第6話 ⑤ 茶頭玉金(ちゃがしら・たまかね)
四人目の訪問者は、茶頭玉金(ちゃがしら・たまかね)。
二年C組。公称十七才、男性。
現世の有名政治家の息子。
今日は体調を崩して病欠。
茶頭玉金は、現世での有名政治家の息子だ。
実家は金持ちでこの学園にも多額の寄付があるという。
被害者、赤松妖美とは現世での小学校からの知り合いで、広い意味での幼なじみと言える。
異能は【霊剣 花吹雪】。
能力の詳細は以下の通り。
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魂から削り出した霊剣を鍛えて使う。
キーワードを唱えると、刀身が無数の花びらと化して、敵を瞬時に斬り刻む。
某有名マンガの登場人物に影響されて発現した異能。
元ネタほど強力でもなければ、応用がきくわけでもない。『劣化千◯桜』、『偽ん本桜』などと揶揄される。
周囲からは、キャラに合っていないと不評。
どっちかというとキャラ的には、『◯んざき◯らす』のほうだと言われ放題。
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「まあ、あこがれちゃったなら、しょうがないけどな」
「わたしの知り合いにもいるわよ、マンガそっくりの異能を持ってるひと」
自分たちを含めて、この学園の関係者全員がかかっている病とはそういうものなのだ。
監視カメラの映像はこうである。
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午後二時すぎ、映像に小太りの青年が現れた。
伝え聞く温厚な性格どおり、急ぐことなくのっそりと歩んでいる。
被害者の部屋の呼び鈴を押した。
ポケットからスマホを取り出して、しばらく待っている様子が映し出されている。
スマホをしまうと、茶頭はドアを開けて中へ入っていった。
城戸は一旦、映像を止めて考えた。
「これ、さっきの金崎さんのときもそうだったけど」
「なに?」
「部屋の主がドアを開けて、客は中へ入る。これが普通だと思う」
「まあ、そうよね」
「なのに、金崎さんも茶頭さんも自分でドアを開けて入ってる」
本読は眉をひそめた。
「それがどうしたって言うの」
「おかしくないかな」
「べつにそうは思わないけど。『鍵は開いてるから、入ってきて』って、中から伝えたんじゃないの」
「そこまで気の置けない仲なのかな」
茶頭は部屋の中へ入ったあと、ほんの数分で出てきた。
手に何かを持って——。
茶頭の手には、来るときには持っていなかった茶封筒があった。
それを大事そうに胸に抱えながら、茶頭は帰っていった。
「これ、なんだと思う?」
「う〜ん、さあ」
本読は黒い髪をゆらして首を横に振った。
エネルギー映像のほうは特に問題ない。茶封筒にも反応はなかった。
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四人目の訪問者、茶頭玉金はおどおどした態度で出迎えた。
城戸は定型通りあいさつと自己紹介をした。
「ご、ご苦労さまだん」
有名政治家で金持ちの息子——。
その前情報から勝手にわがままなボンボンを想像していたが、実際の人物像はだいぶことなっていた。
腰は低く、小心な人物に見える。
城戸は質問を始めた。
「今日は体調不良だったとのことですが、お話をうかがっても大丈夫ですか」
茶頭はこくこくと首を縦に振った。
「だ、大丈夫だぷー。蓄膿で熱が出て朝は苦しかったけど、いまはもう熱下がって平気だん」
城戸は茶頭の顔を凝視した。
「赤松妖美さんの部屋へ行かれたのは、なぜですか」
「きゅ、急に、呼ばれたんだぷ」
本読が目をパチクリさせた。
「今日いきなりメールが来て、借りてたものを返すからすぐ来いって言われたんだぷー」
「そ、そうですか。そのメール、来たのは何時頃ですか」
「お昼の十二時くらいだったぷー」
「来る時間に指定はありましたか」
「二時半に来いってあったぷ」
「借りたものとはなんですか」
「本を一冊だん。ずっと返してもらえてなかったんだぷ」
もう一度、茶頭の顔を見た。
城戸にまじまじと見つめられて、茶頭はキョトンとしている。
ふざけているわけではないようだった。
「それが今日、急に返すと?」
「そうなんだぷー」
本読が「ぐっ」とくぐもった声を出した。
振り向くと口に手を当てて笑いをこらえている。
彼の妙な語尾はおそらく病気のせいだろう。
この学園に通うすべての生徒がかかっている病気の。
おもしろいのだが、これは潜在的に本人が望んだ形だと思うと妙に切なくなる。
「その本、どういうものですか」
「えっ、えっと」
茶頭は急にへどもどした。
「どうしましたか」
「そ、捜査委員は、たしか全ての報告義務はないんだぷ?」
「ええ、まあ」
「あ、あの、これ、ひみつでお願いするだん」
なんだろう、なにか人に言えないような内容の本なのだろうか。
えっちな本……とか。
「いいですよ。内容如何によりますが。どんな本なのですか」
肩の肉に首をうずめて、茶頭は答えた。
「小説だん。『そこは異世界交差点』というタイトルだぷ」
「え、しょ、小説? 本読、知ってる?」
本読はうなずいた。
「発禁本。作者は思想犯で牢屋に入ってる」
ふむ、発禁というのが問題なのか?
