第5話 ④ 金崎咲羅(きんざき・さくら)

 三人目の訪問者は、金崎咲羅(きんざき・さくら)。


 二年E組。公称十七才、女性。

 被害者、赤松妖美とは、学生寮の部屋が隣同士。

 不登校で一年以上、校舎には来ていない。


 異能は【ネクロマンサー】。

 能力は以下の通り。

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 死霊を捕まえて使役する。

 複数使役することも可能。今のところ使役できる数は五体。

 死霊の生前の能力も使うことができる。

 死霊はいつでも解放できる。

 霊を一体取り憑かせるごとに、肉体に醜い“できもの”ができる。

 これは死霊を解放しても消えることはなく、死ぬまで残る。

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 城戸はこの金崎という生徒の話は知っていた。だが見たことはなかった。

 いや、姿を直接見た人はほとんどいないのではないだろうか。

 特にここ最近の姿は——。


 入学時から外見が大幅に変わったうえ、不登校で寮の部屋からも滅多に出ないらしい。


 被害者とは寮の部屋が隣同士で、そのためか仲は良かったようだ。



 監視カメラの映像を再度確認する。


 —:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—


 昼の午後一時頃、被害者の左隣の部屋のドアがゆっくりと開いた。

 そこから、異様な格好の人物が現れた。

 上半身をそでの長いフードつきパーカー、下半身をゆったりとしたロングスカートをはいている。

 白いパーカーの下の背中や腕、スカートの下の足がいびつにふくらんでいた。動くたび、ふくらみが小刻みに動くのが見て取れる。

 どうやら手袋もしているようだ。手袋をした両手でフードを深くかぶり、さらに前を閉ざすようにしている。

 そのせいで映像から顔をうかがい知ることができない。

 これが被害者の隣人、金崎咲羅と考えてよさそうだ。


「今回はこっちの映像にも反応がある」


 もうひとつの映像、エネルギー映像に奇妙なものが映っていた。

 金崎の発するエネルギーの背中側に、ぴったりと別のエネルギー体が五つほど寄りそっているのだ。


「取り憑かせている死霊のものでしょうね」


「なるほど」


 金崎は片手でフードを閉じながら、もう片方の手で呼び鈴を鳴らした。

 少し待ったあと、自分でドアを開けて中へ入った。

 中へ入ると金崎は三十分ほど出てこなかった。

 そして出てきたらすぐに隣の自分の部屋へと戻っていった。

 それっきり姿を現すことはなかった。


「ここだよな、問題のシーンは」


 エネルギー映像に変化があった。

 被害者の部屋から出てきたときの金崎の背中に、入るときには寄りそっていた別のエネルギー体がなくなっている。


「死霊がいなくなっているのか?」


「みたいね。なんでかしら」


「死霊はいつでも解放できるんだっけ? 解放するとき、何か見返りやリスクはあるのか」


「いえ、解放するのは無条件のようよ」


「ふうむ」


 五体まで死霊を取り憑かせることができ、生前の能力を使えて、いつでも開放できる。


「ずいぶん使い勝手がいい能力だな」


「そうね……ただ、“できもの”がずっと残るんだって」


「“できもの”って、どんなのだ?」


「人の頭くらいの大きさで、ぼこぼこ歪にふくらんでいるそうよ。体のどこにでもできて、ひどい悪臭を放つらしいわ」


「それって治らないのか」


「ええ。死ぬまでずっと残り続けるらしいわ。死ねば消えるけど」


 城戸は眉根を寄せた。


「なんでそんなことがわかる」


「金崎さんは一度、学外ミッション中に殺されて死んでるの。そのとき身体は元通りきれいに戻ったみたいよ」


 本読は一旦話を切ってから、城戸のほうを見て続けた。


「使い勝手がいい能力だから、すぐ学園が蘇生させたの。で、金崎さんに命令してまた死霊を取り憑かせたのね。そのせいで“できもの”がまた全身にできて、せっかくきれいに戻ったのに元の木阿弥」


