第23話「しゃっくりパニック!?」

 初夏の陽気に包まれた昼下がり、リリィは庭で遊んでいました。

 突然、彼女の体が小さく跳ねます。


「ひっく!」


 リリィは驚いて口を押さえました。しゃっくりが出たのです。


「ひっく! ひっく!」


 しゃっくりは続きます。リリィは少し困った顔をして家に戻りました。


「ママ、ひっく! しゃっくりが、ひっく! 止まらないよ」


 フローラは優しく微笑んで言いました。


「あら、しゃっくりね。大丈夫よ、すぐに止まるわ」


 しかし、10分経っても、20分経っても、しゃっくりは止まりません。


「ひっく! ママ、ひっく! まだ止まらないよ……」


 リリィの声には不安が混じり始めていました。


「そうね……。水を飲んでみましょう」


 フローラはコップに水を注ぎ、リリィに渡しました。

 リリィは一気に水を飲み干します。


「どう? 止まった?」


「ひっく! ううん、ひっく! まだだよ」


 フローラは眉をひそめました。


「じゃあ、息を止めてみましょう。10秒数えるのよ」


 リリィは大きく息を吸い、頬を膨らませました。しかし……。


「ひっく! ひっく!」


 10秒経たずにしゃっくりが出てしまいます。


「ごめんね、ママ。ひっく! できなかった」


 そこへテラが帰ってきました。


「ただいま……おや? リリィ、どうしたんだ?」


「パパ、ひっく! しゃっくりが、ひっく! 止まらないの」


 テラは少し心配そうな顔をしました。


「そうか。随分長いんだな。どれくらい続いてる?」


「もう1時間近くよ」


 フローラが答えます。テラは眉をひそめました。


「1時間も? それは少し長すぎるな……」


 その時、隣に住むおばあちゃんのローズが訪ねてきました。


「あら、リリィちゃん。どうしたの?」


「ローズおばあちゃん、ひっく! しゃっくりが、ひっく! 止まらないの」


 ローズは驚いた顔をしました。


「まあ! それは大変だわ。このまましゃっくりが止まらないと死んじゃうのよ」


 リリィの目が大きく見開きました。


「え? ひっく! 死んじゃうの!?」


「ローズさん、そんなこと言わないでください」


 フローラが慌てて制しますが、リリィはすっかり怯えてしまいました。


「ひっく! 嫌だよ、ひっく! あたし死にたくない!」


 リリィの目から涙がこぼれ始めます。

 テラが優しく抱きしめました。


「大丈夫だ、リリィ。人はしゃっくりで死んだりしないよ。ローズおばあちゃんはただ冗談を言っただけさ」


 しかし、リリィの不安は消えません。


「でも、ひっく! もし本当に、ひっく! 止まらなかったら……」


 フローラはリリィの手を取りました。


「リリィ、落ち着いて。ゆっくり深呼吸してみましょう」


 リリィは言われた通りに深呼吸を始めます。しかし、しゃっくりは依然として続きます。


「ねえ、ひっく! みんな。ひっく! やっぱりあたしこのまま死んじゃうの?」


 リリィの声は震えています。

 両親は互いに顔を見合わせ、どうすればいいか考え込みます。


 そのとき、庭から元気な声が聞こえてきました。


「リリィー! 遊びに来たよー!」


 エマがやってきたのです。

 エマは元気よく家に入ってきましたが、リリィの様子を見て驚きました。


「リリィ、どうしたの? なんで泣いてるの?」


「エマ、ひっく! 大変なの。ひっく! しゃっくりが止まらなくて……」


 リリィは涙ながらに説明します。エマは真剣な顔で聞いていました。


「そっか……。でも大丈夫だよ! 私、しゃっくりを止める魔法の言葉知ってるんだ!」


 リリィの目が希望に輝きます。


「本当? ひっく!」


「うん! ほら、私の後について言ってみて」


 エマはリリィの前に立ち、ゆっくりと言葉を唱え始めました。


「しゃっくりさん、しゃっくりさん、お腹の中から出ておいで」


 リリィも懸命に真似をします。


「しゃっくりさん、ひっく! しゃっくりさん、ひっく! お腹の中から、ひっく! 出ておいで」


 エマは続けます。


「もう十分遊んだでしょ? さあ、お家に帰る時間よ」


