第4話 結婚許可証

 サラがうちにやってきてから、あっという間に4週間が経っていた。

 サラは最初、兵士になる事を希望していたが、結局屋敷でメイド見習いとして働いてもらうことに落ち着いた。

 他の聖女に比べて力が弱いとはいえ、流石に聖女様を前線には連れて行けない。

 ザカリアス領と違って、うちの兵士達は、聖女を守りながら一緒に戦うなどという器用な事に慣れていないのだ。



 魔獣退治以外に何もできないと言っていたサラは、実際にはやらせてみれば何でもできた。

 洗濯も、掃除も、料理もだ。


「前線では、兵士さん達にとてもお世話になっていましたから。出来る限り雑用は、私がやらせていただいていました」


 とのことだ。



 ――おいおい。聖女のうち一人だけ前線に駆り出しておいて、しかも兵士たちの雑用係までさせていたのか。扱いが酷いな。……本人が納得しているようだから良いものの。……いや良いのか? これ本当に。



 サラのことなどどうでも良いはずだが、バトラーから様子の報告を受けるたびに、俺の方がザカリアス領でのサラの扱いの酷さにイライラとしてしまう。

 本人はそれを当然だと思っているのがまた、腹が立つ。



「バトラー、サラの調子はどうだ?」

「おや、気になりますか」

「うるさい」


バトラーに聞いたら、そう言われるだろうとは思ったが、気になるものはしょうがないので、もう開き直って、聞くようにしている。

 



「今日は、サラ様はお休みの日ですね。いつもどこでお休みになられているかまでは存じ上げませんが、朝からお出かけになられているようです」

「そうか。うちの領で、一人で出かけて、ウロウロしていて大丈夫か?」

「やはり聖女様とあって、結界も張れるようですので。街に出るくらいなら問題ないでしょう」


 うちに来た時の様子だと、働きすぎるのではないかと心配していたくらいだったが、メイド頭やバトラーの話では、休日はちゃんととるし、仕事のある日も時間中はしっかりと働くものの、時間がくればすぐに切り上げて、どこかへ気晴らしに出かけていっているらしい。

 その点については、少し安心していた。


 メイド頭はサラの仕事を褒めていて、見習いはそろそろ卒業だとまで言っている。

 ――一体いつまで、ここにいるつもりなのかは知らないが。

 まあ、王都へ確認にいった使者が帰ってこれば、何らかの動きがあるだろう。


「そういえばこちら、王都から帰還した使者が持ち帰ってきた、国王の書簡です」

「だから、そういうものは先に出せ!」


 国王からの書簡を後回しにする執事がどこの世界にいるというのだ。

 しかしこの男にとっては、この男なりの確固たる優先順位があるようで、子どもの頃から変わらぬその判断力に幾度となく助けられてきた経験から、強くは言えない。



 最初はこの男の父親が、俺の父親の側近だったそうだ。

 しかしバトラーが子どもの頃に、父親が魔獣と戦ってできた怪我が元で亡くなってしまった。

母親も既にいなかったバトラーは、それ以来、うちでほとんど家族同然に暮らしてきた。

 俺よりも10歳年上だが、物心ついたころからほとんど容姿に変化がない。

 たまにこいつは人型の魔獣なんじゃないかと思うこともある。


 ともかく早速、使者が持ち帰ったと言う手紙を開封する。それにざっと目を通すと、バトラーに渡した。


「……これはこれは。まあ、うちがお断りしたのにもかかわらず、無理やりサラ様を送り付けてくるくらいですからね。予想していた事ではありますが」

「…………」


 その手紙には、うちからの断りの手紙は届いていない。聖女サラも到着してしまったようだし、そのまま結婚するようにと書いてある。

 ご丁寧に、結婚許可証まで同封されて。

 その許可証には、教会による結婚を認める旨のサインと、サラの保証人であるザカリアス伯爵のサインまでしてあって、あとは俺とサラがサインして教会に提出するだけという状態だった。


 しかし手紙をよく読めば、国王本人が書いたわけではなさそうだ。

 ――一体この手紙は誰が書いたのか。国家の中枢にいる人物であることは間違いないだろうが。


「ザカリアス伯爵は、本気でうちの領地を狙っているんだな。魔獣の危険にさらされるような土地、今まで放棄したがる領主はいくらでもいたが、狙われたのは初めてじゃないか?」

