第10話「かけがえのない友情の確かな輝き」

 初夏の爽やかな風が吹く土曜日の朝、リリィ・ブルームフィールドの家に、賑やかな声が響いた。


「リリィちゃーん! 遊びに来たよー!」


 元気いっぱいの声の主は、リリィの親友エマ・サンシャインだった。リリィは急いで玄関に向かい、扉を開けた。


「エマ! おはよう!」


 リリィの顔には、少し緊張した表情が浮かんでいた。エマが家に遊びに来るのは、これが初めてだったのだ。


「おはよう、リリィちゃん! 今日はいっぱい遊ぼうね!」


 エマは明るい笑顔で言うと、小さなリュックを背負ったまま家の中に入ってきた。


「エマちゃん、よく来てくれたわね」


 フローラが優しく迎え入れる。


「おばさん、おじゃまします!」


 エマは礼儀正しく挨拶をした。


「さあ、二人とも、リリィの部屋で遊んでおいで」


 フローラに促され、リリィとエマは二階のリリィの部屋へと向かった。


 部屋に入ると、エマは興味深そうに辺りを見回した。


「わあ、リリィちゃんの部屋、可愛い!」


 リリィは少し照れくさそうに微笑んだ。


「ありがとう。エマは何して遊びたい?」


 エマは小さな手を叩いた。


「そうだ! おままごとしよう!」


 リリィは一瞬戸惑った表情を見せた。前世の記憶がある彼女にとって、おままごとは馴染みのない遊びだった。


「あ、うん……。でも、私、おままごとあんまり上手じゃないかも」


 エマは首を傾げた。


「えー? 大丈夫だよ。楽しければいいんだよ!」


 そう言うと、エマはリュックから小さなお人形を取り出した。


「ほら、これ私のお気に入りのお人形なの。リリィちゃんも持ってる?」


 リリィは少し考えてから、タンスの引き出しを開けた。そこには、両親が買ってくれた人形が大切にしまわれていた。


「これかな?」


 リリィが取り出した人形を見て、エマは目を輝かせた。


「わあ、可愛い! じゃあ、この子たちでおままごとしよう!」


 エマの提案に、リリィは少し戸惑いながらも頷いた。二人は床に座り、人形を並べ始めた。


「ねえ、この子はお母さん役で、こっちがお姉ちゃん役にしよう!」


 エマが楽しそうに役割を決めていく。リリィは黙って聞いていたが、どうしていいか分からない様子だった。


「リリィちゃん、どうしたの?」


 エマが心配そうに尋ねた。


「ごめんね、エマ。私、こういう遊び方がよく分からなくて……」


 リリィは少し申し訳なさそうに言った。エマは優しく微笑んだ。


「大丈夫だよ。一緒にゆっくり教えてあげる!」


 エマの優しい言葉に、リリィは少し安心した様子を見せた。


「じゃあ、まずはお母さん役の人形でご飯を作る真似をしてみよう」


 エマが示すように、リリィも人形を動かし始めた。最初は硬い動きだったが、エマの明るい声に導かれるうちに、少しずつ楽しさを感じ始めた。


「そうそう、その調子! 次は、お姉ちゃん役の人形がお手伝いするの」


 エマの指示に従って、リリィは人形を動かした。

 すると、思いがけず楽しい気持ちが湧いてきた。


「エマ、これって……楽しいね」


 リリィの言葉に、エマは嬉しそうに頷いた。


「でしょ? おままごとって、いろんな役になれて面白いんだよ」


 時間が経つにつれ、リリィはどんどんおままごとの世界に引き込まれていった。人形たちの会話を想像し、小さな物語を作り上げていく。それは、前世では経験したことのない、純粋な楽しさだった。


「ねえ、次はお人形たちでピクニックに行く設定にしよう!」


 エマの提案に、リリィは目を輝かせて頷いた。


「うん! じゃあ、この布をピクニックシートにしよう」


 リリィが自分からアイデアを出したことに、エマは嬉しそうだった。


「いいね! リリィちゃん、上手くなってきたよ」


 二人は夢中になって遊び続けた。窓から差し込む陽光が、楽しそうに笑い合う二人の姿を優しく照らしていた。


 しばらくして、フローラが部屋をノックした。


「二人とも、お昼ごはんできたわよ」


「はーい!」


 リリィとエマは元気よく返事をした。


「エマ、楽しかったね」


「うん! リリィちゃんと遊ぶの、すっごく楽しい!」


 二人は笑顔で見つめ合った。リリィは心の中で、新しい喜びを感じていた。


(こんな風に、のびのびと遊ぶって、こんなに楽しいんだ……)


 昼食を終えた後、二人は再びリリィの部屋に戻った。エマはリュックから何かを取り出した。


「ねえ、リリィちゃん。今度は、お化粧ごっこしよう!」


 リリィは少し驚いた表情を見せた。


「お化粧ごっこ?」


「そう! 私のお母さんがくれた子供用のメイクセットがあるの。リリィちゃんをきれいにしてあげる!」


 エマは自前のポーチからリップを取り出した。淡いピンク色のリップだった。


「ちょっと、目を閉じてね」


 リリィは少し緊張しながらも、言われた通りに目を閉じた。エマの小さな手が、慎重にリリィの唇にリップを塗っていく。


「はい、できた! 目を開けていいよ」


 リリィがゆっくりと目を開けると、エマが小さな手鏡を差し出した。


「わあ……」


 鏡に映った自分の姿に、リリィは驚いた。薄く色づいた唇が、いつもとは少し違う表情を作り出していた。


「可愛い! リリィちゃん、すっごく似合ってる!」


 エマの言葉に、リリィは照れくさそうに微笑んだ。


「ありがとう、エマ」


「次は、ほっぺたをピンクにしちゃおう!」


 エマは今度はチークを取り出した。そっとリリィの頬に、淡いピンク色を乗せていく。


「はい、できあがり!」


 再び鏡を覗き込んだリリィは、思わずうっとりとした表情を浮かべた。薄づきのチークが、彼女の頬に可愛らしい色合いを添えていた。


(私って、こんなに可愛くなれるんだ……)


 リリィは鏡に映る自分の姿に見入っていた。それは、前世では決して経験することのなかった、女の子としての喜びだった。


「リリィちゃん、すっごく可愛くなったね!」


 エマの言葉に、リリィは嬉しそうに頷いた。


「ありがとう、エマ。すっごく、楽しかった!」


 二人は笑顔で見つめ合った。この日、リリィは新しい自分を発見した。それは、純粋に女の子として楽しむ自分。前世の記憶を持ちながらも、今を精一杯生きる自分だった。


 窓の外では、夕暮れの空が美しく染まり始めていた。リリィとエマの小さな友情は、その夕焼けよりもさらに輝いて見えた。

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