第2話 機巧少女は汗をかかない
「ダハハハッ!ありゃ、思い出すだけで傑作だったぜ。仲人。お前のあのリンゴみたいな真っ赤な顔。ケヒヒッ、思い出すだけでも笑えるぜ」
ケタケタと笑いながら、一時間前のことを掘り返し爆笑する山口。
「うっせぇ。マジでその話二度とすんな。じゃねぇと今すぐ瀬戸内海に沈めるぞ」
「ひゃい」
これが、一度や二度目なら羞恥の方が勝って何も言い返せなかった。が、三度目の今は羞恥よりも怒りの方が勝る。
俺は山口の頭を本気で掴み、二度と喋らないように脅す。山口は頭からミシミシという音が聞こえ、流石にこれ以上は不味いと分かったようで素直に返事をした。
「はぁ、さっさと着替えてグラウンド行くぞ」
「ういっす」
馬鹿野郎から手を離し、俺はネクタイを解く。こんな馬鹿なやっている時間なんて本当はないのだ。
この一〇分休憩の間に、体操服に着替え校舎から離れた砂のグラウンドに集合しなければならない。
それにかかる時間は約七分。さらに、女子が教室から出て行く時間を入れると、すぐに着替え始めなければ遅刻してしまう。
「山口、今日って試合だっけ?」
「試合だったはず。前回先生が『次も試合するから遅れるなよ」って言ってたし」
「なら、楽だな。今日も一塁でミット構えとくだけだ」
「そう言えるのは仲人だけだぞ。普通は野球部の豪速球あんな涼しげに取れねぇって」
「fpsゲームしてたら、お前も出来るようになるぞ」
そう言ったところで、着替えが終わり山口を置いて先に教室を出た。
◇
「いつも通り動かなくていいはずなのに、何で俺こんな汗かいてんだよ」
いつまで経っても、一回の表から動かない得点板を眺めがら呟いた。視線をグラウンドに向けると、死んだ顔をしているチームメンバー達。それとは対照に二塁、三塁で「うぇい、うぇい」と盛り上がっている野球部の禿達。
この状況から、分かってもらえるだろうが今俺のチームはボコボコにされている。
理由は簡単だ。こちらのチームに野球部が一人もおらず、さらに運動が苦手な奴が多いから。この二つが揃ってしまったせいで、現在それはそれは酷いワンサイドゲームになっているのだ。
いい加減こちらのライフポイントがゼロなにも関わらず、延々と追撃をしてくる狂戦士達を早く誰か止めて欲しい。
「仲人!!」
そんなしょうもないこと考えていると、急に山口に大声で名前を呼ばれ急いでそちらを向くと、ボールがすぐそこまで近づいてきていた。
「やっべ!」
慌ててグローブを構えるが、間に合わずボールは横を通り過ぎてしまう。俺はボールを急いで追いかける。が、距離がかなり遠くボールを拾い投げようとした時には、全員がホームベースに帰っていて手遅れだった。
「わりぃーーー」
大声で謝罪しながらボールを投げる。
「気にすんな」
「しゃーない。しゃーない」
通常の試合なら確実に戦犯と叩かれるところだが、あまりにもボコボコにされているせいかチームメンバー達は温かく励ましてくれる。
大量の汗を体操服の袖で拭うと、俺は走って一塁ベースへ戻る。
スパンッ!