「……それはきついな」


 金崎の着ていたパーカーやスカートがいびつにふくらんでいたのは、その“できもの”のせいだろう。

 生き返ってから今まで取り憑かせてきた死霊の数だけ、“できもの”が身体に残っていることになる。

 “できもの”のせいで見た目も相当変わっているはず。ひょっとしたら親しい人以外は誰も、今の姿を見て彼女だと気づけないかもしれない。

 そうなったのも学園側の方針のせいだ。

 不登校になったのもわかる気がした。


「でもさ、なんで部屋を訪ねたタイミングで、死霊を開放したんだろう」 


「さあ」


 城戸は本読のほうを向いた。


「金崎咲羅が取り憑かせていた死霊って、どんなのか、わかるか?」


「うん。学園側に申告してあるわね。全部魔界で倒された魔族のもののようよ。全部で五体。ええっと、時空をこえて交信できる犬みたいな魔族、壁を這い渡るのが得意な蜘蛛みたいな魔族、盗みが得意で壁抜けができる影のような魔族、保護色で溶け込むタコのような魔族、それと」


 本読は文庫本をよどみなく読み上げる。


「するどい刃物のような腕を十二本持つ、アシュラみたいな魔族」


 —:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—



 三人目の訪問者、金崎咲羅の部屋のドアを開けた途端、城戸はえずきそうになった。

 本読も口元を手で押さえて、顔をしかめている。

 ひどい悪臭がしていた。

 生ゴミを何日もほったらかしておいたような、湿り気を伴う腐敗臭だ。

 金崎は異能の副作用で全身に“できもの”ができている。

 悪臭はそのせいだ。

 金崎はめったに部屋を出ないが、まれにひとけがない時を見計らって買い物にでかけることがある。

 そのとき臭いが寮の廊下や階段に残り、城戸たち寮の住人たちはその臭いで金崎が出かけたことを知るのだった。



 城戸と本読は玄関から奥には入らず、あいさつと自己紹介をした。


「あなたが今日、赤松妖美さんの部屋へ行ったときのことを聞きに来ました」


 ——返事はない。


 金崎は部屋の電気をすべて切っていて、窓は閉めたうえ遮光してあった。

 ドアを開けた玄関に外の光が差し込むだけで、部屋はほぼ真っ暗闇だ。

 その暗闇のなかで、金崎はリビングの奥からひっそりと顔を出していた。


 顔を出していると言っても、監視カメラの映像と同じく白いフードつきのパーカーをしているので、城戸たちから見えているのはフードの外側だけだ。


「あの、中へ入ってもよろしいですか」


 白いフードが少しゆれた気がした。

 またしても返事はない。


「だめなら、こちらへ来て話していただけませんか」


 やはり返事はない。


「あの、金崎さん」


 城戸の声はむなしく闇に吸い込まれていく。


「答えていただけませんか」


 異様な沈黙につばを飲み込んだ。

 部屋の奥の様子は変わらない。

 ただ、ぼおーっと白いフードだけが暗闇に浮かんでいる。


「ねえ、ちょっとどうするの、これ」


 本読が耳元でささやいた。

 城戸は無意識に距離をとって答えた。


「無理に入ることはできない」


「でも」


 このまま玄関で聞くしかない。

 城戸は声を投げかけた。


「どうして今日、赤松妖美さんの部屋へ行ったのですか」


 城戸が黙ると、沈黙が落ちる。

 白いフードは幽鬼のように暗闇に浮いたままだ。


「し……い……だった……ら」


 小さな、かすれた声が聞こえた気がした。


「今の」


 本読がつぶやいた。

 今のが金崎の声だろうか。

 ここ最近、彼女の声を聞いた人間はほとんどいない。

 もともと人見知りで無口だったのが、不登校になってさらに人と会話することがなくなったと聞く。


「し……ぱい……だっ……」


 フードがふらふらと揺れ、かすかな声が暗闇から流れてきた。

 しかし小さすぎてよく聞き取れない。


「赤松さんとは何を話しましたか」


「な……も」


「えっ?」


「よ……を…………た……、……さ……ない」


 白いフードがすうーっと横へ動き、リビングへ消えようとした。


 会話を打ち切ろうとしている?


