第9話「学びの扉、好奇心の芽生え」

 初夏の柔らかな日差しが、グリーンヴェイル村を優しく包み込んでいた。リリィ・ブルームフィールドは、今日もいつもの時間に目を覚ました。窓の外では、小鳥たちがさえずり、新しい一日の始まりを告げている。


 リリィはベッドから飛び起きると、急いで着替えを始めた。

 今日は特別な日だ。

 来年からリリィたちが通う予定の村の学校見学会に参加する日なのだ。


「リリィ、起きた? 朝ごはんができてるわよ」


 母フローラの声が階下から聞こえてきた。


「はーい! 今行くわ!」


 リリィは階段を駆け下りると、キッチンに向かった。テーブルには、焼きたてのパンと新鮮な牛乳、そして庭で採れたばかりのイチゴが並んでいる。


「おはよう、リリィ。今日は楽しみだね」


 父テラが優しく微笑みかけた。


「うん! すっごく楽しみ!」


 リリィは目を輝かせながら、朝食に箸をつけた。


 食事を終えると、家族そろって村の中心部へと向かった。道中、リリィは前世の記憶と現在の状況を比較しながら、心の中で静かに微笑んでいた。


(前世では、学校なんてろくに行けなかったからなぁ……。でも今は、こうして両親と一緒に楽しみにしながら行けるんだ……!)


 グリーンヴェイル学校は、村の中心にある丘の上に建っていた。木造の二階建て校舎は、周囲の自然と調和するように設計されている。校庭には大きな樫の木があり、その下にはベンチが置かれていた。


 校門をくぐると、そこには既に多くの家族連れが集まっていた。リリィは少し緊張しながらも、好奇心に満ちた目で周囲を見回した。


「あ! リリィちゃん!」


 声の方を振り向くと、親友のエマ・サンシャインが手を振っていた。リリィは嬉しそうに手を振り返す。


「エマ! おはよう!」


 二人は駆け寄って、抱き合った。


「リリィちゃん、学校楽しみだね!」


「うん! エマと一緒のクラスになれるといいな」


 そんな二人の様子を見て、両親は微笑ましそうに見守っていた。


 程なくして、村長のアルドゥス・オークハートが全員の前に立ち、挨拶を始めた。


「皆さん、おはようございます。本日は、グリーンヴェイル学校の見学会にお集まりいただき、ありがとうございます」


 アルドゥスの声は温かく、しかし威厳に満ちていた。


「この学校は、我々の村の未来を担う子どもたちが学び、成長する場所です。ここで得た知識と経験が、きっと彼らの人生を豊かなものにしてくれるでしょう」


 リリィは真剣な表情で村長の言葉に耳を傾けていた。前世では、教育を受ける機会すら与えられなかった彼女にとって、この瞬間は特別な意味を持っていた。


(ここで学べるなんて、本当に幸せなことなんだ……)


 アルドゥスの挨拶が終わると、教師たちによる校内案内が始まった。リリィたちは、教室や図書室、そして手作業を学ぶための工房などを見て回った。


 特に図書室に入った時、リリィの目は輝きに満ちていた。壁一面に並ぶ本棚、そこに所狭しと並べられた様々な本。前世では想像もできなかった光景だった。


「わぁ……。すごい!」


 リリィは思わず声を上げた。フローラが優しく頭を撫でる。


「気に入ったみたいね。たくさん本が読めるわよ」


「うん! 楽しみ!」


 次に案内されたのは、手作業を学ぶための工房だった。そこには様々な道具が並べられ、子どもたちが実際に物を作る様子を想像させた。


 リリィは工房を見渡しながら、ふと思いついたことがあった。


「先生、ここで何を作るの?」


 案内していた先生が優しく微笑んで答えた。


「そうですね。木工や粘土細工、織物なんかを学びますよ」


「へぇ……。じゃあ、ログハウスの模型とか作れるのかな?」


 リリィの質問に、先生は少し驚いたような表情を浮かべた。


「ログハウス? そうですね、少し難しいかもしれませんが、工夫次第では作れるかもしれませんね」


 テラが興味深そうにリリィを見つめた。


「リリィ、ログハウスに興味があるの?」


「うん! パパが作ったみんなの夢の家みたいなの、小さく作ってみたいな」


 リリィの言葉に、周りの大人たちは感心したような表情を浮かべた。先生は嬉しそうに頷いた。


「そうですか。とても素晴らしい考えですね。ぜひ挑戦してみてください」


 リリィは嬉しそうに頷いた。前世の知識と現在の興味が結びついた瞬間だった。


 見学会が終わりに近づくと、校庭に集められた参加者たちに、校長先生から挨拶があった。


「皆さん、本日は長時間にわたりご参加いただき、ありがとうございました。グリーンヴェイル学校は、単なる勉強の場ではありません。ここは、子どもたちが自然と触れ合い、互いに助け合いながら、人として大切なことを学ぶ場所なのです」


 校長先生の言葉に、リリィは深く頷いた。


(そうだ。ここで学べることって、本当にたくさんあるんだわ)


 帰り道、リリィは両親に今日の感想を熱心に話した。


「パパ、ママ! 学校ってすごくいいところだね。早く通いたくなっちゃった!」


 フローラが優しく微笑んだ。


「そう。リリィが楽しみにしてくれて、嬉しいわ」


 テラも頷きながら言った。


「そうだね。でも、まだ少し時間があるからね。それまでは家でも、いろんなことを学んでいこう」


「うん! 頑張る!」


 リリィは元気よく返事をした。家に着くと、リリィはすぐに自分の部屋に向かった。そして、小さなノートを取り出すと、今日見たものや感じたことを丁寧に書き始めた。


(これからの毎日が、きっともっと楽しくなるんだろうな)


 リリィはそう思いながら、明日からの日々に思いを馳せた。窓の外では、夕暮れの空が美しく染まり始めていた。


 この日、リリィはまた新しい喜びを見つけた。それは、学ぶことの楽しさだった。前世では知ることのできなかった喜びを、今のリリィは心の底から感じていた。そして、これからもっと多くのことを学び、成長していく自分の姿を想像して、幸せな気持ちでいっぱいになった。


 夕食時、リリィは両親に尋ねた。


「ねえ、パパ、ママ。私、学校に行く前に何か準備することある?」


 フローラが優しく微笑んで答えた。


「そうねぇ。読み書きの練習をしておくといいかもしれないわね」


 テラも頷いて付け加えた。


「それと、植物の名前や、家畜の世話の仕方なんかも、少しずつ覚えておくといいかもしれないな」


 リリィは真剣な表情で両親の言葉に耳を傾けた。


「分かった! 頑張って準備するね」


 その夜、ベッドに横たわりながら、リリィは今日一日を振り返っていた。学校で見た光景、友達と過ごせる喜び、そして学ぶことの楽しさ。全てが新鮮で、心躍る体験だった。


(前世では、こんな風に学校に行くのを楽しみにしたことなんてなかったな……)


 リリィは静かに目を閉じた。明日からは、学校に行く準備を少しずつ始めよう。そう決意して、彼女はゆっくりと眠りについた。


 窓の外では、満天の星空が広がっていた。それはまるで、リリィの明るい未来を祝福しているかのようだった。


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