「本読は読んだことある?」
「あるわよ。べつに普通のファンタジーだったけど」
「じゃ、なんで発禁に」
「作者は元冒険家で、いろんな異界に行ったあと本を書いたのね。それが政府の機密に関する何かに引っかかったみたい」
「何かって何」
「さあ。ふふ、禁止にした人たちに聞いてみたら?」
「う〜ん」
どんな本か興味をそそられるが、特に問題があるようには思えなかった。
城戸は茶頭に質問の続きをした。
「普段から、よく本の貸し借りをしていたんですか」
「借りるのはあっちだけだん。一方的だぷー。ようみちゃん、いっつも無理矢理借りていくんだぷ」
「無理矢理、ですか」
茶頭は大きな顔に汗をかきながら答えた。
「前にうちに遊びに来たとき、いきなり貸せって言って、良いとも言ってないのに勝手に持ってっちゃったんだん」
部屋に遊びに来るほどとは、ただの小中学校の同級生というわけではなさそうだ。
「仲は良かったんですね」
「そうとは言えないんだぷぅ」
茶頭は目を落とした。
「ようみちゃんは、ぼくのこと下僕程度にしか思ってなかっただん。昔っから都合よくあつかわれてたんだぷ」
「しかし、ずっと付き合いはあったんですよね」
「腐れ縁なんだぷー」
突然、茶頭は顔を上げた。あごの肉がぶるっとゆれる。
「で、でも、勘違いしてほしくないだん。ようみちゃんは、たしかに人を人とも思わないところあるけど、すっごく他人思いなところもあったんだぷ」
「それって矛盾しませんか」
「そう言われても、あの人はそういう人なんだぷ。ひどい目にもあったけど、何度も助けてもらったことあるんだぷ」
被害者、赤松妖美の人となりがよくわからない。
仲が良い人と良くない人とで、だいぶ印象に差がありそうな気がした。
「それで、部屋に行ったとき、赤松さんの様子はどうでしたか。ふだんと変わりありませんでしたか」
「よくわからないだん。会ってないから」
「え、会ってない?」
城戸はいやな予感がした。
「それってどういう」
「ドアは開いてるから勝手に入れってメールで言われて、入ったら今度は、借りた本を封筒に入れてドアの郵便受けに突っ込んであるから、それ取ってさっさと帰れって言われて。だから会わずにそのまま帰ったんだぷ」
監視カメラの映像にあった茶封筒はそれだろう。
しかし金崎咲羅も茶頭玉金も、被害者には直接会っていないのか。
「ありがとうございます。では最後に、異能の霊剣を見せてもらえますか」
「いいけど、見てどうするんだぷー?」
茶頭が胸に手を当てると、にょきっと剣の柄が生えてきた。
片手で添えるようにして引き抜くと、けっこうな長さの剣が現れた。
大太刀ほどあるだろうか。
「きれいですね」
「僕の体にしまえば、どんなに刃こぼれしても、一番きれいな状態に戻るんでぷ」
「汚れもですか」
「汚れも消えるだん。お手入れいらずだぷ」
そうなると、人を斬ったあとの血や脂の汚れも消えることになる。
確認するだけ無駄かもしれない。
「わかりました、ありがとうございます。これでけっこうです」
必要があればまた来ます、と言って立ち去ろうとすると、茶頭は目に涙を浮かべてぼそりと話し出した。
「ようみちゃん、殺されたって聞いて、僕びっくりしたぷ……。でも、でもいつか、そうなる気もしてたんだん」
茶頭は悲しそうにうつむいた。
「遺体、ひどい状態だって聞いたけどん、生き返らせてもらえるんだぷね? ようみちゃん、すっごい活躍してたから、先生たちもほっとかないはずだぷね?」
肉にはさまれて細い目尻に涙を浮かべ、茶頭は同意を求めてきた。
城戸はただうなずくことしかできなかった。
「メールの内容は確認できたわ。茶頭さんの言ってたことにウソはないみたい」
「ありがとう。ほかの人にくらべたら、犯人の可能性はうすいかな」
そう言うと、本読が意外にきびしい目を向けてきた。
「甘いわね」
「甘い? なにが」
「本よ。借りたっていう発禁本。あれね、持ってるだけでやばい代物なのよ」
「持ってたらどうだっていうんだ」
「売国奴、非国民、犯罪者あつかい」
「まじでか」
「あの茶頭ってやつ、政治家の息子でしょ」
「ああ」
「息子がそんな本を持ってるなんて知られたら、親は失脚するわよ。あれは、それくらいやばいブツ」
おどろいた。
これは認識不足だった。
だとしたら、十分犯行の動機になりうる。
被害者に本を返す気がなく、茶頭が父のために取り返そうとしたのなら……。
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