弓張月の夜 〜全肯定〜



○鬼の国にある、巫女が住む和風な家・縁側(夜)

    聞き手が縁側に座り、鬼姫琴奈が近寄ってくる。

    聞き手の右から近付いてくるため、⑮から⑦に移動しながら。

   (バックSE:縁側の環境音・虫の鳴き声や鹿おどしの音、水音など)※開始

   (バックSE:琴奈が近付いてくる足音・着物のため歩幅狭め)※開始


⑮「こんなところで何をしておるのじゃ?」


   (バックSE:琴奈が近付いてくる足音・着物のため歩幅狭め)※終了


⑦「隣、座ってもよいか?

  お主とお茶をしようと思ってのー。

  お茶菓子も用意したのじゃが……ダメ、かの?」


   (SE:聞き手が横に少し移動する音)


⑦「すまぬの。では隣、失礼するのじゃ」


   (SE:聞き手の右隣に凪咲が座る音)

   (SE:琴奈が持っていた折敷を左側に置く音)


⑦「よい夜じゃな」


    聞き手と琴奈がしばらく静かに座る。

    鹿おどしの音など。環境をしばらく流す。


⑦「……何か悩みごとかの?」


   (SE:聞き手が身動きする音)

    聞き手が琴奈を見るため、⑦から①。


①「なんじゃ? ワラワが気付いておらぬとでも?

  お主がここに来るのは何か悩みがあったり、不安な時であろう?

  何年一緒におると思っておる。

  ワラワたち、鬼からすればたいした時間ではないが……

  それでも、お主との時間はワラワにとっては輝かしいものなのじゃ。

  忘れることは出来ぬし、お主のことが分からぬほど、老いてもおらぬよ」


   (SE:聞き手が身動きする音)

    聞き手が庭に視線を戻すため、①から⑦。

    聞き手:やりたいことがあるんだけど……


⑦「ほう、よいことではないか。

  やりたいことがあるのは幸せなことじゃよ。

  お主の身に危険が及ぶことだと心配してしまうが……。

  そうでないのなら、やってみてはどうじゃ?」


    聞き手:でも、自分じゃできない気がして。


⑦「……自信がないということかの?

  お主はよく頑張っておると思うがの。

  右も左も分からぬ別の世界で人の身で暮らす。

  それは言葉で言うほど簡単な話ではなかろう。

  それにお主は自分の意志でこの世界に来たわけではなかった。

  お主は迷い込んでしまっただけじゃ。ただ、不運にも」


   (SE:琴奈が聞き手の手を握る音・衣擦れ音など)

   (SE:聞き手が身動きする音)

    琴奈が手を握り、聞き手が少し顔を向けるため、⑦から⑧。


⑧「……不安であったじゃろ?

  見ず知らずのところで友もおらず、たった一人で……。

  けれど、お主は腐ることはなかった。めげずに前を見続けた。

  不安そうにしながらも、良くしてくれた者に応えようとしておった。

  いつしか、お主を部外者のように扱う者たちもいなくなった。

  それは紛れもなくお主の努力の成果じゃよ」


   (SE:聞き手が身動きする音)

    聞き手が庭に視線を戻すため、⑧から⑦。

    聞き手:自分の力じゃないよ。


⑦「……なぜそんなことを考えるのじゃ?

  当たり前じゃろ。自分の力で出来ることなど、たかが知れておろうに。

  人はそういう者であろう?