 リリィも必死に繰り返します。しかし……。


「ひっく! ひっく!」


 しゃっくりは止まりません。リリィの顔から希望の色が消えていきます。


「ごめんね、リリィ。効かなかったみたい……」


 エマも肩を落とします。

 リリィはますます不安になっていきます。


「どうしよう、ひっく! このまま、ひっく! 死んじゃうのかな……」


 テラが急に立ち上がりました。


「よし、病院に行こう。このまま様子を見ているわけにはいかない」


 フローラも同意します。


「そうね。念のため診てもらった方がいいわ」


 リリィは怯えた様子で両親を見上げます。


「病院? ひっく! 注射とか、ひっく! 痛いのはやだよ……」


 エマが励まします。


「大丈夫だよ、リリィ。私も一緒に行ってあげる!」


 リリィは少し安心したように頷きました。


 家族とエマは急いで村の唯一の診療所に向かいます。

 道中、リリィのしゃっくりは止まることなく続いていました。


 診療所に着くと、幸い待合室は空いていました。すぐに診察室に通されます。


「どうしました?」


 優しそうな女医のアイリスさんが尋ねます。


「先生、ひっく! しゃっくりが、ひっく! 止まらないんです」


 リリィが震える声で答えます。アイリスさんは優しく微笑みました。


「そう、しゃっくりね。いつから続いているの?」


「もう2時間近くです」


「あらそんなに?」


 フローラが答えます。

 アイリスさんは少し驚いた様子でしたが、すぐに落ち着いた声で言いました。


「分かりました。じゃあ、診察してみましょうね」


 アイリスさんはリリィの体を丁寧に診察し始めました。

 聴診器を当てたり、おなかを触ったりします。


 診察が終わると、アイリスさんは穏やかな表情でリリィに語りかけました。


「リリィちゃん、大丈夫よ。命に別状はないわ」


 リリィの目に安堵の色が浮かびます。


「本当? ひっく! 死なない?」


「ええ、絶対に大丈夫。しゃっくりは誰にでもあることだし、長く続くこともあるの。でも、必ず止まるわ」


 女医さんの言葉に、部屋中に安堵の空気が広がりました。


「じゃあ、最後にもう一つ方法を試してみましょう」


 女医さんはリリィの背中を優しくさすりながら、ゆっくりと深呼吸するように指示しました。リリィは言われた通りに深呼吸を始めます。


 1分、2分、3分……。


 すると、不思議なことに、しゃっくりの間隔が徐々に開いていきます。そして……。


「あれ? 止まった?」


 リリィが驚いた声を上げました。しゃっくりが完全に止まったのです。


「やったー!」


 エマがリリィに抱き着いて喜びます。

 両親も安堵の表情を浮かべています。


「よかったね、リリィ」


 アイリスさんが優しく微笑みかけました。


「はい! ありがとうございます、先生」


 リリィは涙目になりながら、深々と頭を下げました。


 診療所を出る時、リリィは両親とエマに向かって言いました。


「みんな、ごめんね。心配かけちゃって」


「いいのよ、リリィ。大切なのは、あなたが元気になったことよ」


 フローラが優しく答えます。


「そうだよ。それに、これで一つ学んだね。何があっても、あわてずに冷静に対処することが大切だってことを」


 テラが付け加えました。


「うん! 分かったよ、パパ、ママ」


 リリィは頷きます。そして、エマの方を向きました。


「エマ、ありがとう。一緒に来てくれて嬉しかった」


「当たり前だよ! リリィは私の大切な友達だもん」


 二人は笑顔で手を繋ぎました。


 家に帰る道すがら、リリィは静かに考えていました。今日の出来事は、確かに怖かった。でも、みんなが自分のことを心配してくれて、一緒に乗り越えてくれた。その温かさを、リリィは強く感じていました。


 夕暮れの空が美しく染まり始める中、リリィたちの姿が、のどかな村の道を歩いていきました。今日の騒動は、きっと将来、笑い話になるのでしょう。そして、家族や友達の大切さを、改めて感じさせてくれる思い出になるに違いありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る