第5話 機巧少女は料理が上手い


「だぁしゃおら!ようやく倒せたぜ。このクソモンス。タイム制限短過ぎんだよ」


 ゲームを始めて一時間と少し。

 長い間繰り広げられた死闘にようやく終止符を打つことが出来た俺は、スマホをソファに放り投げる。

 本当に疲れた。

 始めた当初はデイリーミッションをするだけだと決めていたのだが、たまたま一時間限定で出てくるモンスターが近くにいたのが運の尽き。

 ゲリラモンスターの中でも最も難しいとされる『イージャン』と俺は激しい戦いを繰り広げることとなったのだ。

 急遽出てきたこともあって装備が不十分なことに加え、ほとんど戦ったことがなかったせいで行動が全く分からず時間ギリギリまだ使ったことで何とか辛勝することが出来たのである。


(もう二度とやりたくねぇ)


 俺は疲れた右手で目を覆い、ソファに深く身体を沈めた。


「お疲れ様です、仲人」


 すると、横で激闘を眺めていた舞姫が労いの言葉を掛けてきた。

 まぁ、といっても声色は淡々としており無表情なため一見労っているようには思えないが。

 長年一緒にいる俺には彼女がちゃんとこちらのことを考えていっているのが分かる。


「あぁ、舞姫。ありがとう」


 俺はそれに空いている方の手で応える。


「最後の回避は見てからではなく完全な予測でしたのはお見事です。私には考えつきませんでした」

「時間がないから一か八かで動いただけだ。上手く噛み合ったおかげだな」

「なるほど。中々興味深いものが見れました。ありがとうございます。では、三分五秒後に夕食の準備をしなければならないので私はここを離れますね。夕食が出来るまで仲人はそこで溜まった疲労を少しでも癒してください」


 舞姫は称賛の言葉の後、最後にそう言ってキッチンの方へ行ってしまった。

 お言葉に甘えて俺は暫くその場でだらけていると、トントントントンと小気味の良い音が聞こえてくる。

 俺は覆っていた手を外し、音のした方を向けばプロも顔負けの速度で野菜を切る舞姫がいた。

 彼女の装いは先程と変わっており、料理をするため長い銀色の髪を後ろで一つにまとめ、制服の上からエプロンを付けている。

 これだけ聞けば、美少女が華麗に料理を作っている素晴らしい光景のように思えるだろう。

 しかし、それは間違いだ。

 何故なら、舞姫の付けているエプロンの真ん中に犬か馬か鹿か分からない謎の生命体が刺繍されているせいで一気に残念に見えてしまう。


(いつまで付けるんだよそれ。マジ恥ずい)


 それを見た俺は羞恥が全身を駆け巡り、もう一度目を覆う。


『これ、やるよ』

『これはエプロン?後、真ん中に刺繍されている生き物は何でしょう?私が持つ膨大なデータの中にもこの生き物の情報はないのですが』


 あのエプロンは俺が舞姫に昔手作りしてプレゼントしたものだ。

 彼女が初めて料理をした時に、効率を重視するあまり自分の服を汚れるのを厭わずに調理し続けた。

 幼いながらに血と野菜のエキスでカラフルに染められた服を見て、それは流石に不味いだろうと思った俺は母親にエプロンの作り方を教わって作ったのである。

 その際に無地のものを渡すのは味気ないと母親に言われ、刺繍したのがあの謎生物。

 一応、当時は犬を刺繍したつもりで会心の出来だと思っていたが時間がたった今は恥ずかしくして仕方がない。

 本当自分の美的センスに心底うんざりする。

 普通の女の子ならばそんなもの受け取っても使わないだろうが、生憎機巧少女である舞姫に羞恥心というものがない。

 だから、彼女は俺からエプロンを受け取ったその日から、ボディのサイズが変わる毎に調整し、現在に至るまで使い続けている。

 それまで何度か恥ずかしいから止めてくれと言ってみたのだが、『これは仲人が私に初めてくれた手作りのプレゼントです。ボロボロになって使えなくなるその日まで私は使い続けます』と毎回断れている。

 なので、もう半ば諦めているが恥ずかしいものは恥ずかしい。

 俺は彼女が料理を作り終えるまで、テレビのニュース番組を見続けるのだった。


「仲人。出来ましたよ」

「おう」


 ニュース番組が終わり、バラエティ番組に変わった頃。

 料理が出来たことを知らされた俺は、ソファから立ち上がりテーブルに向かう。

 その際、舞姫の方をチラッと見るとまだエプロンを付けていたので、サッと目を逸らす。

 とりあえず箸や取り皿、お茶などを用意し席に着く。

 少しして、メインの料理を持った舞姫が反対側に着いた。


「おっ、美味そうだな」


 テーブルの上に置かれた料理を見て思わず感想を溢す。

 今日のメインはトンカツ。

 しかし、ただのトンカツではなく食べやすいように切られており、その断面には豚肉だけではなく味噌が挟まっている所謂味噌カツというやつだ。

 

「仲人が少し前に食べたいと言ってましたので作らせてもらいました」

「本当料理作るの上手くなったよな、舞姫」

 

 店に出しても遜色ないレベルの料理を見て俺は思わず感慨深い声が溢れる。

 先程、舞姫が初めて料理を作った話を語ったが、実は酷かったのは調理方法ではなくその他も酷かった。

 SFアニメに出てくるような変な色のペースト状の何かを出されたのである。

 当時の彼女曰く、『人間に必要な栄養素を全て含んだ最高の料理』だそうだ。


『おえっ、まずっ』


 しかし、栄養の方は完璧だったが味の方は最悪。

 不味くて食えたものではなかった。

 料理を食べたウチの家族と舞姫の両親の全員が顔を真っ青に染めていたのは未だ記憶に褪せない。

 何とか全て食べ終えた後、両家総出で料理とは何たらかを説いたっけ。

 あの頃を知っている身からすれば、感慨深くもなる。


「良い参考を見つけたので」

「そうか。なら、味の方も期待させてもらうぜ。いただきます。うまっ!」


 舞姫が皿を置いてすぐ、俺は箸を手に取り味噌カツを食べこんなに美味いものが食える喜びを噛み締める。

 それを見ていた舞姫の目尻が僅かに下がったような気がした。


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