  どうしたって一人では生きていけぬ生き物じゃ。

  生きようと思えばはご飯を食べなくてはならぬ。

  ご飯を買うためにはお金が必要じゃ。

  お金を手に入れるためには働く必要がある。

  働くとなれば、楽しいことばかりではない。

  嫌なことをしなくてはいけない時もある。

  ……誰だって自分の好きなことだけをして、生きてはいけぬのじゃ」


   (バックSE:琴奈がお茶を入れる音)※開始


⑦「けれど、不憫なものでのぉ〜。

  ワラワたちは、自分のやりたいことを優先してしまう生き物なのじゃ」


   (バックSE:琴奈がお茶を入れる音)※終了

   (バックSE:琴奈がお茶を入れる音・2つ目)※開始


⑦「そんな中、お主は他者のために努力した。

  新しい環境で、価値観の違う者たちと共に何かを為そうとした」


   (バックSE:琴奈がお茶を入れる音・2つ目)※終了

   (SE:琴奈が急須を折敷に置く音)


⑦「一つ一つはたいしたことはでなかったであろう。

  けれど、その小さな一歩をお主は踏み出し続けた。

  だから、ワラワたちもお主を受け入れた。

  これをお主の成果と呼ばずに何と申すのじゃ?」


   (SE:聞き手の横にお茶を置く音)


⑦「昨日届いた良いお茶じゃ。

  お主の口にもきっと合う茶葉じゃよ。

  一口飲んでみよ」


    聞き手がお茶を飲む。琴奈も同時にお茶を飲む。


⑦「(お茶を一口)ごく……。

  ふぅ……。

  うむ。よいお茶じゃ。流石は老舗なだけはあるの。

  どうじゃ? 美味しいじゃろ?」


    聞き手:美味しい。


⑦「それはよかった♪

  お茶菓子もあるが、どうじゃ?

  お主好みの味じゃと思うが……」


    聞き手:じゃあ、もらおうかな。


⑦「ふふ。そういうと思っておった♪

  はい、どうぞ」


   (SE:お茶菓子を乗せたお皿を聞き手の横に置く音)


⑦「話を戻すが、お主がやりたいのならやるべきじゃ。

  できる、できないの話ではない。

  踏み出すべきじゃとワラワは思う」


    聞き手:……でも。

   (SE:琴奈がお茶を一口飲む音)

   (SE:琴奈がゆっくりと脇にお茶を置く音)


⑦「……何事もそうじゃが、何かを始める時とは不安に思うものじゃよ。

  お主の悩みや不安を全て理解はできぬが……ワラワも少しくらいなら分かる。

  安易に分かると言われたくないかもしれぬが……。

  ワラワもお主を引き取りたいと家族に伝える時は、怖かったものじゃ。

  鬼が人を、と言われると思ってのぉ。踏み出すのが怖かった」


   (SE:お茶菓子をお皿の上で切る音・羊羹などイメージ)


⑦「……うむ。このお茶菓子も美味しいの」


   (SE:菓子楊枝をお皿に置く音)


⑦「けれど、踏み出してよかったと今では思っておる。

  お主とこうして穏やかな日々を過ごせておるのじゃから」


   (SE:琴奈が折敷をスライドさせて移動できる場所を作る音)

   (SE:琴奈が聞き手の真横に移動する身動き音)

   (SE:琴奈が聞き手の顔を両手で掴む音・衣擦れ音など)

    琴奈が聞き手の顔を両手で強引に振り向かせるため、⑦から①。


①「失敗してもよいのじゃ。

  失敗しても経験は残る。

  反対にの。踏み出さないと何も得られぬぞ?

  なんなら後悔が必ず残る。そういうものなのじゃ。

  だから、失敗してもよいから踏み出したほうがよい。

  それがお主の、これからの人生にきっと役に立つ」


   (SE:琴奈が聞き手を抱き締める音)

    琴奈が抱き締め、聞き手の左側に顔が来るため、①から③。


③「それでも不安や恐怖心があるというのなら……。

  ワラワを頼っておくれ。どんなことでもお主を支えるからの。

  行き先が地獄だろうと、ワラワはお主と共に行こう。

  約束するのじゃ」

  

