第1話 機巧少女の手は冷たい
SHRが終わった後の一限目。
本日の授業は数学で確率を習っている。
「一個のサイコロを投げる時、次の確率を求めよ。今日はとりあえず、六の約数の目が出る確率を出してくれ。制限時間は一分で始め」
俺は先生から問題が出された瞬間ノートに、計算式を書き込み問題を解く。
昨日の復習問題だったため簡単に解くことが出来たが、俺は敢えて悩んでいるフリをする。
何故なら、顔を上げて先生と顔が合うと発表させれる可能性があるから。
正解すれば問題ないが、万が一間違えれば大勢の前で恥をかかされるので出来ればやりたくないのである。
そういうわけで、視線が合わないよう俺は適当に落書きを書きながら時間を潰した。
「はい、終了。じゃあ、
(ッチ。クソ、せっかく当たらないようにしたってのに結局当てられんのかよ)
が、そんな俺の思惑とは裏腹に無慈悲にも俺の名前を呼ばれてしまった。
内心で先生に対して、毒を吐きつつ俺は渋々と立ち上がる。
「答えは三分の二です」
「正解。流石だな。座っていいぞ」
「うぃっす」
正解という言葉を聞いて、すぐ俺は席に座る。
(はぁ、これでもう今日は当たらなくて済む)
経験上この先生は同じ生徒一回の授業で当てるようなことはしない。
発表は面倒くさかったが、簡単な問題の時に当たっただけマシだったと言えるだろう。
これ以上、真面目に問題を解かなくても良くなったので、俺はシャーペンを片手で回しながら窓の外を眺める。
窓の外では何処かのクラスが、夏の暑い日差しの下人工芝のグラウンドでサッカーをしていた。 俺達一年生は現在ソフトボールをやっているので、二年生か三年生のどちらかだろう。
(夏の人工芝でサッカーとか死ぬぞ)
昔サッカーを習っていたから分かるが、人工芝には黒い小さなチップがあるのだ。
それが熱を吸収して砂の地面と比べてかなり熱くなる。
砂のグラウンドでソフトボールが出来て良かったと思うと共に、来年か再来年はあそこでやらなければならないのかと若干億劫な気持ちになった。
窓の外から目を離し、黒板に向き直る。
すると、何問か問題が進んでおり、それをゆっくりとノートに書いていく。
(なんか見覚えあるなこの問題。……あぁ、舞姫に少し前教えてもらったやつか)
その最中に、何問か見慣れた問題があった。
と言っても、別に俺は家に帰ったら予習するような人間ではない。
ただ、舞姫からたまに何の前触れもなく「勉強を教えます」と言われ、彼女お手製の問題集を解かされることがあるだけだ。
内容として出るのは公式を使えば出来るものと簡単な応用。
だから、教えながらやれば十分そこらで終わるため俺は何も言わず解いている。
そのおかげで、数学と理科は中学生の頃から得意科目になった。
まぁ、完全記憶が出来て、完璧に計算が出来る舞姫には遠く及ばないが。クラス順位は上から数えた方が早い。
「 Bさんに子供が二人いて、日曜日生まれの男の子がいるらしい。では子供の両方が男である確率を機本答えてくれ」
今度先生は問題を解く時間を与えず、舞姫を当てた。おそらく、黒板の前に立たせて解かせるつもりなのだろう。
確かに、普通の人ならばそうだろう。
こんな複雑な問題を書き出さずに暗算で解けない。
だが、先程説明したが舞姫には必要ない。
「はい、分かりました。二十七分の十三です」
「……正解だ。座っていいぞ」
「はい」
ほらな。俺の問題よりも幾分か複雑になろうとも、機巧人形である彼女の前ではこの程度の差など無いに等しいのだ。
俺なんかが勝てるはずもない。
その代わり、今のように言葉の意図が汲み取るのが苦手なため、現代文や古文、英語では俺の方が軍配が上がっている。
(まあ、総合点勝負したら絶対負けるんだけど)
俺も完全記憶能力が欲しい。
そしたら、面倒な単語を覚えたりするのが楽になるのに。
なんて、無い物ねだりなことを考えながら黒板に書かれた式を写していく。
その手は、いつもよりも書き写すのに少し時間がかかった。
◇
「……あちぃ」
授業が終わる二分前。クーラーが効いている教室で、俺は我慢し切れずポツリと小さく呟いた。
クーラーが効いているなら暑くないだろと思うだろうが、俺は真ん中の席ではなく窓際の席にあるのだ。
だから、夏の暑い日差しを直に受けているためクーラーとか関係なく暑い。
小学校時代は、クーラーがなく窓際の席は空いた窓から入る風を一番に受けられるので、当たり席だった記憶があるのに何故だろう?
