第8話

 牽牛を背中に乗せて、私は空を飛んでいた。

 しばらく平行に飛び続けて、日本と呼ばれる国にある一番高い山を見つけて、降下を始めた。

 山の上に降り立つと、ぼわっと、という音と共に煙があがり、元の人間に扮した姿に戻る。

 牽牛は飛び続けてから今まで、一言もなにも発しない。

 ただ、黙って今まで見たことのない『世界』を眺めている。

 目に映るものすべてを、記憶に刻み付けるようとするように。

「ああ、すごいな」

 それぐらい、目の前に広がる景色は壮大だった。

「横笛、ありがとな。こんなすごい景色、生まれて初めてだ」

 そう言って微笑みかけてくる牽牛を見て、私もうれしくなった。

 おもむろに、西の方を指さす。

「あっちが西。牽牛のいたところだよ」

「へえー、家は全然見えないな」

「まあね」

 私はクスッと笑う。

「あっ、じゃあ、東はあっちか?」

 東は‥‥‥織姫のいる方角。

 牽牛を愛おしそうに眺めている。

 やっぱり、牽牛は、織姫のことを‥‥‥。

「なぁ、横笛。そろそろ日が暮れる。七夕の夜に間に合わなくなる。帰らない‥‥‥と‥‥‥」

 牽牛が目を見開いた。

 隣で立っていた私が、いつの間にかぼろぼろと涙を流していたからだ。

 いつからなのかは、当の本人であるはずの私にもわからない。

「よこ、ぶえ?」

 いやだ。

 いやだ。


 ずっと願っていた。

 この日が、来なければいいと。


「‥‥‥いやだ。私とずっと一緒にいよう? このまま世界を見に行こう?」

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