    聞き手:どんなことでもって……。


③「そうじゃ。どんなことでもじゃ。

  お主が例え、悪いことをしても、例え、許されないことをしても。

  ワラワだけはお主を肯定し続けよう」


   (バックSE:琴奈が聞き手の頭を撫でる音)※開始

    聞き手:どうしてそこまで……。


③「どうしてと言われても困るのじゃが……。

  うーん。強いて言うなら……

  ワラワがお主を信用しているから、というのが理由かのぉ。

  そもそもお主は善悪をしっかりと判断できる子じゃ。

  お主が悪いことをする時はそれ相応の理由があると思っただけじゃよ。

  それに……ここはお主がいた環境や世界とは違う。鬼の世界じゃ。

  もし世界がお主を否定しても、ワラワだけはお主の味方でいたい。

  そう思っておるだけじゃよ。

  お主を居候させたいとワガママを言った時から。

  それがワガママを言った者が背負う責任であろう。

  でも、まぁ……」


   (バックSE:琴奈が聞き手の頭を撫でる音)※終了

   (SE:琴奈が抱き締める力を弱める際の身動き音)

    琴奈が聞き手を正面から見詰めるため、③から①。


①「もし理由もなく悪いことをしたら、ちゃんと叱るつもりじゃ♪

  だから、本当にやりたいのなら。

  中途半端は認めぬ。全力で、誠心誠意やりきってほしい。

  それがワラワの思いじゃ」


    聞き手が顔を逸らし、琴奈の位置が変わるため、①から⑧。


⑧「……まだ、決心がつかぬか?」


    聞き手は悩む感じで沈黙。


⑧「(溜息)はぁ……まったく。仕方ないのぉ」


   (SE:琴奈が再度抱き締める音)

   (SE:琴奈が聞き手の背中をポンポンと数回叩く音)

    再度、聞き手の左側に琴奈の顔が来るため、⑧から③。


③「お主は、ワラワのことをどう思っておる?

  ……信用できぬか?」


   (SE:聞き手が首を左右に振る感じの音・衣擦れ音など)


③「そうか。お主に信用されるのは素直に嬉しいの。

  では、お主が信用しておるワラワの言葉を信じてはくれぬか?

  まだできないことも、不安なこともあるじゃろう。

  でもお主なら大丈夫じゃ」


   (バックSE:琴奈が聞き手の背中をポンポンと叩く音)※開始


③「大丈夫。大丈夫。お主ならできる。

  もし失敗しても、お主なら乗り越えられる。

  傍で見てきたワラワがそれを保証する。


   (バックSE:琴奈が聞き手の背中をポンポンと叩く音)※終了

   (SE:琴奈が聞き手の左耳に顔を近付ける音・衣擦れ音など)


③「(至近距離)だから、頑張れ♪

  ワラワは世界中の誰よりも、お主のことを応援しておる」


   (バックSE:琴奈が聞き手の背中を摩る音)※開始


③「(至近距離)それに辛い時はワラワの下に来ればよいのじゃ。

  いつでもお主のことを慰めてやるからの」


    聞き手と琴奈がしばらく沈黙する。


③「ふふっ。もう大丈夫そうじゃな。

  では、やる気が出るように。少しおまじないをかけてやろう」


   (バックSE:琴奈が聞き手の背中を摩る音)※終了

   (SE:琴奈が聞き手から少し離れる音・衣擦れ音など)

    聞き手と向かい合うと琴奈が左右に顔を寄せるため、③、⑦。


③「(左耳にキス)チュ」


⑦「(右耳にキス)チュ」


    琴奈が聞き手の正面に戻るため、①。


①「ふふっ。鬼の巫女からの餞別じゃ。

  少しはお主の背中を押せたであろう。

  もし、これでも足りぬというのなら……

  お主がやりきった時、望みを何でも1つ申すがよい。

  ワラワにできることなら、何でも叶えてあげるのじゃ。

  だ・か・ら〜」


    聞き手と向かい合うと琴奈が左右に顔を寄せるため、③、⑦を交互に。


⑦「が・ん・ば・る、のじゃぞ」


③「応援、しておるからの♪」


   (バックSE:縁側の環境音・虫の鳴き声や鹿おどしの音、水音など)※終了



《続く》

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