第3話 ② 青木火香璃(あおき・ひかり)

 最初に被害者の部屋に来たのは、青木火香璃(あおき・ひかり)という生徒だ。


 二年A組。公称十七才、女性。

 被害者、赤松妖美の元チームメンバー。

 前回の学外ミッションで重症を負いながらも唯一生き残っている。

 ケガの治療のため長期欠席中で、昨日病院から退院したばかりだった。


 異能は【催眠】。

 能力の詳細は以下の通り。

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 目を合わせた相手を思い通りに操ることができる。

 かなり複雑なことも命令できる。

 人を殺させることもできるが、自分を傷つけることはできない。

 操った時間だけ寿命が減る。

 操る対象は一人だけ。同時に複数は不可能。

 操られた相手は、その間の記憶をなくす。

 解除するときは「今のなし」と言う。

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「監視カメラの映像、見られる?」


「ちょっと待って、今出すから」


 本読は手にしていたタブレット端末を城戸へ手渡した。

 そして青い光をゆらす文庫本をめくる。

 ほどなくしてタブレットに監視カメラの映像が映し出された。

 寮の四号棟二階の廊下、被害者の部屋のドアが見える一番近い場所に設置されたものだ。

 この学園は寮以外にもいたるところに監視カメラがしかけられている。

 カメラは単に映像だけでなく、魔力やオーラといった『超常エネルギー』を映す機能もついている。生徒のなかには被害者のように姿を消すことができるものもいるからだ。


 城戸はタブレット端末に映し出された映像に集中した。

 今日は平日。登校の時間を過ぎたあとは、映像に人の気配は見られない。

 映像を三倍速で進めて見る。



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 午前十時過ぎ、青木とおぼしき人物が二階へ上がってきた。

