第19話「一寸の虫にも五分の魂」

 初夏の陽射しが畑を優しく包む午後、リリィは両親と共に野菜の手入れをしていました。キャベツの葉っぱをめくると、そこには青々とした小さな虫がいました。


「あ、青虫さん。ごめんね」


 リリィは慣れた手つきで青虫を摘み取り、小さなバケツに入れます。しかし、ふと手を止めて虫たちを見つめました。


「どうしたの、リリィ?」


 フローラが優しく声をかけます。


「ねえ、ママ。私たち、この虫さんたちの命を奪っていいの?」


 リリィの真剣な眼差しに、フローラは少し驚いた表情を見せました。


「そうね……。難しい質問ね」


 テラも作業の手を止め、リリィの方を向きます。


「どうして、そう思ったんだい?」


「だって、この子たちにも命があるでしょう? 私たちが食べる野菜を守るために、他の命を奪うのは……」


 リリィは言葉を詰まらせます。

「命」をめぐる前世の記憶が、彼女の心に複雑な影を落としているようでした。


 テラとフローラは顔を見合わせ、少し考えてから答えました。


「リリィ、君の気持ちはよく分かるよ」


 テラが優しく語り始めます。


「自然の中では、全ての命がつながっているんだ。植物は太陽の光を使って育ち、虫たちはその植物を食べて生きる。そして、鳥たちは虫を食べて……」


「でも、それじゃあ誰かが誰かを食べなきゃいけないってこと?」


 リリィの目に、少し悲しみの色が浮かびます。


「そうね。でも、それは残酷なことじゃないの」


 今度はフローラが答えます。


「命のバランスを保つために、自然が作り出した仕組みなのよ。私たちも、その大きな輪の中の一部なの」


「じゃあ、私たちが青虫さんを取り除くのも……」


「そう、それも自然の一部と言えるわね。でも、大切なのは感謝の気持ちを忘れないこと」


 テラが付け加えます。


「リリィ、僕たちは虫たちの命を犠牲にして野菜をいただくけれど、同時に土地を耕し、種をまき、水をやる。そうすることで、多くの生き物たちの住処も作っているんだ」


 リリィは黙って聞いていましたが、少しずつ納得がいったような表情になっていきます。


「じゃあ、私たちにできることは?」


「そうねえ」


 フローラは空を見上げながら答えました。


「命をいただくときは感謝の気持ちを持つこと。そして、できるだけ多くの生き物たちと共存できる方法を考えること。それが私たちにできることじゃないかしら」


「例えば、青虫さんたちを鳥さんたちのエサにするとか?」


 リリィの提案に、テラは嬉しそうに頷きました。


「そうだね! それはいい考えだ。畑の隅に置いておけば、鳥たちが喜んで食べてくれるだろう」


「それに、虫除けになる植物を一緒に植えるのもいいわね」


 フローラが加えます。


「マリーゴールドやニームの木なんかが効果的よ」


 リリィは目を輝かせました。


「わあ、そうなんだ! じゃあ、今度そういう植物も育ててみようよ」


「そうだね。リリィと一緒に、もっと自然に優しい農業を考えていこう」


 テラは娘の頭を優しく撫でました。



 その日から、リリィたち家族の畑には少しずつ変化が現れ始めました。虫除けの植物が野菜の間に植えられ、畑の隅には小鳥たちが集まるようになりました。


 リリィは毎日、畑の生き物たちを観察しては、新しい発見を両親に報告します。時には難しい選択を迫られることもありましたが、家族で話し合いながら、少しずつよりよい方法を見つけていきました。


 夕暮れ時、畑仕事を終えたリリィは、満足そうに空を見上げました。


(前世では気づけなかったけど、命って本当に尊いものなんだわ……自分の命も、他の人の命も大切に大切にして生きていかないと……!)


 そんな思いを胸に、リリィは両親と共に家路につきました。畑には、多くの生き物たちの営みが静かに続いていました。

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