下敷きをうちわ代わりに扇ぎながら、早く授業が終わってくれるよう願う。
が、こういう時に限って時間が過ぎていくのは遅いもので、汗が一つ。また一つと流れ落ちていく。
キンコーンカーンコーン。
「今日はこれまで、次までに出した課題を終わらせておけよ」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、先生がようやく出ていった。
その瞬間、俺はすぐに立ち上がり窓際から離れた。鞄の中に手を突っ込み、学校に行く途中で買ったスポドリを飲む。
買ってあまり時間が経っていないため、まだ冷たく喉を通っていくのが心地よい。
「ッツ!?………ゲホゲホッ」
そうしていると、突然首筋に冷たい感触が走り俺は驚いて咽せてしまう。
誰がやったのかと、視線を向けると舞姫が俺の首筋に片腕を伸ばした状態で立っていた。
「ゲホゲホッ。急に何してんだ?ゲホゲホッ。舞姫」
「すいません、仲人。仲人が暑いと先程言っていましたので、私の手で冷やすのが効果的だも思い首筋に手を当ててみました。どうです?少しは効果がありましたか?」
コテンと首を傾げる舞姫。
(あの距離で聞こえてんのかよ)
地獄耳な舞姫に対して、俺は溜息を吐く。
「はぁ、全然なってねぇよ。逆にビックリして咽せちまったじゃねぇか」
「そうですか。昔『仲人が私の手は冷たいから夏にピッタリだ』と言っていたので、効果的だと考えたのですが。成程。背後からは仲人を驚かせてしまい逆効果だったようですね」
「次からは止めろよ」
もう二度と同じようなことをするなという意味で、舞姫に注意する。
──また、注目を集めちまったじゃねぇか。
どんな男にも靡かない学年一の美少女が、冴えない男と会話している。それは、高校生達の野次馬根性を刺激してしまい、多くの生徒が俺達を見ている。山口とかに至ってはニヤニヤしてこちらを見ていた。これが嫌だから舞姫には学校では極力関わらないよう言ってたのに。
──クソ、ウゼェ。後でしばき倒してやる。
山口を後で血祭りに上げる作戦を練っていると、舞姫は俺に一歩近づいて来た。
「修正。では、正面からならばどうでしょうか?」
そう言って、舞姫は俺の頬を両手で包んだ。
「これなら何の問題もないでしょう?」
「……なっ!?」
「ヒューヒュー!」
機巧人形は人間を限りなく模して作られた人造人間。
そのため、体温も存在するがそれでも普通の人間よりも低く、ひんやりとした手が心地良い。確かに、これならば体温を下げるのに丁度いいだろう。
だが、それとは裏腹に羞恥によって俺の体は熱を帯びていく。
「?体温が上昇していますね。何が原因でしょうか」
またも、不思議そうに首を傾げる舞姫。
その姿があまりに可愛らしくて、別の意味で熱をさらに帯びていく。
「お前のせいだよ!!」
だが、それを認めることが今の俺は出来なくて。
自分の気持ちを誤魔化すように、教室に全体に響き渡る程の怒号を俺は上げるのだった。
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