 小柄で、華奢な女性だ。

 青い髪を肩まで伸ばしている。

 映像から濃いめのサングラスをかけているのが分かった。

 寮の廊下で濃いサングラスは奇妙に思えた。

 似合っているとも思えない。


「このひと、なんでサングラスをかけてるんだろう」


 何気なく口にすると、本読が答えた。


「ケガを隠すためじゃないかしら。記録によると前回の学外ミッション、被害者の赤松妖美といっしょに行ったミッションでケガをしたらしいわ。……目を」


「目を?」


「顔の前半分ごと目を切り裂かれたようよ。ひどい裂傷だったって」


 青木は催眠使いだ。

 視線を合わせた他人を自由に操れる。

 その要となる目をケガしたのだという。


「彼女の供述によると、チームメンバーのなかで最初に襲われたんだって。今回の件とは関係ないかもしれないけど、襲ってきた魔族は青木さんの異能を知っていたみたいね」


「たしかに。知ってたら真っ先に無力化するべき能力だ」


 内通者がいるのかもと考えたが、本読の言うとおり、この事件とは関係なさそうだ。


 目を映像に戻した。

 青木は迷うことなく被害者の部屋へ向かい、呼び鈴を鳴らした。

 ドアが開き、中へ誘われる。


 それから三十分後、再び外へ出てきた。

 表情までは読み取れない。いったい、被害者と会って何を話したのだろうか。

 エネルギー映像にもあやしいところはない。

 青木はそのまま下へ降りる階段へ行き、映像から消えた。


 —:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—:—



 城戸と本読はそのまま最後の訪問者が部屋から出るまで、一通り監視カメラの映像を見た。



「よし。じゃあ、順番に話を聞いてみよう」


 本読紗夜子はうなずいた。


「ええ。先生から待機命令が出ているはずだから、寮の部屋に行けば会えると思うわ」




 被害者を訪れた最初の一人、青木火香璃は勝ち気な様子で出迎えた。

 監視カメラの映像と同じく、濃いめのサングラスをかけている。


「はじめまして。捜査委員の城戸です。よろしく。こちらは本読です」


 本読紗夜子は横を向いていたが、目を閉じてから前を向き、静かに会釈した。


「はじめまして、よろしく。青木さん」


 青木火香璃は顎を上げて、特徴のある関西弁で答えた。


「あ〜、聞いとるわ。学園の使いっぱも大変でおざりますのお。青木です、よろしゅう」


 初対面にしてはトゲのある物言いだった。

 捜査委員はあまり生徒から好かれていない。

 ぞんざいな態度も仕方ないことだと割り切って、城戸は話を続けることにした。


「先生から話があったかと思いますが、捜査に協力していただきます。よろしくお願いします」


「ふ、お手柔らかに頼んます」


 ふと、気づいたかように目元に手を当てた。


「ああ、これ? 知っとると思うけど、うち、目ぇ、やられたんや」


 青木はサングラスを片手でつまみ上げて、顔を見せた。

 そこには痛々しい傷が残っていた。両目はケロイド状に癒着してふさがっている。

 前回の学外ミッションで負ったという傷であろう。これでは目は見えないはずだ。


 軽い笑みをうかべながら、青木はこともなげに傷を負った顛末を語って聞かせた。



 魔界でのミッション中、荒廃した街中で青木の所属するチームはいきなり襲われた。

 青木は最初に不意打ちで目をつぶされてしまった。

 何もできないまま、チームメンバーが殺されていく様子を耳で聞くことしかできなかった。

 死んだ仲間の身体が覆いかぶさってきたので、そのまま死んだふりをしてやり過ごすことにした。

 救助が来るまで半日ほど、仲間の死体の下で動かずじっと隠れていた——。



「大変でしたね」


「まぁね」


 青木は手で少しづつ探りながら部屋の中を歩いた。

 机の前にあるイスに触れると「ちょっと座らせてもらうで」と言って、腰を下ろそうとした。

 だが、少し位置がずれていたのか、座った途端にずり落ちて尻餅をついた。


「いったあ……」


 身体は横倒しになり、城戸の足に寄りかかる形になった。

 思わず飛びのこうとしたが、倒れる女性を避けるのはさすがにできなかった。

 足元に倒れる青木に後ろから手をスッと差し伸べると、不意に感じたのか青木は身をそらして城戸の手を避けた。


「大丈夫ですか」


 青木はバツが悪そうに笑った。

 そして遠慮がちに城戸の手をとって立ち上がり、慎重にイスへ腰かけた。


「青木さん、昨日退院されたそうですけど、まだ不便じゃないですか」


「ふっ、心配してくれて、あんがとさん。それが意外とそうでもあらへんねん。たしかに字は読めへんし、人の顔も見えんけどな。でも明かりの加減と、なんかが動いとうくらいやったらわかるよ。自分の部屋やったらなんとか手探りで歩けるんでなあ」


「そうなんですか」


「そうなんよ。ま、なんとかなるもんや」


 青木は宙を向いてニヤリと笑った。


「ほかの傷は大丈夫なんですか」


「目以外は治してもろうたさかい、平気やで。目のほうもあとなんべんか通院したら元通りになるらしいわ」


「それはよかったです」


「で? 捜査委員はんはなんぞ聞きたいことおざりますのやろ?」


 城戸は居住まいを正して、被害者の部屋を訪ねた状況について質問することにした。


「赤松妖美さんの部屋へは、何をしに行かれたのですか」


「なにって、そらあ文句を言うために決まっとるわ」


「文句、ですか」


 軽い笑みを残したまま、淡々と青木は恨み言を言った。


「あいつが逃げな、三人も死なへんですんだんやで。うちだって死んどってもおかしゅうなかったわ。一言文句を言わへんと気ぃすまへんかったんよ」


「お気持ちはわかりますが、それは少し言い過ぎでは」


 異能を持った人間が三人も、しかも教師まで殺されている。

 襲ってきた魔族は相当強かったに違いない。

 脱走したことは別にして、逃げたことを責めるのは酷なように思えた。


「そんなことあらへん。あいつがうちらのなかで一番強かったんやよ。知っとるやろ、あいつの実績。なのに戦いもせんと、いの一番に逃げおったんや。あの透明化の能力使うてな」


 城戸は驚いた。

 被害者の顔写真と実績から、好戦的なイメージを抱いていた。

 まさか真っ先に逃げたとは。

 本読のほうを見ると後ろに一歩下がって、ぷいっと横を向いて立っている。

 青く光る文庫本に目を落として「そのようよ」と言ってうなずいた。

 どうやら学園側の記録にもその通りに記されているようだ。


「えっと、その、赤松妖美さんには今日いきなり会いに行ったんですか」


「いんや、前もって時間を約束しといたよ。あいつ、今日は先約があるって、その前に来てくれってさ」


 城戸はまた本読のほうを振り返った。

 本読紗夜子は顔を背けたままだった。城戸は青木のほうへ向き直った。


「それで、話をしたあと、赤松妖美さんはなんと言ってましたか」


「べつになんも。ああそう、すいませんでしたって平謝りされて終わりや。ほんま腹立つわ」


「そのあと、どうされましたか」


「帰ったよ。これ以上、顔も見とうなかったもんでなあ」


 そう言ったあと、「ま、どうせ見えへんのやけど」と自虐的なことを付け足した。


 城戸は黙って青木を見つめた。青木は軽い笑みを絶やさずにいる。


「わかりました。ご協力、ありがとうございます。またお話をうかかうかもしれませんが、とりあえずこれで失礼します」


「ああ、ごくろうさん」


 出て行こうとする城戸と本読に、青木は後ろから言葉を投げかけた。


「なあ、知っとる? あいつ、逃げるの二度目なんよ。前のときはチーム全滅してんねん。あんなやつ、死んで当然なんよ。正直、殺されたって聞いてせいせいしたわ」




 青木火香璃の部屋を出てから城戸たち二人は一旦、寮のエントランスに戻った。


「本読、青木さんが被害者と会う約束していたこと、確認できる?」


「ええ、了解」


 本読紗世夜子はアーカイブに記録された情報ならなんでも読み取れる。

 それが彼女の異能である。

 プライバシーを侵害する行為なのであまり大っぴらにはしていないが、紙の手紙や電話の内容、メールのやり取りまでも自由に読むことができる。


「……本当のことみたいね。メールに記録があるわ」


 青く光る小さな本のページを細い指で繰りながら、本読は答えた。


「そうか。青木さんが言っていた、先約の相手って誰だろう」


「メールからはわからないわ。ほかの人たちにも話を聞いていけば、わかるんじゃない?」


「そうだな……。じゃあ、次の訪問者のところへ行くか」


 ふと城戸は気になったことを聞いてみた。


「ところで本読。さっきはなんで態度悪かったんだ?」


「なにが? べつに普通にしてたつもりだったけど」


「ずっとそっぽ向いてたじゃないか。最初のあいさつのときも、まともに見てないだろ」


「そうね……うん」


 本読のほうを振り向くと、彼女は眉をひそめて話した。


「わたしは強くないから、いろんなことに気をつけないとね。だからよ」


 城戸は本読の言葉を受けて少し考え込んだ。


「おれも気をつけてはいた。でも、あからさまなのはよくないと思う。まあ、たぶん、大丈夫じゃないか」

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2024年11月3日 07:00
2025年1月5日 07:00
2025年1月6日 07:00

捜査委員 城戸鷹千代  〜幻想隔離学園 ウォルンタース るかじま・いらみ @LUKAZIMAIRAMI

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