第12話「リリィの小さな勇気」

 夏の陽射しが村の広場を優しく包み込む午後、リリィは友達のエマたちと一緒に遊んでいた。花冠を作ったり、かくれんぼをしたり、楽しい時間が流れていた。


「リリィちゃん、この花冠似合うよ!」


 エマが編んだ花冠をリリィの頭に乗せた。


「ありがとう、エマ。とってもきれい!」


 リリィが嬉しそうに微笑んだその時、広場の雰囲気が一変した。


「おい、お前ら! そこどけよ!」


 荒々しい声が響き渡る。声の主は、村で問題児として知られるトムだった。彼は2歳年上で、いつも弱い者いじめをしていた。


「ちょ、ちょっと……」


 エマが怯えた声で言う。トムは意地悪な笑みを浮かべながら近づいてきた。


「へへ、女の子たちだけで遊んでるのか? 俺たちも混ぜろよ」


 トムの後ろには、彼の取り巻き2人がニヤニヤしながら立っていた。


「や、やめて!」


 エマが必死に抵抗するが、トムは構わず花冠を奪い取ろうとする。


 その瞬間、リリィの中で何かが覚醒した。前世の記憶が、とっさに体を動かす。


「やめなさい!」


 リリィの声が、広場に響き渡った。トムは驚いて振り返る。


「なんだ、お前? 邪魔すんじゃねーよ」


 トムがリリィに向かって手を伸ばす。しかし、リリィはその動きを見越していた。


 スッ――と身をかわし、トムの腕を軽く掴む。そして、相手の力を利用して、トムをグルリと回転させた。前世で習得した合気道だ。


「うわっ!」


 トムは、自分がどうなったのか分からないまま、地面に尻餅をついていた。


「な、なんだよ……」


 トムが困惑した表情で立ち上がる。リリィは冷静な目で彼を見つめた。


「人をいじめるのは、よくないことよ」


 今のリリィの声は、驚くほど大人のように落ち着いていた。

 トムは再び攻撃しようとするが、リリィは軽々とそれをかわす。

 リリィの目から見ればトムの動きは止まっているも同然だった。


「くっ……」


 トムが悔しそうに唇を噛む。リリィは優しく、しかし毅然とした態度で言った。


「みんなで仲良く遊べばいいのに。どうして意地悪するの?」


 トムは言葉につまった。

 リリィの態度に、何か心を打たれるものがあったのだろう。


「う、うるさい! 行くぞ、お前ら!」


 トムは取り巻きを連れて、そそくさと立ち去った。


 広場に静寂が戻る。と、次の瞬間――


「すごい! リリィちゃん、かっこよかった!」


 エマが駆け寄ってきた。他の女の子たちも、驚きと喜びの表情でリリィを囲んだ。


「リリィちゃん、どうやってあんな技できたの?」


「教えて! 私たちにも!」


 質問攻めにあうリリィは、少し困ったように笑った。


「えっと、本で読んだの。でも、暴力はよくないから、本当に危ないときだけにしないとね」


 リリィの言葉に、みんなが頷いた。


「リリィちゃん、ありがとう。助けてくれて」


 エマが感謝の言葉を述べる。他の女の子たちも口々にお礼を言った。


 リリィは少し照れくさそうに微笑んだ。


(前世の知識が、こんな形で役に立つなんて……)


 しかし、リリィの心の中には複雑な思いもあった。暴力で問題を解決するのは、本当は正しくない。でも、大切な人を守るためには、時として力が必要になることもある。前世での自分はそれを間違えてしまったのだ。リリィとして生きる今はを絶対に同じ間違いを犯してはならない。


「ねえ、みんな。これからは、もっと仲良くなれるように頑張ろうよ。トムくんたちとも!」


 リリィの提案に、女の子たちは最初は驚いたが、すぐに頷いた。


「うん! リリィちゃんの言う通り!」


 エマが元気よく答えた。


 その日の夕方、家に帰ったリリィは両親に今日あったことを話した。


「リリィ、よく頑張ったわね。でも、危ないことはしないでね」


 フローラが優しく諭す。


「分かってる、ママ。でも、困ってる人がいたら、助けたくなっちゃうの」


 テラが微笑んで言った。


「そうだな。大切なのは、相手の気持ちを理解しようとすることだ。トムくんにも、何か理由があるのかもしれないしね」


 リリィは父の言葉に深く頷いた。


 その夜、ベッドに横たわりながら、リリィは今日のことを振り返っていた。


(これからも、みんなと仲良く過ごせますように)


 そんな願いを込めて、リリィは目を閉じた。窓の外では、満天の星空が輝いていた。それは、平和な未来への希望の光のようだった。

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