「待って、せめて顔! 顔だけでも見せてください」


 これでは誰と何を話したのかわからない。

 せめてそこにいるのが、金崎咲羅本人であることだけでも確認しなくてはいけない。


 白いフードの動きが止まり、青白い手が闇から生えてフードをめくった。

 金崎の顔が半分だけ露わになった。

 存外にきれいな奥二重の瞳、なだらかな曲線を描く眉、儚げに垂れる前髪。

 一瞬垣間見えて、すぐに闇に消えた。


「あ、あのっ、最後にもうひとつ、もうひとつだけ!」


 部屋の奥にはもう何も見えず、闇と沈黙が強い拒絶を示している。


「死霊! 憑いている死霊がいなくなってますよね、どうしてですか」


 何も返事はなかった。

 少し待ってみても何の反応もない。

 本読のほうを見て、目をふせて首を振った。

 これ以上は無駄だと思った。


「いいから、もう行くわよ」


 本読はさっさと外に出た。

 仕方なく城戸もそれに続いた。



「困ったな。ほとんど話が聞けなかった」


「二人のメールならあるけど、見る?」


「ありがとう。見せてくれ」


 本読から、赤松妖美と金崎咲羅のメールのやり取りが送られてきた。

 それを自分のスマホで確認する。

 城戸はそのやり取りを何度か読み直した。


 メールの内容によると、金崎は今日、赤松のほうから頼まれて部屋におもむいたようだ。

 それが玄関のドアを開けて中に入ってすぐ、いきなり帰るよう言われたので、渋々帰ったらしい。


 赤松から金崎へ、部屋に来てほしい旨のメールが送られたのは、午前十二時四十分頃。

 次のメールは午後一時を少し過ぎた頃だった。

 そこからメールのやり取りがしばらく続く。


「本読、これ、どう思う?」


「どうって?」


「ここからのメールのやり取り、ちょっと見てほしい」



金崎『来たよー ドア開けてー』

赤松『いやごめん やっぱり今日は帰って』

金崎『えー どうしたの』

  『あれ ドア開いてるよ』

赤松『あ 待って だめ』

  『なか 入って来ないで』

  『だめだから』

金崎『ごめん、入っちゃった』

赤松『リビングまでは来ないで』

金崎『え? なんで?』

赤松『体調 悪い』

金崎『ホントにどうしたの?』

赤松『魔界に行ってから 調子悪い。

   変な病気 もらったかも』

金崎『だいじょうぶ?』

赤松『うつすと悪いから 今日は帰って』

金崎『えー』

  『わかったよぉ』

  『なんかいる? 買ってこようか』

赤松『いいから』

金崎『そう 

   じゃあ また』

赤松『うん 

   せっかく来てもらってごめん』


金崎『あ そうだ』

  『あのさ』

赤松『なに?』

金崎『いきなりだけど 相談のってほしい』

赤松『突然 なに』

  『いいけど』

  『気分悪いから 早くすませて』

金崎『今つけてる死霊 はずしたいの』

赤松『えっ もったいなくない?』

金崎『でも』

  『つけてると できものひどくなるの』

  『それに 先生たちに利用されるの 

   くやしいし』

  『便利な道具 みたいな扱いされんの 

   もういやなの』

赤松『そっかあ』

  『じゃあ いいんじゃない?』

金崎『よーみが そう言ってくれて 

   うれしい』

  『先生には 怒られるかもだけど』

  『なに勝手なことしてるんだ って』

赤松『大丈夫』

  『あやまれば 許してくれるよ 

   きっと』



 城戸はメールを見てしばし考えていた。

 この会話からすると、二人は直接会っていないことになる。

 金崎は赤松の部屋の中に入っておきながら、会わないまま帰宅したのだ。

 そしてなぜかこのタイミングで赤松に自分の悩みを相談している。

 そのあと赤松に背中を押してもらう形で、金崎は自分に取り憑かせていた死霊を外した。

 一連のメールは、だいたい一、二分でやり取りされているが、妙に合間が空いているところもある。

 赤松の『なか 入って来ないで』『だめだから』のあと、金崎の『ごめん、入っちゃった』の返事は十五分も空いている。

 そういう長い合間もあって、全体としてこのやり取りに三十分近くかかっていた。


「一応、話の筋は通るんだが」


 城戸はこのやり取りに、なんとも言えない違和感をおぼえるのだ。

 本読も思案顔だ。


「これといっておかしくはない。ただ、気になるって言うか」


「そうよね、言いたいことはわかるわ。なんかとってつけた、って感じの会話よね」

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