第9話 初夜

 結婚式を挙げると決まり、大急ぎで領地の者達だけで、急ごしらえの結婚式が開かれることになった。

 参加者のほとんどが非番の兵士達になってしまったが、皆心から祝福してくれた。

 サラは少しの間だが一緒に働いたメイド達も招待したがったが、全員総出で、結婚披露パーティーの準備を急いでしてくれているので、それは叶わなくて残念がっていた。

 ……後日メイド達とも一緒に祝える、ささやかな場を用意しよう。


 ずっと不毛の土地だと思っていた領地。

壁に囲まれて閉じ込められているのは、魔獣じゃなくて自分のほうなんじゃないかと思って生きてきた。

 それがサラが側にいるというだけで、こんなにも楽しく、愛おしい場所になる。



「おめでとうございます! シリウス様!」

「サラ様! おめでとうございます! シリウス様をよろしくお願いします」


 皆が本当に嬉しそうに俺たちの結婚を祝ってくれているのが伝わってくる。



「シリウス様。私、とっても幸せです。まだ信じられないくらい」


 真っ白なドレスに身を包んだサラが、子どものようにはしゃいでいて、その眩しさに目を細める。

 この人が誰もが恐がる魔獣達に囲まれても、一歩も引かずに立ち向かっていく姿など、俺も実際に見なければ信じられないことだろう。

 ――だからザカリアスが、サラの力に気が付かなかったのだろうが。


「サラ、ありがとう。この地に来てくれて。俺と結婚してくれて」



*****



小さな教会で式を挙げ、身内だけで食べて飲んで歌って踊っただけの急ごしらえの式は、楽しくてあっと言う間に過ぎ去ってしまった。

そしていつものように寝支度を整え、フワフワと夢見心地で寝室に入った俺は、扉を開けた瞬間、生れてから一番というほど驚くことになる。



 なんと俺の寝室に、フワリと柔らかそうに広がるネグリジェに身を包んだサラが、待っていたのだから。


「シリウス様。お待ちいたしておりました」

「…………!!」


 結婚式用の化粧を落として、薄っすらと化粧をしなおしたサラは、品が良いほのかな香水の匂いを漂わせていた。

 なんのために、寝る前に薄化粧をしてここにいるのかなんて、答えは一つしかない。



 ――忘れてた!! 今日は、初夜だったのか……。



 うかつにも、すっかり頭から抜けていた。

 ザカリアスにサラを取り返されないようにと、ただ早く結婚式を挙げたい一心で、慌ただしく準備をしていたので。

 


 心臓がバクバクとうるさい。

 風呂上りらしいサラの、上気した肌から、目が離せない。

 ゴクリと喉が鳴ってしまったことを、気が付かれてしまっただろうか。


 ――ってダメだ! 耐えろ! 正気を保つんだ。サラはそんな気などなかっただろうに。無理やり急がせて結婚してもらったんだぞ!!



 今にもサラに触れたい気持ちを、魔獣と戦って培ってきた鉄の精神力で堪える。


 辛い。


 魔獣と戦っている方が、何倍も楽なくらいだ。



「……サラ、綺麗だ」

「……ありがとうございます」


 ――っ違う! 言うべきことは、それじゃない!



「俺はサラが好きだ」

「…………!?」


 サラが驚いたように、ハッと顔を上げる。


「まだ気が付いていなかったのか?」


 その様子がおかしくて、可愛くて、少し笑ってしまう。


「私がザカリアス領に戻らないで済むようにしていただくための……偽装結婚かと思っていました」

「それは口実だ。いやもちろん、俺がサラを守るために必要なことではあるが」



 プロポーズした時は、まだ結婚してサラの動向に口出しを出来る権利を得ること、それが理由のメインだったはずだった。

 しかし籍を入れてから、そんなことはどうでも良くなって、結婚できたことが嬉しくて、サラとの生活がただ愛おしかった。


「サラを愛している。だから結婚して、守りたかったんだと気が付いた。君が大事なんだ。何よりも、誰よりも。この心臓よりも……」



 痛いほどに高鳴る心臓を押さえる。飛び出してしまいそうだと思って。


 サラの頬には涙が伝っていた。

 それを俺は、世界で一番美しいと思った。


「シリウス様。ありがとうございます」




 サラも、無理をしているのではなく、俺との生活を楽しんでくれていると知って、嬉しさと愛しさが湧き上がってくる。


 ――今はそれで、十分だ。



「すまなかったな。今日――こんな準備をさせてしまって。恥ずかしながら、初夜のことをすっかり失念していた」

「……実はシリウス様のご様子から、そうかもしれないなと思っていました」



 サラが少し俺をからかうように、上目遣いでそう言った。

 もう可愛くて仕方がない。俺の頭はどうにかしてしまったようだ。


「落ち着いたら離縁してくれて構わないなどと言っておいて、このような準備をさせてしまったのは、俺の落ち度だ。焦っただろう? こういうことは、君も本当に、心から俺のことを愛していると思えるようになってからでいい。君の部屋を、今から用意させるから――まあどうせバトラーが……」


「…………ています」


「――え?」



 サラのルビーのような真っ赤な唇から、今なにか、信じられない言葉が聞こえたような。

 またゴクリと、喉が鳴ってしまう。その音が邪魔でもどかしい。


「私も、シリウス様を愛しています。心から」

「それって……」


 俺は、初夜はサラも俺を愛してくれてからでいいと言った。

 サラはそれに対して、俺のことを愛していると言った。



 真っ赤になって俯いているサラを見つめる。緊張のためか、自分の手を握り締めて、少しだけ肩が震えていた。

そこまでが俺の我慢の限界で、その小さな肩に手を伸ばす。



 ――最も、耐える理由も今、なくなったんだが。






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