶋が外へ飛び出してきた。

 廊下でつんのめり、ころんで倒れる。

 這いながら立ち上がると、映像越しでも分かるほど血相を変えて走り去った。


 そして午後三時十四分、黄未嶋から学園サイドへ通報が入った。


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 黄未嶋外須男は自室のドアから出てくると、城戸たちを見るなり「チッ」と舌打ちした。

 どうやらこちらが捜査委員だと知っている様子だった。

 自己紹介はしなくてもよさそうだ。


「なんでワイんとこ来るんでげす? はあ~、こっちゃ死体見つけただけやのに、疑いかけられんのかいな。ほんま、やっとられんでげす」


 そう言えばこいつも妙な語尾のやつだった。

 今日は語尾に症状が出る人間によく会うと思った。

 黄未嶋はドアの前を塞ぐように立っている。

 どうやら部屋に上げる気はないようだ。


「赤松さんの死体を見つけたときのこと、くわしく教えてください」


 不機嫌そうに黄未嶋は右手を差し出した。

 その姿勢のまま無言になる。

 何かを待ってるかのような態度だった。


「なんです?」


「なんですやないやろ。金。か、ね! 聞きたいことあったら金を出すもんでげす」


「こっちは委員の仕事で来ています」


「知らんですがな。ただで情報わたせるわけないでっしゃろ。金を出したら話すでげす」


 城戸はかぶりを振った。


「謝礼は出せません」


「はあん?」


「協力していただけないのなら、そう記録に残すだけですから」


「なんやてぇ」


 すごむ黄未嶋としばしにらみ合った。

 やせぎすのくせに肩をいからして、まるで細長い昆虫だ。

 出っ歯を突き出し、三白眼の目を下からねめ上げるようにしてにらみつけてくる。

 本読は黙って成り行きを見守っている。


 先に目をそらしたのは黄未嶋だった。

 わざと聞こえるようにもう一度舌打ちすると、「ぺっ」と痰を床に吐き捨てた。


「まあええでげすよ。学園ともめる気ぃはないんで」


 吐いた痰を靴でぐりぐり踏む。城戸を見てにたりと口をゆがめた。


「赤松はんには何度か客になってもろたことがあったんでげす。それで今日、また呼ばれたんでげすよ。情報が欲しいから買いたいって。そんだけの話でげす」


「呼ばれたのは何時くらいですか」


「さあて、何時やったかいな。二時は回っとったと思うでげす」


「何時に来いと言われましたか」


「三時以降ってあったでげす。それはおぼえとるでげす。ほかにも来るやつがいるから、時間は絶対守れってメールに書いてあったでげす」


「それでどうしましたか」


「きっかり午後三時に部屋の前に行ったんでげす。けんど、全然応答がなかったでげすよ。帰ろうと思いやしたが、ちょっとためしにドアノブをひねってみたでげす。そしたら鍵、かかってなくて、だから入ったでげす」


「了解もなしに入ったんですか」


「不法侵入やって言うんでげすか? 入ってからも何度も呼んだでげす。でもやっぱり、なんも応答はなくって」


「確認ですが、鍵は最初から開いていたんですね?」


「開いてたでげす」


「小悪魔を使って中から開けたりしていませんよね」


「そんなことしないでげす。わいの小悪魔たちは肉体があるもんで、壁とか扉とかは通り抜けできんでげす」


「壁側の窓からこっそり侵入させたんじゃないの?」


 本読が後ろから口をはさんだ。


「そんなことしてないでげす。やるにしても、窓を割るかしないと入れないでげすよ」


 監視カメラの映像では、小悪魔を連れている様子は見られなかった。

 だが、そばに付き従わせていなくても、遠くに何体か配備して歩いていた可能性はある。

 狡猾な男なので油断はできなかった。


「中に入って、どうでした?」


「しんとして静かでげした。留守かと思いやした。前にも何度か来てたんで、勝手に上がらせて待たせてもらおと思ったんでげす。そしたらリビングの奥で肉塊が飛び散ってるのを見つけたんでげす」


