第10話 見回り

「シリウス様、見回りの指揮は私が引き受けるので、もう少し屋敷でお休みしていただいていても構いませんでしたのに。サラ様が寂しがっているのではないですか?」


 今日はまた、定期的に行っている防壁の見回りにきていた。

 100キロメートルにわたる防壁を、魔獣と戦ったり、壁の傷の応急処置をしながら進むため、数日がかりの見回りになる。

長年の経験の蓄積で、今ではしっかりと見張り塔の兵士たちのシフトや、見回りのルーティンが組まれている。


「できるだけルーティンは崩したくなくてな」

「そうですか」



 防壁には魔獣が突進してきたらしき、無数の傷がある。

 新しい傷は増えていないか、強度は大丈夫か、まだ耐えられるかを見回るのは、大切な仕事だ。

 当然防壁の外側を回るので、危険が多い仕事だが、最近はサラとフォセットのおかげか、それほど魔獣との遭遇もない。



 サラの愛馬? のユニコーン、フォセットと、俺の愛馬のシュテファニは、今ではとても仲良くなった。

 シュテファニにユニコーンの血が流れているというのは、もしかしたら本当のことかもしれない。


 結婚後、サラはフォセットに、俺のことも主人だと思って、命令をきくようにと、言い含めてくれた。

 おかげで俺もフォセットに乗れるようになった。

 普段は愛馬のシュテファニもいるし、フォセットにはサラを守っていてほしいので借りる事はないが、緊急時にはとても心強い。



 今回の見回りではサラとフォセットは、屋敷で待機してもらっている。

 俺のいない間、絶対に一人で壁の向こうに行くんじゃないぞと念を押して。

 ちなみに、もしもサラが行きたがっても、絶対に行くんじゃないぞとフォセットにもしっかりと言ってきた。


「もうすぐ領の端だな。小さな魔獣と遭遇しなくなったので、見回りが速くなって助かる」

「そうですね。帰りは壁の内側を飛ばして帰れますから。もしかしたら明日には屋敷に帰れるかもしれません」

「だな」



 シュテファニなら、確実に明日中に屋敷に帰れるだろうが、他の兵士達もいるので、微妙なところだ。

 しかし以前だったら、見回りに10日間費やすこともあったので、1週間もしないで帰れるのはありがたかった。


 もうレングナー領とザカリアス領の境目が見えてきた。

 防壁に新しい傷も増えていないので、修復の必要もなく、魔獣も出ないので、ただの平和な遠乗りのような見回りだった。

 そう、呑気に思っていた矢先だった。


「……止まれ」


 もう境界も見えてきたというところで、ゾクリとするような嫌な気配を感じて、手で進行停止の合図を出す。

 長年一緒に戦ってきた兵士達は、特に聞き返すことなく、静かにピタリと馬の脚を止め、警戒態勢に入った。


 ずっと、魔獣と戦ってきたのだから、分かる。

 姿かたちは見えないが、きっと近くに魔獣がいる。しかも1匹や2匹じゃない。

 そして俺たちは狙われている。



 レングナー領の端なので、フォセットの匂いが途切れて、魔獣が集まっているのかもしれない。


 --本当にそうか? そんなレベルじゃない気がする。


 全身の肌が緊急事態を告げているように、ビリビリと粟立つ。

 一度バトラーに、何人か連れて防壁の上に行ってもらって、状況確認をして……。


 いや、これはもうそんな事をしている場合じゃない。



「防壁の中へ退避! 急げ!!」


 俺の勘違いなら、それでもいい。俺がこの領で一番偉いリーダーだ。誰も文句など言わない。


――むしろ勘違いであってくれ!



 兵士たちが一糸乱れぬ隊列で、警戒をしながら突っ走る。

 防壁の途中には一定区間ごとに見張り塔があり、そこから防壁の中へと入れるようになっている。

 領の端なので、ちょうど近くに見張り塔があった。


 その見張り塔に近づくにつれて、先ほど感じた違和感が、逆にどんどん大きくなっていく。

 

「なんだ……!?」


 見張り塔の様子がおかしい。

 俺たちがこれほど急な退避行動を取っているのに、合図一つない。

 というか、見張りがいない。



 近づいて、嫌な予感が的中してしまった事を知る。


 見張り塔が無数の魔獣に襲われ、見る限り、動いている兵がいない。


「嘘だろ……」


 様々な魔獣が見張り塔に集っている。動いている兵士は一人もいないが、動かない兵士が、そこら辺に転がっている。

 そしてさらに悪いことに、壊れた門から、魔獣が領地内に自由に出入りしているではないか。


 ――魔獣が領地に入り込んでいる!!


 いつからだ?

隣の領との境目はレングナー領でも一番危険な場所なので、防壁の近くに住んでいる者はいないはずだ。

 しかしいつから見張り塔が壊滅し、領地に魔獣が入り込み始めていたのか。

 既に内地まで魔獣が入り込んでいるのか?


 ――内地の警備兵は、魔獣退治に慣れてない者も多いんだぞ!!



 見張り塔は、1日1度は誰かが報告もかねて交代するようになっている。

 知らせを出せないほど一気に見張り塔が襲われたとしても、交代の人員が帰ってこなければ、近くの待機所の連中が気が付くはずだ。

 だから長くても1日は経っていないはず。


 それにしたって、なんだって、こんな様々な種類の魔獣達が集まっているんだ!?

 魔獣だって、居心地の良い魔獣の森の方が好きなはずだ。

 防壁に近づいてくるのは、好奇心旺盛な種類や、この前のヤクルスのように巣替えの際にたまたま通りかかるなどで、そう多くない。


 それなのになぜ!



 ――この人数だけだと、これだけの魔獣に対応するのは厳しい。ひとつ前の見張り塔まで、引き返すか?



「バトラー。お前どっち派? 一つ前の見張り塔まで戻って、人数集めながら数時間後にまたここに戻ってくるか、それともこのままこの人数で、突っ込むか」

「……」


 バトラーが、難しい顔をして即答しない。きっと様々なパターンを考えているんだろう。


「ちなみに俺は突っ込む派かな。この魔獣の集り具合、まだ続々と集まってきている。数時間放置することで、領民の被害が拡大する」

 時間短縮のために、予め俺の意見を伝えておく。


「……………………突入しましょう」


 長い沈黙――実際には多分1分もかかっていないだろう――の後、バトラーが俺の意見に同意した。

 信じられないくらい長く感じた1分だった。



「アーモットと、マティアスと、イムレ! 一つ前の塔に戻って、救援を呼んでこい!」

「はい!」


 まだ若く経験の浅い3人を、救援の使者に指名する。

 状況判断はしっかりできる奴らだ。お前らは生き残れよ。



 キューーーーーイ


 覚悟を決めて突入しようとしたその時、シュテファニが、今まで聞いたことのないような奇妙な鳴き声をあげた。


「シュテファニ、どうした?」


 この緊急事態に、よく訓練された頭のいいシュテファニが、無意味に普段やらないことをするとは思えなかった。

 なにかきっと意味がある。

 人間よりも、シュテファニの勘の方が鋭い。

 今までそれで助かったこともあるのだから、その変化は見逃せなかった。



 キューーーーーイ



 もう一度鳴く。


 魔獣と戦うことに反対なのか? と思ったけれど、どうやらそうではなさそうだ。

 ということは、この突入にも、もしかしたらどこかに勝機はあるのかもしれない。



ほんのちょっとだけの希望を胸に、突入の合図を出した。




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