第13話 失踪
バトラーが何とか助かったと分かると、サラはすぐに、領内に入り込んだ魔獣を浄化して回ってくれた。
もちろん、まだ無事だった兵士達も、俺も、魔獣を探して退治して回った。
侵入からそれほど時間が経っていなかったようで、入り込んだ魔獣が、まだ人が住む区域には到達していなかった。
フォセットが魔獣の気配を感じ取れるようで、助かった。
もう安全だと警戒を解くまでに、丸2日かかったけれど。
兵士たちからは大勢の犠牲が出たが、領民に被害者はいなかった。
その後の調べで、この事件はザカリアス伯爵の仕業だったことが判明した。
あの日、魔獣を引き寄せるお香―そんなものがあったのか!―を利用して、魔獣を集めて、一気に見張り塔を壊滅させたザカリアスの兵士が、最期に領内に香をまき散らして去って行ったらしい。
バトラーが放っていたスパイが、しっかりと証拠を押さえてくれていたので、それを国王に提出し、今返事を待っている。
うちの領内に魔獣を引き入れたということは、国内に魔獣を引き入れたと同じことだ。
中央にいる奴らの報告では、ザカリアスは最低でも死刑になるそうだ。
ザカリアスの息のかかった者は、一瞬でヤツを見捨てたと。
俺にザカリアス領もついでに統治させてはどうかという案もあるらしいが、それについては全力で回避したいと思う。
死んだ兵士達の弔いや、家族への補償。国王への連絡、たまにバトラーが生きているかの確認――そんな目の回るような忙しい日々を過ごしていたある日。
誰にも何も言わずに、サラが消えた。
*****
サラが失踪したと気が付いた俺は、バトラーの代理の執事に一言「後は頼む」とだけ言って、シュテファニに乗って屋敷を飛び出した。
防壁の外側をやみくもに移動して、サラを探す。
確信があった。サラはきっと、この領地を見捨てられないと。
魔獣の跋扈するこの領地を見捨てて他の地へ行って、何も気にせず幸せに生きるなんてことはきっとできない。
だから屋敷から消えたサラはきっと、この防壁の外側にいる。
きっと一人で、今でも魔獣から領地の人たちを守っているんだろう。
サラのことだから、もしかしたらザカリアス領の方も守るかもしれない。
だけどなんとなく、きっとまだサラはレングナー領側にいるような気がしていた。
とはいえ、心当たりはそれだけだ。
100キロメートルも続いている防壁の外の、さらに見渡す限り広がる魔獣の森の、どこにいるかなんて、分かるはずもない。
「どうやって探せばいいんだろうな……」
途方に暮れかけたその時、シュテファニがフォセットととても仲が良かったことを思い出した。
厩舎で休ませている時や、領地に放している時、まるで恋人か家族のように寄り添っていた。
「シュテファニ。フォセットのいる場所が分かるか?」
藁にも縋る思いで、聞いてみた。
キューーーーーイ
シュテファニが、見張り塔が魔獣に襲われていた時に発した、あの奇妙な鳴き声で返事をした。
――いや、これは俺に返事したんじゃない?
シュテファニが遠くを見つめながら鳴いたことで、これは俺になにかを言っているのではないと気が付く。
「シュテファニ。……その鳴き声はなんだ?」
ブルルル!
俺の問いに、今度はいつもの聞き慣れた馬の声で一声答え、次の瞬間シュテファニは、迷いなくある一方向へと走り始めた。
防壁の外で、単騎で、壁に背を向けて道なき道を走るなんて、普通なら絶対にしない自殺行為だ。
でも俺は迷うことなく、シュテファニを信じて、身を任せた。
走り始めてほんの数十分で、前方から、白い影が見えてきた。
最初はほんの小さな粒のようだったそれは、瞬く間にすぐ目の前までやってくる。
サラを乗せたフォセットが。
「もう! なんで……フォセット! 止まって!」
サラは必死に止めようとしていたが、フォセットはなぜか言う事を聞かないようだ。
嬉しそうに近づいてきて、シュテファニの顔に自分の顔をこすり付けている。
「フォセット。ありがとう、よく来てくれた」
キューイ!
嬉しそうにフォセットが鳴く。
サラが、俺の命令を聞くように言い含めておいてくれたおかげだろう。
さっきのシュテファニの奇妙な鳴き声は、ユニコーンの鳴き声だったのか。
――まさか本当に、シュテファニがユニコーンの血をひいていたとはな。父上のホラ話じゃなかったのか。
「サラ。戻って来てくれ」
「……あのお香は、私が作った物なんです」
「そうか」
サラは俯いて、その顔を見せてくれない。
あのお香を作ったのがサラということは知らなかったが、なぜかすんなりと納得できた。
あんなものを作れるような技術が、ザカリアスにあるとは思えないから。
「私……、私のせいで、沢山の兵士さん達が亡くなってしまいました。バトラーさんも大怪我をして。突然押しかけた私に、行き場のない私に、あんなに優しくしていただいたのに」
「……うん。なにか理由があって作ったんだろう?」
そんなことは分かり切っていた。
サラが誰かを陥れるために、誰かを殺させるためにそんな物を作るはずがないことは。
「それは……ザカリアス伯爵に言われて。私がいるほうに魔獣を集めて、浄化しやすいようにするためで。……だけど、魔獣を引き寄せるお香を、私が作ったことには変わりありません」
サラの言葉に、またザカリアスに対して怒りが湧いてくる。
自分たちは屋敷の中でのうのうと暮らして、サラ一人に魔獣を引き寄せて退治させていたやつらを。
「魔獣から、他の者達を守るためだったんだろう? 俺だって、作戦で魔獣をおびき寄せることなんて日常茶飯事だ。サラはそんな俺のことも、責めるのか?」
「そんな! シリウス様はなにも悪くありません」
「だったら、サラだって、悪くない」
それでもサラは頑なに、顔をそむける。
「それに私には、本当はシリウス様のおそばにいる資格はないんです」
「なぜ?」
「実は私は、ザカリアス伯爵に命じられてレングナー領に来たんです。ザカリアス伯爵は、私とシリウス様を結婚させて、レングナー領を乗っ取る計画です! 長年の戦いに疲弊して、直系はシリウス様お一人になってしまったレングナー家を乗っ取るチャンスだって言っていて。私はそれを知っていて! シリウス様や、レングナー領の皆さんはあんなに私に優しくしてくださったのに。なのに私は黙って……」
――なんだ。
「なんだ。そのことか。知ってるよ」
「え」
「こっちにはバトラーがいるんだぞ? そんなこと、最初に結婚話が来たときに、すぐに調べたよ」
「ウソ!」
「ウソじゃない」
そうか。サラはずっとそのことに胸を痛めていたのか。
もっと早くに知っていることを、教えてあげればよかった。
「だったらなぜ、シリウス様は私と結婚してくださったんですか? 私がザカリアス伯爵のスパイだと分かっていて」
「愛しているからだよ。君が小さな肩で息して、一人きりで、皆を守るために魔獣を浄化している姿を見たあの時から。この命よりも、君の方が大切になってしまったんだ」
俺がそう言うと、サラはついに、顔をくしゃくしゃにして、こらえきれないというように泣き出した。
シュテファニを可能な限り近づけて、フォセットの上のサラをできるだけ優しく抱きしめる。
「ずっと傍にいてくれ。頼む。俺からこれ以上大切な物を奪わないでくれ」
サラは声を押し殺して泣きながら、コクリと頷いてくれた。
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