第8話 機巧少女は意外と脳筋



「よう、仲人」

「よう、山口」


 教室に入ったところで、友人の山口が声を掛けてきたので適当に返事を返す。

 ちなみに俺のことを山口が下の名前で呼んでいるのに対して、俺が上の名前で呼んでいるのはお互いにその方が呼びやすいからで特に理由はない。

 元々、お互い人によって色んな呼ばれ方をされていたのもあって、出会った時からずっとこのままだ。

 今更変えるつもりはないし、そもそも山口の下の名前を覚えてない。

 上の名前ばっか呼んでる友達の下の名前忘れがちだよな。


「おはよう!機本さん」

「おはようございます。真鍋さん。今日は一段と機嫌が良いみたいですね?何かありましたか?」


 そんなことを考えていると、舞姫も声を掛けられていた。

 昨日、テニスでペアを組んでいた真鍋さんだ。

 わたあめみたいなふわふわとした茶髪が特徴的な小柄の少女で、人懐っこい性格をしている。

 トテトテと色んな人の後を付いて行く姿から『ポメ』と渾名を付けられており、親しまれている。


「うん、そうなの!聞いて聞いて。実は『米津玄米』のライブ抽選が当たったの!凄くない!?」

「今調べたところ倍率が今回は二十一・一五七八倍とかなりの高倍率だったようですね。この中から選ばれたという事実は賞賛に値します。凄いです」

「でしょでしょ!今後は私のことを超ラッキーガールと呼んでくれたまえよ」

「分かりました。今後はそう呼ばせていただきます。超ラッキーガールさん」

「うえっ。ちょっと間に受けないでよ機本さん!冗談だよ冗談!本当にそう呼ばれるのは流石に恥ずかしいよ」

「そうですか。では、超ラッキーガールさんから真鍋さんに戻しておきますね」


 そんな真鍋さんだが、舞姫とは昨日まで接点はほぼ無かったので分からなかったが意外と相性は良さそうだ。

 感情の乏しい舞姫と逆に豊かな真鍋さんの二人は良い感じに釣り合いが取れている。

 心の赴くままにコロコロと表情を変える真鍋さんと仲良くなれば、舞姫に良い影響があるかもしれない。

 出来れば、これからも積極的に交流して欲しいところだ。


「仲人ってたまにキモい目で機本さんのこと見るよな」


 二人のやり取りを眺めている俺を見て、山口がひいた顔をする。


「キモくねぇよ!我が子を見守るような温かい目だ。断じて変なものじゃねぇからな!」


 エロい目で見ていたなら仕方ないと割り切れるが、それ以外でこんな反応を取られるのは心外である──……そんなキモい目をしてるのか俺?

 ガラス窓に反射する自分を見て、一抹の不安を覚えたところで始業のチャイムが鳴った。


 


 数学、英語、古文、応用数学の面倒な四つの授業を乗り越え、ようやく迎えた昼休み。

 とりあえず、俺はジュースを買おうと席を立ち上がると舞姫が近づいてきて


「付いていきます」


 と、何の脈絡もなくそう言ってきた。

 まだ財布も取り出してねぇのに気が早過ぎんだろ。


「どこに行くかまだ行ってないんだが?もし、トイレに行くつもりだったらどうするんだよ」


 俺は呆れの籠った視線を舞姫に投げ嗜める。


「大丈夫です。今まで集めた仲人の行動パターンに基づいての行動です。仲人がそれ以外の行動をとることは九十九・九パーセントあり得ません」

「さいですか」


 だが、これは舞姫なりに絶対の確信を持った上での行動らしい。

 ここまで完全に把握されていることに若干薄ら寒いものを一瞬感じる。

 だが、舞姫との付き合い十年以上もあることを思い出した。

 それだけの膨大な時間があればこれくらい予測は誰にだって出来るはず。

 そう思い直した俺は、鞄から財布を取り出し舞姫を連れて教室を出た。

 教室の外は昼休みということもあり、人が多く多少混んでいる。

 俺達は人波に身を任せながら、食堂近くの自販機に辿り着く。

 百円玉を俺が自販機に入れたところで、「あら?機本さんと金魚のフンじゃない。ご機嫌よう」と嫌な声が聞こえてきた。


(うげっ、面倒な奴に絡まれちまったな)


 心の中でそう愚痴りながら、後ろへ視線を回すとそこには金髪縦ロールを装備した美少女がいた。

 彼女の名前は、財前ざいぜん麻里亜まりあ

 切れ長の瞳とモデルのようにスレンダーで均衡の取れたプロポーションをしている財閥のご令嬢。

 令嬢らしく性格の方は高飛車で負けず嫌い。

 俺達の一つ上の先輩で、舞姫が来るまで学校一の美少女の座に着いていた。

 だが、舞姫が入学したことでその座から引き摺り下ろされたことをきっかけに、俺達は目の仇にされている。

 何で俺もされているのかって?

 別に俺から悪口とか、不機嫌にさせるようなことをしたわけではない。

 もちろん、完全なとばっちりである。

 そんなわけで、舞姫と麻里亜先輩の仲は険悪だ。

 相手が歩み寄るつもりはなく、出会い頭からグーバンを放ってくるのだから当然だろう。


「ご機嫌よう、財前先輩。早速ですが、仲人のことを金魚のフン呼ばわりは止めてください。至急訂正を求めます」

「ふんっ。事実でしょう。貴方の後ろについて回って目障りですわ」

「それは誤った認識です。仲人が私について来ているのではなく、私の方が望んで仲人について来ているのです」

「あら、そうですの?でしたら悪趣味ですこと。貴方のような女性にそんな野暮ったい男は不釣り合いですわ。波打ち際に打ち上げられた死んだ魚のような目。本当気持ちが悪い」

「黙りなさい。これ以上仲人を侮辱するなら許しません」

「あらあら、嫌ですわ〜。私は別に事実を言っているだけでしてよ。侮辱などしていませんわ。あぁ、そういえば昔そこの金魚のフンは傷害事件を起こしたことがあるようですね。本当野蛮で穢らわしい。何故そんな男がこの神聖な学び舎にいるのか甚だ理解出来ません」


 どうやら、今日のターゲットは舞姫ではなく俺らしい。

 おそらく、舞姫をいくら罵倒しても効いた様子がなく無意味だと気付いたらしく、作戦を変えてきたようだ。

 効果は覿面てきめん

 いつも罵倒されても無視する舞姫が珍しく噛み付いた。

 ようやく予想通りの反応が見れたのが嬉しいのか、麻里亜先輩はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。

 それを見た舞姫の目が微かに細まったかと思うと、次の瞬間ドガンッと鈍い音が響いた。


「へ?」


 麻里亜先輩は素っ頓狂な声を上げ、視線を横にずらすとそこには凹んだ自販機の姿が。


「黙れと言っている。警告が聞こえていなかったのですか?これ以上仲人のことを悪く言うなら実力を行使します」

『黙りやがれ!これ以上舞姫のことを馬鹿にするならお前ら全員ぶん殴るぞ!』


 過去一冷めた声でそう言い放つ舞姫に固まる周囲の一同。

 そんな中、俺は額に手を当て天を仰いだ。


(やっちまったーー!)

 

 

 

 

 

あとがき

 次回昔話の予定です。

 新作をもう一本始めたので更新時間がズレます。すいません。基本夕方更新にしようと思いますのでよろしくお願いします。


 


 

 

 


 

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