第6話「里山の宝物探し」
朝もやが晴れ始めた頃、リリィは目を覚ました。窓から差し込む陽光が、彼女の部屋を黄金色に染めている。今日は特別な日だ。両親が許してくれた、初めての一人での里山探検の日。
リリィは興奮で胸を躍らせながら、急いで身支度を整えた。
「リリィ、朝ごはんができたわよ」
母・フローラの声に、リリィは階下へと駆け降りた。
「おはよう、ママ! パパ!」
「おや、今日はずいぶん早起きだね」
父・テラが優しく微笑みかける。
「うん! だって今日は里山に行く日だもん!」
リリィの目は期待に輝いていた。
朝食を終えると、リリィは小さなリュックを背負い、家を出た。裏手に広がる里山を見上げる。どんな冒険が待っているのだろう? リリィの心は期待で一杯だった。
里山の入り口に立つと、リリィは深呼吸をした。朝の空気は爽やかで、草木の香りが鼻をくすぐる。
(よし、行こう!)
リリィは小さな一歩を踏み出した。
細い山道を登っていくと、周囲の景色が徐々に変化していく。畑や牧草地が遠ざかり、代わりに鬱蒼とした木々が現れ始めた。
ふと、リリィの耳に小さな音が届いた。
「ん? なんの音だろう?」
音の正体を探ろうと、そっと草むらを覗き込む。すると――
「わぁ! カエルさんだ!」
小さな緑色のカエルが、リリィを見上げていた。
「こんにちは、カエルさん。どこに行くの?」
カエルは答える代わりに、ぴょんと跳ねて小川の方へ向かっていった。
「あ、待って!」
リリィはカエルを追いかけ、小川にたどり着いた。清らかな水が、キラキラと陽光を反射している。
水面をのぞき込むと、小さな魚たちが泳いでいるのが見えた。
「すごい! こんなところにお魚さんがいるんだ!」
リリィは夢中で魚たちを観察した。銀色に輝く体、ひらひらと揺れる尾びれ。自然の神秘に、リリィは息を呑んだ。
小川のほとりを歩いていると、突然何かが頭上を横切った。
「あれは……チョウチョ?」
美しい青い翅を持つ蝶が、リリィの目の前を舞っていく。リリィは思わず手を伸ばしたが、蝶はひらひらと舞い上がり、木々の間に消えていった。
「待ってよ?」
リリィは蝶を追いかけて、少し急な斜面を登っていく。息が上がり、額に汗が浮かぶ。でも、リリィの目は好奇心で輝いていた。
斜面を登り切ったところで、リリィは思わず歓声を上げた。
「わぁ! きれい!」
目の前に広がっていたのは、色とりどりの花々が咲き乱れる小さな花畑だった。赤、黄色、紫、白……様々な色の花が、陽光を浴びて輝いている。
リリィはそっと花畑に足を踏み入れた。甘い香りが鼻をくすぐる。
「ん? なんだろう、このいい匂い」
香りの源を探っていくと、紫色の小さな花を見つけた。
「これは……ラベンダー? ママが育ててるのと同じだ!」
リリィは嬉しそうに花を摘んだ。きっと母も喜んでくれるだろう。
花畑の中を歩いていると、突然、ブーンという音が聞こえた。
「え? なに?」
音の正体を探すと、大きなマルハナバチが花から花へと忙しそうに飛び回っているのが見えた。
「あ、ごめんね。お仕事の邪魔しちゃった?」
リリィはそっとバチの邪魔にならないよう、別の場所に移動した。
花畑を抜けると、今度は大きな木がリリィの前に現れた。幹は太く、枝は空高くそびえている。
「わぁ、大きな木だなぁ」
リリィは首を傾げて、木の頂きを見上げた。すると――
「あれ? なにかいる?」
枝の間に、小さな影が見えた。目を凝らすと、それはリスだった。
「リスさん、こんにちは!」
リスは驚いたように身を縮めたが、すぐにリリィに興味を持ったようで、ちょこちょこと枝を降りてきた。
「えへへ、かわいい」
リリィがそう言った瞬間、リスは素早く木の幹を駆け下り、リリィの足元まで来た。
「え? どうしたの?」
リスはリリィの靴を嗅ぎ、何かを探しているようだった。
「あ、もしかして……」
リリィはリュックを開け、中からドライフルーツを取り出した。朝、母が持たせてくれたおやつだ。
「はい、どうぞ」
リリィが差し出すと、リスは恐る恐る近づいてきて、そっとドライフルーツをくわえていった。
「よかった、喜んでくれて」
リスは木の陰に隠れて、ゆっくりと食べ始めた。リリィはその姿を見守りながら、幸せな気持ちになった。
しばらくすると、風向きが変わり、新しい香りが漂ってきた。
