第9話

 言ってしまった、と思った。

 二人ともなにも言わないので、その場には微妙な雰囲気が流れる。

 今は牽牛の顔を見られない。

 そう思って顔をそらす。

―——ああ、惨めだ。

 私は結局たくさんの言い訳を並べて、逃げただけ。

 ただ、怖かっただけ。

 拒絶されることが。

 牽牛はいつもと同じように、優しく私の頭に手を置いた。

 一瞬びくりと体を震わせる。

「横笛、ごめんな。俺は年に一度のこの日のために生きているんだ。お前と世界を見るのも悪くないと思うよ。でも俺は、それ以上に織姫を」

「ごめん、ごめんね。うん、わかってる。困らせてごめん」

 私は牽牛の言葉を途中で遮った。

 これ以上は、聞かなくても彼がなにを言うのかわかるから。

 ずっと見てきたから。

 ずっと隣で見てきたから。

 だから、最後まで聞かなくても大丈夫。



 もっちゃんに、「馬鹿野郎」と殴られた。

「お前、自分がなにをしたのかわかっているのかっ!」

 人気のない回廊の端で叫んだもっちゃんの目は、涙でいっぱいで、真っ赤だった。

「なんで、なんでアイツなんだ。ずっと一緒だった。ずっと好きだったのに」

 もっちゃんの零れた涙が私の頬を伝った。



 俺はずっと一緒にいたのに。

 どうして君は彼を好きになったの?

 どうすれば君を手に入れられるのだろう?

 俺がもし強かったなら、無理矢理にでも横笛を牽牛から奪ってしまうのか。

 俺にもし勇気があったなら、正々堂々と横笛と向き合えたのか。


 俺がもし牽牛だったなら、横笛は俺のモノになっただろうか。


―——もっちゃん!


―——元気がないと、私もつらいよ。


―——これから先も、ずーっと一緒だよ!



「ごめん、わかってるから。掟破りの償い方は、もう決めてる。ただ一つだけ、我が儘を聞いてもらったの。だから、それだけはやりたい」

「我が儘?」

「今日の七夕を見届けさせてもらうこと」

 そう、自分が今日やるべき本来のお役目。

 七夕の橋渡しの代表者。

 それだけは、やらせてほしかったのだ。

「ねぇ、もっちゃん。もっちゃんにも、一つだけ我が儘言っていいかな?」



 でもね、横笛。

 俺にはできないよ。

 だって君が泣くのは、悲しむのは、苦しむのは、見たくない。

 君が彼を好きになる前から。


―——俺は君が好きだった。

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