第3話「祭りの夜に輝く、リリィのときめき」

 朝もやが晴れ始めた頃、リリィの村は活気に満ちていた。今日は年に一度の収穫祭。村中が華やいでいる。


「リリィ、準備はできた?」


 母・フローラの声に、リリィは飛び起きた。


「はーい! 今行く!」


 急いで着替えを済ませ、階下へ駆け下りる。


「あら、髪が乱れてるわ。こっち来て」


 母が優しく微笑みながら、リリィの髪を整える。


「今日は楽しみだね」


 父・テラが朝食の準備をしながら声をかける。


「うん! すっごく楽しみ!」


 リリィの目は期待に輝いていた。


(前世では、こんな平和なお祭りに参加したことなんてなかったな……)


 食事を終えると、家族そろって広場へと向かう。道中、隣家の老夫婦に出会った。


「おや、リリィちゃん。今日はお祭りだね」


「はい! とっても楽しみです!」


 リリィは笑顔で答える。老夫婦の優しい眼差しに、温かさを感じた。


 広場に着くと、そこはすでに賑わっていた。色とりどりの屋台が立ち並び、子供たちが走り回っている。


「わぁ……!」


 リリィは目を輝かせた。


「さあ、好きなものを見て回ろう」


 父が優しく背中を押す。


 リリィは興味津々で屋台を巡り始めた。

 美味しそうな料理、風車、お面……。

 どれも新鮮で魅力的だ。


 ふと、リリィは人だかりに気付いた。


「どうしたんだろう?」


 近づいてみると、村長が困った顔をしている。


「どうにも、祭りの目玉である大きなかぼちゃを運び出せないんだ。重すぎて……」


 リリィは周りを見回した。大人たちが頭を抱えている。


(そうか……これなら!)


 リリィは前世の知識を思い出していた。


「あの、村長さん」


「おや? リリィちゃんか。どうしたんだい?」


「丸太を使えば、てこの原理で動かせると思うんです」


 村長は驚いた顔でリリィを見つめる。


「ま、丸太? て、てこ……?」


「ええと、つまり……」


 リリィは簡単な言葉で説明した。

 村長は目を丸くしたが、すぐに納得の表情を浮かべた。


「なるほど! 試してみよう」


 リリィの提案通りに作業を進めると、驚くほど簡単にかぼちゃを動かすことができた。


「やったぞ! リリィちゃんのおかげだ!」


 村人たちから拍手が沸き起こる。リリィは少し照れくさそうに頬を赤らめた。


「リリィ、よくやったわね」


 母が優しく頭を撫でる。


「すごいぞ、うちの子は」


 父は誇らしげだ。


(ちょっとしたことだけど、みんなの役に立てた……嬉しいな……)


 祭りは最高潮に達した。夕暮れ時、広場の中央でみんなの踊りが始まる。


「リリィ、踊ろう!」


 友達のエマが興奮した様子で手を引く。エマの瞳は星のように輝いていた。


「う、うん!」


 リリィは少し緊張しながらも、エマの手を取った。二人で人々の輪に向かって駆け出す。


 広場の中央では、すでに大きな踊りの輪が形成されていた。太鼓の力強いリズムが空気を震わせ、笛の甲高い音色が夕暮れの空に響き渡る。


 輪の中に入ると、賑やかな音楽がリリィの体中を包み込んだ。周りでは、色とりどりの浴衣を着た村人たちが、歓声を上げながら踊っている。


 リリィは一瞬たじろいだ。


(どうしよう……踊り方が分からないわ……だって前世では一度もダンスなんてしたことなかったもの……)


 すっかり女の子モードで困ってしまったリリィに、エマが優しく微笑みかける。


「大丈夫、私の真似をすればいいの!」


 エマが軽やかなステップを踏み始める。

 右足を前に出し、左足で跳ねるように踏み込む。そして、腕を大きく回す。


 リリィは恐る恐る、エマの動きを真似てみる。

 最初はぎこちなかったが、音楽のリズムに身を任せるうちに、少しずつ体が動きに慣れてきた。


「そうそう、その調子!」


 エマの励ましに、リリィは自信を持ち始める。


 踊りの輪が大きく旋回する。リリィは周りの人々の笑顔に囲まれ、心が躍るのを感じた。汗が額を伝い落ちるが、それも心地よい。


 太鼓のリズムが速くなる。踊り手たちの動きも激しさを増す。


「せーの!」


 村人たちの掛け声と共に、全員で高く飛び上がる。リリィも思い切り跳んだ。


「わぁっ!」


 空中に浮いた瞬間、リリィは歓喜の声を上げた。着地の際、少しバランスを崩したが、隣にいた大人が優しく支えてくれる。


「ありがとうございます!」


 リリィは感謝の言葉を述べ、再び踊りの渦に身を投じた。


 踊りの輪は、まるで生き物のように蠢き、膨らみ、縮む。リリィはその流れに身を任せ、時に大胆に、時に優雅に体を動かす。前世では味わったことのない、純粋な喜びが全身を満たしていく。


 エマと手をつなぎ、くるくると回る。二人の笑い声が、祭りの喧騒に溶け込んでいく。


(なんて楽しいんだろう!)


 リリィの頬は上気し、目は輝いていた。音楽と踊りに没頭するうちに、周りの景色がぼやけていく。あるのは只々、この瞬間、この喜び、この高揚感だけだった。


 やがて、音楽がクライマックスに達する。踊り手全員が大きな輪を作り、一斉に中央へ向かって駆け寄る。


「せーーーのっ!」


 全員で両手を高く掲げ、大きな歓声を上げる。リリィも精一杯の声を張り上げた。


 音楽が鳴り止み、踊りが終わる。大きな拍手が沸き起こる中、リリィは大きく息を吐いた。全身が心地よい疲労感に包まれている。


「リリィ、すっごく上手だったよ!」


 エマが抱きついてくる。二人は嬉しさのあまり、その場でぐるぐると回った。


 リリィは幸せに満ちた表情で空を見上げた。

 夕焼け空には、最初の星が瞬き始めていた。


(こんな素晴らしい経験ができるなんて……夢じゃないかしら……)


 祭りの余韻に浸りながら、リリィは心の中で誓った。

 この幸せを、この喜びを、一生大切にしようと。


(こんな楽しいこと、前世じゃ想像もできなかったわ……)


 踊りの輪が大きくなるにつれ、リリィの心も大きく膨らんでいく。村人たちの笑顔、音楽の調べ、夕焼けに染まる空。すべてが愛おしかった。


 祭りが終わり、家路につく頃、リリィは父の肩に抱かれていた。


「楽しかった?」


「うん、すっごく楽しかった!」


 リリィは満面の笑みで答えた。


 家に着くと、リリィはベッドに横たわった。

 今日一日の出来事が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。


(村のみんなと過ごす日々。家族との温かい時間。これが本当の幸せなんだ……)


 目を閉じると、祭りの賑わいがまだ耳に残っているような気がした。リリィは幸せな気持ちのまま、静かに眠りについた。


 窓の外では、祭りの余韻を残しながら、満天の星空が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る