第10話
天ノ川の河辺に牽牛が立つ。
その周りにはたくさんの人間に扮した鵲が立っている。
頭上には満天の星が輝いている。
そのとき、まわりに立っていた一人に変化が起きた。
人間の手だったものが、翼へと変わっていく。
それはやがて全身にまわり、身体全体が翼となった。
その一人を皮切りに、一人また一人と変化してく。
それは大きな一つの塊となり、天ノ川の向こう側まで伸びていき、橋となった。
私は牽牛の傍らに立つ。
「‥‥‥緊張しているでしょ」
「まあな」
私はいつも牽牛にしてもらうように、頭に手を置きぽんぽんと二回優しくたたいた。
身長差ゆえに、私の方が背伸びをする格好になったが、それは仕方ない。
大目にみてもらおう。
「大丈夫、かっこいいから。かんざし、きっと喜んでもらえるよ」
私はそう言うと、牽牛の頭から手を放し、左手を差し出した。
「さあ、牽牛よ。織姫の元へ」
しばらく手を重ねて、私が牽牛を導くように橋の上を歩いていく。
会話はない。
最初に人影に気が付いたのは、牽牛だった。
「織姫」
牽牛は無意識に呟いていた。
織姫がこちらに気が付くと、涙を流しながら微笑みかけてきた。
―——ああ、やっぱり美しい人だ。
私は手を放し、一歩下がる。
胸の前で両の掌を重ねて、深く頭を下げる最敬礼をする。
そのまま、今年の七夕が終わるまでそこで二人を見守り続けた。
終わるまでずっと目をそらさなかった。
涙を流す織姫の髪に挿されたかんざしが、シャランと揺れた。
ねぇ、もっちゃん。
私ね、今年の七夕見られてよかったよ。
橋渡し、ちゃんとできてよかったよ。
私にとって七夕の橋渡しは、生まれた時から大切な使命で、それが私の生きる意味だった。
だから、この日を心待ちにしていたのは、嘘じゃない。
でもね。
この日を心待ちにしていたと同時に、この日が来なければいいと思った。
私は臆病者だから。
なにかきっかけがないと何もできない。
私の恋は終わってしまったけど、悲しくはないよ。
それに、最初からわかっていたことだから。
私は、牽牛には一途であってほしいの。
そういうところにも、惚れていたんだろうから。
だから、たとえ彼がふり向いてくれたとしても、それって私の好きな牽牛じゃないと思う。
矛盾している、ってもっちゃんは怒るだろうね。
そう、私の気持ちは矛盾しているの。
その矛盾を抱えて一生を生きていくほどの度胸もなかった。
だから、決めたの。
橋渡しの代表者に選ばれたら、この恋を自分の手で終わらせよう、ってね。
願わくは、二人の恋が百年、千年、星が生まれて死んでいくまで。
永久に続きますように。
———翌日。
一羽の鵲が、河辺で死んでいた。
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