第5話

 牽牛が住むのは、天ノ川の河辺にある小屋だ。

 そこで毎日牛の世話をして暮らしている。

 彼と初めてあったのは、私が誤って天界からこちらに落ちてしまった時だった。

 まだろくに飛べることができなかった私を助けて、天界に連絡してくれた。

 それから、暇を見つけては牽牛に会いに行くようになった。

 私が会いに行くと、いつも笑顔で迎えてくれる。

 その笑顔を、今この時だけは私に向けられているのだと思うと、うれしかった。

 今日も牽牛は真面目に牛飼いの仕事をしていた。

 ちょうど一休みしようと思っていたようで、誰もいない河辺に二人で座り込んだ。

 吹き抜ける風は、少ししょっぱい匂いがした。

「あのね、牽牛。今年の七夕の代表者に選ばれたよ」

「そっか。じゃあ、今年はよろしくな」

 そう言って、牽牛は私の頭を優しく撫でてきた。

 もう子供じゃないんだから、といつもなら突っぱねるが、今回はすんなりと受け入れた。

 どうせ何を言っても、彼が毎回頭を撫でてくるのは変わらないのだ。

 それに、口ではなんと言ってもその行動自体はうれしいのだ。

「そうだ、横笛。ちょっと頭貸してくれ」

 そう言われてすぐに了承すると、頭にさくっと何かが挿さった。

 私が頭をさわると、なにもつけていないはずの髪に冷たい金属の感触がある。

 挿さっていたのは、女物のかんざしだった。

「どうしたの、このかんざし?」

「ああ、今年の七夕に、あいつにあげようと思って」

 『あいつ』が誰なのかは、聞かなくてもわかる。

「ほら、横笛も長い髪だからさ。横笛に似合えば、あいつにも‥‥‥って思ってさ。これ手に入れるの大変だったんだぜ。俺はこの地から出られないからさ。天帝てんいの使いに頼み込んで、良いやつ探してきてもらったんだ」

 牽牛は決して外の世界に出ることは許されない。

 それは、過去の犯した罪によるものなのかは定かではない。

 しかし、それは織姫も同じことだ。

 二人は、この狭い世界の中にしかいられない。

 それでも会うことは許されないのだ。

 こんなにも近くにいるのに。

 会えるのは、一年に一度きり。

「ねぇ、牽牛。この狭い土地から出ることも許されず、好きな人にも年に一度しか会えない。そんな生活で悲しくない? 後悔はしない?」

 私だったら。

 貴方に世界を見せてあげられる。

 牽牛は一瞬時が止まったかのように動かなくなった。

「そうだなぁ‥‥‥」

 しばらくの間、視線が空中をさまよっていた。

 ふと私のほうを見ると、すぐにフッと優しく微笑んで頭を撫でてきた。

「空はどれくらい広いのかとか、この川の先はどこに続いているのかとか、知りたいことはたくさんある。でも俺には、俺を待っていてくれる人がいる。それだけで十分なんだ」

 もちろん横笛もいるしな、と言った。

 私はぎゅっと歯を食いしばった。

 そんなの。

 自分には織姫がいれば何もいらない、ってそう言ったようなものだった。


———ああ、敵わないわ。

 

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