その最中、小気味良いテニスボールをスマッシュした音が聞こえ、視線を向けるとそこには長い髪をポニーテールに纏めた舞姫がいた。
「すごーい機本さん。私、立ってるだけで勝っちゃったよ」
「そんなことはありません。
「そうかな〜。ありがとう。機本さん」
「?どういたしまして」
ペアの女子真鍋さんからお礼を言われ抱きつかれる舞姫。
しかし、当の本人は何でお礼を言われたのか分からず、疑問符を頭に浮かべている。
「機本さんって良い匂いがするね。私と違って汗臭くない。……ていうか、あれ?あれだけ激しく動いてたのに全然汗かいてないじゃん」
抱きついた真鍋さんは、舞姫がこの炎天下の中動き回って汗を全くかいていないことに驚く。
──ようやく気がついたのかよ。今まで何回も一緒に体育をしてたのに。
俺は、今まで気付いていなかったという真鍋さんに呆れた。
舞姫が汗をかかないのは、彼女の身体が常に一定に保たれるようになっているから。そのため、運動をしても体内の温度は変わらないし、肌も常にすべすべのままだ。
だから、舞姫は冬でも平気で半袖の服を着るし、夏でも暑いコートを着たとしても全く問題ない。
まぁ、流石にそれは目立つので舞姫の親が季節にあった服を着るようにさせているが。
そんなわけで、舞姫は汗をかかない。
「汗をあまりかかない体質ですので。この程度なら汗をかくことはありません」
「なんて羨ましい体質。私汗っかきだから夏は立ってるだけでもたくさん汗をかいちゃうよ。タオルがないと大変で……って!言ってるくせに、タオル忘れちゃたー」
「では、嫌でなければ私のタオルを貸しましょうか?使わなくても問題ないので」
「本当!ありがとう。機本さん大好き、愛してる!」
「すいません。私には……………………ので申し訳有りませんがお断りいたします」
「そっかー。振られちゃったかーざんねーん」
そうは言うが、全然残念そうな顔もせず舞姫から離れる真鍋さん。流石にそれで冗談で言われたと、舞姫も分かったのだろう。二人は仲良く並んでコートを出て行く。
俺はそこで、視線を前に戻し自分のポジションに戻るのだった。
◇
「プハッー。結局ボコされたなぁー」
「マジでそれな。二十対ゼロって先生も途中で止めろよな」
授業が終わる数分前、大量に汗を流した俺と山口は失った水分を補給するべく水道で水を飲んでいた。
三十度越えしている気温のせいか、若干温いがそれでも体に十分染み渡る。
「もう二度とやりたくねぇわ」
「マジでそれな。次あれでやるってなったら俺速攻保健室に逃げ込むわ」
「はぁ?ズル。そん時は俺も連れてけよ」
「二人も同時に行ったらバレるだろ」
「うっせえ!連れてけ!」
山口はそう言って、俺の方に蛇口を向け指を使って勢いを上げ掛けてきた。
「うぉっ!?お前水かけんなよ!」
突然の攻撃に反応できず、俺は全身をずぶ濡れになる。
「ハッハッハー!喰らえ喰らえ」
「そっちがその気なら、こっちもやってやる!」
「うげぇ!」
やられっぱなしは癪なので、山口の顔目がけ水を飛ばす。
「どっちが降参するか勝負だ、仲人!」
「やってやろうじゃねぇか!」
そうして、俺達は互いに水を掛け合いじゃれ合う。かれこれ二分ぐらいやっていると、遂に体育の先生に見つかった。
「こら!お前達水道で遊ぶな」
「やっべ!仲人。逃げるぞ!」
「おう…って早!?待てよ!」
水道の水を止め、追いかけようとするもその時には既に山口の姿は既に遥か遠く。
山口の逃げ脚の速さに俺は舌を巻きながら後を追う。
「仲人どうしたんですか?そんなにびしょ濡れで」
更衣室の近くまで来たところで、着替え終えた舞姫に声を掛けられた。
「山口と水道で水を飲んでたら、なんか水の掛け合いになってさ。この様だ」
「そうですか。では、これを使ってください」
そう言うと、舞姫は一枚のタオルを俺に手渡した。
「これ、真鍋さんに貸したやつじゃないのか?」
タオルを使わせてもらうのは有り難いが、流石に人が使ったタオルを使いたくない。しかも、女子が使った後のものを使うとか変態が過ぎる。
「違いますよ。彼女には私用のタオルを貸しました。これは、仲人用です」
「何で、俺の用があるんだよ」
「仲人はよく忘れ物をしますから。万が一に備えて新品のタオルを常に常備していました」
「お前が用意する必要ないだろう。でも、サンキューな。これタオル一枚じゃ足りなかったから助かった」
「どうたいしまして。それより、早く戻った方がいいですよ。もうすぐ、女子の皆さんが着替え終わってそちらの教室に向かってしまいますから」
「そうだな。じゃあ、またな」
「はい、また」
手を振り、舞姫と別れ貸りたタオルで頭を拭きながら教室に戻る。
その際、新品と言っていたはずのタオルからは何故が舞姫の爽やかで甘い匂いがした。
あとがき
分からない人用に軽い解説。
舞姫は普段使いのタオルと新品のタオルを一つずつ持ってきています。
ですが、仲人に渡したのが新品というのは嘘で普段使いのものです。
理由は独占欲とか、私物を使わせるほど友人に心を許してないとかそんな感じです。
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