第3話 反則
「あれでは、まるで俺がイジメているみたいではないか」
仕方なくサラを雇うことを許可すると、やっとのことでメイド頭と一緒に執務室を出て行ってくれた。
「ありがとうございます、レングナー伯爵様。お噂通り、お優しい方ですね」などと余計な事を言いながら。
結婚話がなくなったと言った時も、雇ってくれと言って頭を下げ続けていた時も、サラは泣かなかった。
しかし俺が雇うと言った途端、その頬に一筋の涙を流したのだ。
――あんなの反則だろう。
何の反則だかは知らないが、とにかくあれはズルい。反則だ。
「イジメているみたいと言いますか、虐めていましたね」
「はあ!? 何を言っているんだ。いつもの女たちは、あれくらいしないと出て行かないだろう。居座って、母上の形見を持っていこうとした女までいて……」
「あの時は大変でございましたね。……しかし、その女とサラ様は別人物です」
「同じだろう。同じように、この領の財産を削り取りにきた女だ。それともなんだ? なにかサラは、今までの女たちとは違うという根拠でもあるのか?」
「根拠はございませんが。……今までの全ての女性がお金目当てだったとしても、サラ様もそうだとは限りませんよ、とだけ。シリウス様のお母上も、お金目当てなどではなかったようにね」
黒い無駄にサラサラの髪の毛をサラッとかき上げながら、バトラーはそう言った。
その余裕な態度に腹がたつ。
「そうそう、忘れていましたがこれ」
「なんだ、それは?」
「サラ様がお持ちになっていた、ザカリアス辺境伯からのお手紙でございます」
「そういう物は、先に出せ!」
サラと話をした後になって手紙を出してくるなんて、普段のバトラーらしくない要領の悪さだ。
ザカリアス伯爵とは昔から仲が悪い。
――一体手紙には何が書かれているのやら。
「はあ? なんだこれは」
封を切って手紙を読んでみると、そこには驚くことが書かれていた。
一言で言えば、聖女を一人恵んでやるから、代わりに10億払えといった内容だ。
10億といえば、このレングナー領の1年の収入と同額だ。
言っておくが、人件費や経費を払った後の利益ではない。そういう金を払う前の、国家から防衛費として我が領に支払われる金額全てだ。
「10億払えだと!? 払う訳ないだろうそんな金。第一サラはこいつの所有物でもなんでもないだろうに。なんでこいつに払わないといけないんだ。こっちは、とっくに結婚を断っているんだぞ」
「失礼、拝見いたします。……なるほど。サラ様は元孤児だったため、一応ザカリアス伯爵の親戚の、養女になっておられたのですね。実態は姓も名乗らせてもらっていないようですが。……10億の名目は結納金と」
「どこの誰が、結納金で10億払うんだ。王族だとしてもあり得ないぞ」
「私がザカリアス伯爵領の情報を集めさせている者によりますと……」
「……いつの間にそんなことしていたんだ、バトラー」
バトラーが、シンプルなデザインの黒縁眼鏡をクイッと持ち上げる。
こいつが考え事をする時の昔からの癖だ。何かを読むわけでもないのに、なんで眼鏡を持ち上げる必要があるのかと、小さい頃から不思議に思っていたのだが……。
「ザカリアス伯爵領では、ここ最近聖女たちの力が飛躍的に向上し、孤児出身のサラ様以外は領都の屋敷で祈っているだけで事足りて、ほとんど魔獣が出没しなくなったそうです」
「その情報は、知っている」
――孤児出身のサラ以外は領都の屋敷で祈っているだけ。……ということは、サラが前線で魔獣と戦っていたというのは、本当の話なのかもしれない。
「ザカリアス領は、我が領と同じく、魔獣から国家を守るため、膨大な報奨が王家から毎年支払われています。しかし最近は、聖女のおかげで実際にはほとんど魔獣と戦う必要がなくなり、報奨だけがもらえるという状態だ。それに味を占めたのでしょうね。ザカリアス辺境伯は最近、我がレングナー領をも狙っているそうです。我が領が魔獣との戦いに疲弊したところを狙って、サラ様の親戚として助けに来る。そしてなし崩しにレングナー領も自分の物にして、労せずして国家からの報奨金も2倍になるという計画だそうで」
「詳しいな」
「シリウス様の結婚相手になるかもしれない女性については、毎回この程度は調べさせていただいております」
――孤児出身で、一人だけ魔獣と戦う前線に駆り出されていた聖女。10億と引き換えに、聖女のいない、魔獣の跋扈する危険な領に押し付けられるなんて、そんなの売られたも同然ではないか。
「まあでも、やっぱりサラは、うちの領の金を狙っているということだな」
「……そうですかねー。サラ様自身が10億を受け取る訳ではなさそうですし。この危険な領に、お供も連れずに一人で来たことからも、あまり大切にされていたように思えませんが。いかがなさいますか? シリウス様」
「いかがもなにも……結婚なんてしないのだし、普通の兵士志願者と同じように扱うだけだろう。何か問題がありそうなら、いつものように追い出して……」
そうバトラーに話しながらも、なぜか俺は、心のどこかで既に、サラのことをいつもの女たちとは違うと、思い始めてしまっていることを自覚していた。
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