「それで?」


「あわてて飛び出て、学園に通報したでげす」


 一応、黄未嶋の言っていることは、監視カメラの映像と矛盾しない。

 黄未嶋は指をくるくる回して、顔色をうかがうようにしている。


「客ってことは、『情報』を売っていたんですよね」


「せや」


「何を」


 言いかけた城戸を「待て待て」と制止して、黄未嶋は手のひらを突き出した。


「それは言えんでげす。情報屋として漏らすわけにはいかないでげす」


「どうしてもですか」


「どうしても。それはおどされても言えんでげすな」


 城戸はポケットから財布を出した。


「その情報、買います。いくらですか」


 黄未嶋が目をむいた。


「お、おまさん、そげなあっさりと……」


 捜査委員には学園から活動費が出されている。

 こういったことも経費として処理されるので、必要とあれば使う。


「そんな金があるんなら、最初っから払ってくれてもええんやないでげすかぁ?」


 文句は無視した。


「教えてください」


「ええで、わかったわ。ちっ、ほんまは教えたらあかんのやけど、しゃーない。前金や、現金のみやで」


 城戸は財布から札を数枚、抜き出してわたした。

 一回の情報量としては高いと思った。


「よし、教えるでげす。赤松はんにはいろいろ売ったけど、大半が異界関連のことだったでげす。全部だとかなりありますけんど、いつからのにするでげす?」


「赤松妖美さんが自宅謹慎をくらってから」


「だったら一つだけでげす。学園内にある、昔使っていて、今は廃棄されている異世界トンネルの在りかでげす。なんですかね、そっから逃げるつもりだったでげすかね」


「そのトンネル、どの異界に行けるんです?」


「《魔界》でげす。まあ、ありがちでやんすね」


「そこ、まだ使えるのですか」


「無理でげしょ。なんでも二回に一回しかつながらなくなったとかで」


 城戸は考え込んだ。

 いくら逃げたくても、そんなリスクの高い賭けをするだろうか。


「では最後に、小悪魔たちをここへ全部そろえて見せてください」


「えっ、なんでそんなことを」


「念のためです」


「何を見るって言うんで」


「小悪魔たちは凶器を持ってますよね。それ、見せてください」


「なっ! やっぱ、わいを疑っとんのでげすかあ?」


「いいからお願いします」


 黄未嶋は口の端をゆがめて頭をがりがり掻くと、ピューッと口笛を吹いた。

 軽快な足音をさせて小悪魔たちが一体、また一体と集まってくる。

 城戸の足下にも一体走ってきて、思わずギョッとなった。

 容姿は少しずつ異なるが、赤紫色の肌をてからせる、大人の膝ほどの背丈の亜人が十体そろった。


「こいつらの得物を見てもしゃーないでげすよ。きったないからなあ」


「いいから見せてください」


 全員に凶器を出させた。

 黄未嶋の言うとおり、ひどく汚れて刃こぼれしたナイフばかりが並んでいる。

 どれも泥やサビ、そして古い血の跡や油がこびりついている。

 想像以上に不衛生な刃物だ。

 これでは新しい血や脂の汚れはわからない。


「どうでっしゃろ」


「けっこうです。わかりました。ありがとうございます」


 とりあえず話を切り上げることにした。

 帰り間際、城戸はふと思ったことを口にした。


「一回であの値段なら、赤松さんはずいぶんお金を使ったんですね」


 何気ないこの言葉に、黄未嶋はなぜか下卑た笑いを浮かべた。


「いや、ぜんぜん足りんかったよ」


「え? じゃあまけてあげたんですか」


「いやいや、こっちも慈善事業やないでげす」


 うつむいてクツクツと笑った。

 主人につられるように、小悪魔たちもゲヘゲヘ笑った。

 城戸の胸にさっと黒い影が走った。


「じゃあどうしたんですか」


「いやね、ほかのもんで払うてもろたんでげすよぉ」


 本読が怪訝な顔をした。


「ほかの、ってなんです」


「くっ、くっ、いやあ、ちょいと、わいに時間をもらったんでげす」


「時間?」


「そう。一時間だけ」


 黄未嶋の含み笑いが大きくなる。

 城戸はいぶかった。一時間だけ時間をもらうとはどういう意味だ。

 黄未嶋は自慢話を語るようにしゃべった。


「一時間だけね……わいの恋人になってもろたんで」


 小悪魔たちの哄笑がひびいた。

 城戸はため息をついた。

 聞くんじゃなかったと思った。


「ねえ、こいつが犯人でいいんじゃない?」


 本読が軽蔑のまなざしで言い放った。


「そういうわけにはいかない。残念だけど」


「ちょ、ちょっ、何をそんなてきとーな、ちゃんと調べてくれでげす!」


 わめく黄未嶋を無視して、城戸たちは立ち去った。

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