第4話 機巧少女は観察したい
「ただいま〜」
「お邪魔します」
買い物を終えた俺と舞姫は揃って我が家に帰宅。
靴を脱いで玄関を上がると、今日買った食材を冷蔵庫にぶち込んだ。
そして、手を洗いうがいを済ませると俺はリビングのソファに身体を預ける。
いつものようにポッケからスマホを取り出し、弄っていると手洗いを済ませた舞姫が頭を肩に乗せ画面を覗きこんできた。
「……何だよ?」
若干の動きにくさと舞姫の甘い匂いに心が乱されたのを感じた俺は、鬱陶しそうな声を上げ遠回しに不満を訴える。
「仲人が何をしていのか気になったので、スマホの画面を見ています」
しかし、人間の機微に疎い舞姫が言葉の裏に潜んだ意味に気づくことは無く、変わらず画面を見続ける。
「別にお前なら遠くからでもハッキングして見えるんだろ?わざわざこんなことをしなくても良いじゃんか。後ゲームしにくいから離れろ」
「七年前に『退屈なら俺の横でゲームしてるところ見とけよ』と言ったのは仲人です。以降、私は手隙の時間に仲人がゲームをしていたら見ることが行動パターンとして組み込まれています。人間らしく言うと、既に習慣化していますので今から変えることはほぼ不可能です。私のことは気にせずどうぞ仲人の好きなようにゲームを堪能してください」
なので、今度はストレートに言葉をぶつけてみたがこれも作戦失敗。
たしかに、我が家で暇そうに佇んでいる舞姫を誘ったのは昔の俺だ。
その日を境にゲームをする時、舞姫が俺の近くでそれを眺めるのは当たり前となっている。
別に俺も隣に座るくらいなら気にはしない。
なら何故こんなことを今更言っているのかというと、いつもより舞姫が近くにいるからだ。
ここまでの密着状態は過去に殆ど無かった。
あっても舞姫が節電のためスリープモードになった時か俺があまりの眠さに船を漕いでいる時だけ。
なので、平常時にここまで接近されるのは想定外。
「はぁ、しょうがねぇな。俺の肩が顎に当たっても文句言うなよ」
しかし、舞姫の言う通りシチュエーション自体は普段と変わらないことは間違いない。
極力意識しないよう心掛けつつ、俺は日課のデイリーミッションを消化していくことにした。
「ありがとうございます。仲人」
画面に視線を戻したところで、舞姫は俺の耳元でそう囁くのだった。
◇
《舞姫視点》
「よしっ!あともうちょい。4ねぇーー!うぎゃああーーめっちゃいてぇーー!」
私は今幼少の頃から仲良くしている少年がゲームをしているのを眺めています。
彼の顔は普段の気怠げそうなものではなく、瞳を爛々と輝かせ口元には笑みが刻まれていることから、心底ゲームを楽しんでいることが伺えます。
彼の方ではなく画面の方を見ると、大きな太刀を持った男と巨大な竜が戦っていました。
このゲームの名前は私の記録通りであれば『モンスターファンタジーウォーク』。
十年以上もの歴史を持つ大人気狩猟型RPGゲームのスマホゲーム版です。
彼曰く、『巨大なモンスターを創意工夫をして倒すのがスリルとかあってハラハラして楽しい』とのことですが、正直に申し上げまして私には何が楽しいのか一切理解できません。
何故なら、私から見てモンスターの行動パターンは単調でよく観察していれば攻撃を回避することは容易く酷く簡単なゲームのように思えるからです。
だから、彼がこのゲームに求めている楽しさを私は分からない。
それでも、私が彼がゲームをしているところを眺めているのは先程申し上げましたように、習慣であり彼を観察することの出来る貴重な時間だからです。
父と母によって彼らの娘そっくりに作られた機巧少女である私には心というものがありません。
それは当然です。
私は人間ではなく機械でAIだから、そもそもそんなものが備わっているはずがありません。
ですが、父と母は私に心を求めました。
彼らの娘と同じように笑ったり、泣いたりすることを。
だから、私は近くに住んでいる子供達を観察の対象にしました。
心を学ぶために。
ですが、それは最初上手くは行きませんでした。
当時の私は人間というものを全く理解できていなかったから。
人のパーソナルスペースなどお構いなしに、詰め寄りあれやこれやと子供にとっては難解な言葉で問い詰めていました。
そのため、幼い子供達には私は酷く不気味で恐ろしい存在に思ったのでしょう。
子供達はすぐに私のことを敬遠するようになりました。
ですが、そんな中たった一人だけ私の側にいてくれる子がいました。
『お前面白いな。俺の名前は仲人よろしく。お前は?』
そう。仲人です。
彼が彼だけは私のことを恐れず、普通に接してくれたのです。
助かりました。
仲人と交流をすることで私は人間という生き物を。
人間の心を少しだけ理解することが出来たのです。
ですが、少しだけは足りません。
私は人間の心というものをもっと深く知る必要がある。
父と母が求める理想の娘になるために。
だから、今日も私は彼を観察するのです。
彼の笑うところを。怒るところを。喜ぶところを。
つぶさに何一つ見落とさぬよう。
それが私の仕事であり、義務であり、使命でもありますから。
ですが、少し前から別の理由もあります。
そうですね。
人間らしく言うのであれば──
──私は仲人が楽しそうにしているところを見るのを好ましく思っています。
これが正しいものなのかは分かりませんが。
少なくとも私はそう判断しています。
「っ!?急に首を絞めてくんなよ舞姫。びっくりするだろ」
「すいません。どうやら、身体のコントロールに不備があったようです」
「おいおい、体調が悪いのか。なら、家帰っておじさん達に見てもらえよ」
「いえ、バグの方はすぐに修正したので問題ありません」
「そうなのか?まぁ、なら良いけど。って、あっ!?乙ってるーーーーーー!せっかく最速記録叩き出せそうだったのにーーーーー!!」
「本当に申し訳ありません、仲人。お詫びに私がそのモンスターを倒します」
「嫌だ。お前にやらせるとほぼチートみたいなタイム叩き出すから。運営にBANされかねんわ。大人しく見てろ」
「はい。分かりました」
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