「この匂いは……」
リリィは鼻を鳴らし、香りを追いかけていく。木々の間を抜けると、そこには小さな林檎の木があった。
「わぁ! リンゴの木だ!」
枝にはまだ青々としたリンゴがなっている。収穫にはまだ早いが、その姿を見ているだけでリリィの口の中に甘酸っぱい味が広がるようだった。
「きっと秋になったら、おいしいリンゴになるんだろうな」
リリィは心の中でその日を楽しみにした。
リンゴの木の周りをぐるりと歩いていると、地面に何か動くものが見えた。
「あれ?」
近づいてみると、それは大きなカブトムシだった。
「うわぁ、すごい! こんな大きいの初めて見た!」
リリィは興奮して身を屈め、カブトムシをじっくりと観察した。光沢のある黒い甲羅、力強そうな足、そして特徴的な角。
その瞬間、リリィの脳裏に前世の記憶が蘇った。砂漠の端にある小さな町、友達と一緒にカブトムシを探し回った夏の日。
(そういえば、あの時も……)
しかし、前世の記憶は甘美というよりも、どこか切ない影を帯びていた。カブトムシを見つけても、すぐに売って小遣いにするしかなかった日々。生き抜くことに必死で、虫を観察する余裕などなかったのだ。
リリィは目の前のカブトムシを、そっと手のひらに乗せた。
「ねえ、カブトムシさん。どこに行くの?」
カブトムシはゆっくりとリリィの手の上を歩き、やがて近くの倒木に向かっていった。リリィはその後をついていく。
倒木の周りには、様々な昆虫たちが集まっていた。アリ、ダンゴムシ、ミミズ……。リリィは目を輝かせて、一つ一つ観察していった。
「みんな、仲良く暮らしてるんだね」
自然の中での生き物たちの営みに、リリィは深い感動を覚えた。同時に、今の自分の幸せを強く実感する。
(今の私は、虫を売らなくても生きていける。ゆっくり観察して、生き物たちの生活を知ることができる)
リリィは深呼吸をした。澄んだ空気が肺いっぱいに広がる。
(両親がいて、安全な家があって、美味しい食べ物がある。そして、こうして自然と触れ合える)
目の前で、カブトムシがゆっくりと倒木を登っていく。その姿を見つめながら、リリィの胸に温かいものが広がった。
「ありがとう、カブトムシさん。大切な事を思い出させてくれて」
リリィは小さな声でつぶやいた。カブトムシは何も答えずに歩み続けるが、リリィにはその背中が誇らしげに見えた。
ふと、空を見上げると、太陽がだいぶ高く昇っていることに気がついた。
「あ、そろそろ帰らなきゃ」
リリィは少し名残惜しそうに立ち上がった。帰り道、彼女の頭の中は今日見た様々な生き物たちのことでいっぱいだった。そして、心の奥底では、今の生活への感謝の気持ちが静かに、しかし力強く脈打っていた。
リリィは少し名残惜しそうに立ち上がった。帰り道、彼女の頭の中は今日見た様々な生き物たちのことでいっぱいだった。
家に着くと、両親が心配そうに待っていた。
「リリィ、無事だった? 怪我はない?」
「大丈夫だよ、ママ。むしろ、すっごく楽しかった!」
リリィは目を輝かせながら、今日の冒険を両親に話して聞かせた。カエルのこと、魚のこと、蝶やリス、そしてカブトムシのこと。
「そう、良かったわ。たくさんの発見があったのね」
母フローラが優しく微笑む。
「うん! 里山ってすごいんだよ。生き物がいっぱいいて、みんな仲良く暮らしてる」
父テラが、リリィの頭を優しく撫でた。
「そうだね。自然の中には、たくさんの命があるんだ。それを大切にすることが、私たちにできる一番大事なことなんだよ」
リリィは大きく頷いた。
「うん! 私、これからもっともっと里山のこと知りたい。そして、みんなと仲良くなりたい!」
両親は笑顔でリリィを見つめた。彼らの娘が、自然の中で大きく成長していくことを感じていた。
その夜、ベッドに横たわりながら、リリィは今日の冒険を思い返していた。カエルの鳴き声、蝶の舞う姿、リスの可愛らしさ、カブトムシの力強さ……。全てが鮮明に蘇ってくる。
(自然って、本当に素晴らしいな)
リリィは心の中でつぶやいた。明日はどんな発見があるだろう? そんな期待を胸に、リリィはゆっくりと目を閉じた。窓の外では、里山の生き物たちの寝静まる音が、優しく響いていた。
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