「いやー、そうですね。本当に力の強い聖女様がザカリアス領にいて、これから先ずっと領地を守り続けてくれるのであれば、差し上げてしまいたいぐらいだ」

「……言うな」

 バトラーに、俺が言いたいことを先に言われてしまう。


 バトラーも俺も、この領地に生まれ育った。

ずっと魔獣と戦い続けていて、この土地を投げ出してしまいたいと思ったことは、一度や二度や三度や四度ではないのだ。



 それでもこの土地を捨てて逃げ出さないのはやはり、この領地でずっと一緒に戦ってきた人たち、その家族が守り続けていたものを、俺の代で途切れさせたくないという思いがあるからだ。



*****



今日は魔獣の森の防衛ラインの見回りに、バトラーを始めとした信頼できる兵士達と一緒に来ていた。

 魔獣の森と、我がレングナー伯爵領との境界線は100キロメートルにもわたる。

 防壁は作ってあるが、強い魔獣にはすぐに壊されてしまうし、100キロの防壁を完璧に整備するのは不可能に近い。

 


 魔獣の森を越えたその向こう側にはまた国がある。

そのため、森の中でも比較的魔獣が現れにくいところには、整備された道も通っている。その道の安全を確保するのも、レングナー伯爵領の重要な任務だ。

 

 そんな道の一つを見回っていると、前方から商隊が焦ったように向かってきた。

「レングナー伯爵領の兵士達か! 助かった!」


 商隊は、俺たちのいるところまでやってくると、安心したかのように足を止め、緊張を解いた。


「どうした!? 魔獣が出たのか!?」


 俺も見知っている大規模な商隊だ。

毎年冬が終わる頃に来て、様々な商品を届けてくれる。

そしてうちの領の商品を一通り買い取っていってくれる、ありがたい存在だ。

魔獣の森の横断にも慣れているので、1匹や2匹の魔獣に遭遇しても、雇われた傭兵たちが退治するはずだ。

 その商隊がこれほど焦って逃げてくると言うことは、相当な群れにぶつかったに違いない。


「あ、ああ。普段はあまり魔獣が現れないところなんだけどな。50匹以上はいたんじゃないのか? 危なかった」


 魔獣の森といっても、人間の整備した大通りには、ほとんど魔獣が出ないものだ。それが50匹以上と遭遇したというのだから、穏やかではない。


「防壁の向こうか。……警戒範囲外ではあるが、50匹となれば壁も危うい。放っておけないな。けが人は?」

「いやそれが、どこからともなく聖女様が現れて、結界で守ってくれたんだ。おかげで誰一人負傷することもなく、全員が無事に逃げることができた。いやー、助かったよ」

「なんだって!?」



 商隊の隊長の言葉に、嫌な予感がする。

 防壁の向こうに聖女がいただと? 聖女と言えば、現在確認されているのは現在ザカリアス領にいる聖女4人と、今うちの領に滞在中のサラだけだ。

 その中で、ザカリアス領の4人は屋敷から出ることもないというのだから、この商隊が出会った聖女というのは、サラでしかありえない。



「……たしか今日は、サラ様の休暇の日ですね」

「なにをやっているんだあいつは!!」



 メイド見習いの休暇の日に、なぜ! 防衛線の外側になんて行っているんだ。

 というか、どうやって防壁の外側へ移動しているんだ? 普通なら丸一日かかる距離だぞ。


まさか、今までの休暇でも、魔獣の森に言っていたのではあるまいな!

 本当に、あいつにはイライラさせられっぱなしだ。


「行くぞバトラー!」

「はいはい」



*****



 商隊の隊長が魔獣の群れと遭遇したという場所へ行ってみると、ヤクルスという翼を持った蛇型の魔獣が、あたり一面に転がっていた。

 ヤクルスというか……ヤクルスの死骸が、だ。

 ヤクルスは普段は魔獣の森深くに棲んでいるのであまり会わないのだが、たまに巣変えのため、群れで移動することがある。魔獣の森内を移動してくれるならば問題はないが、これほど領の防壁に近づいていたのかと思うと、ぞっとする。

 なんせこいつらには翼があるのだ。

 

 もしも気が付かずに、群れごと領地に入り込んでいたら、相当な被害が出ていたに違いない。



 相当な数の死骸が転がっているいうのに、まだ何匹ものヤクルスが、何かに集って、襲っているのが見えた。

 その『なにか』が何なのかを理解した瞬間、俺は考えるよりも先に、愛馬のシュテファニを走らせ、ヤクルスの群れの中に突っ込んでいった。




 ――サラ!! あいつなんでこんなところにいるんだ!!





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