第2話「小さな畑に芽生える大きな夢」
朝日が地平線から顔を出し始めた頃、リリィの目がパチリと開いた。
「今日は畑仕事の日だ!」
興奮で胸が高鳴る。ベッドから飛び起きると、急いで着替えを始める。
階下からは、母・フローラの声が聞こえてきた。
「リリィ、起きた? 朝ごはんができてるわよ」
「はーい! 今行くー!」
階段を駆け下りると、キッチンからは焼きたてのパンの香りが漂ってきた。テーブルには、新鮮な野菜のサラダと温かいスープが並んでいる。
「おはよう、リリィ」
父・テラが優しく微笑みかける。
「おはよう、パパ! ママ!」
リリィは両親に抱きつく。
温かい腕に包まれる感覚に、彼女は心の底から幸せを感じていた。
(前世では、こんな風に朝を迎えることなんて一度もなかった……)
6歳になったリリィはすっかりこちらの世界に馴染んでいた。リリィは幸せだった。
食事を終えると、家族そろって畑へと向かう。朝露に濡れた草の香りが鼻をくすぐる。
「リリィ、今日はトマトの収穫を手伝ってくれるかな?」
父がリリィに声をかける。
「うん! まかせて!」
リリィは嬉しそうに頷いた。小さな手で丁寧にトマトを摘み取っていく。真っ赤に熟れたトマトの感触が、手のひらに心地よい。
(こんな平和な日々が、毎日続くなんて……)
ふと、リリィの脳裏に前世の記憶が蘇る。
砂漠の灼熱。銃声の轟き。仲間の裏切り……。
「リリィ? どうしたの?」
母の声に我に返る。
「ううん、なんでもない! ちょっとぼーっとしちゃっただけ」
リリィは笑顔を取り戻す。今の自分がどれほど幸せかを、改めて実感していた。
昼頃、父が大きな声を上げた。
「おや? リリィ、こっちに来てごらん」
リリィが駆け寄ると、そこには見たこともない植物が生えていた。
「これは……なんだろう?」
父が首をかしげる。リリィは前世の記憶を頼りに、その植物を観察した。
「これ、ハーブじゃない? ローズマリーって言うの。香りがすごくいいんだよ」
両親は驚いた顔でリリィを見つめる。
「まあ! リリィ、よく知ってるのね」
「ふふっ、本で読んだの」
リリィは嘘をつくのが申し訳なく思ったが、前世の知識をうまく活用できたことに密かな喜びを感じていた。
「じゃあ、このハーブも大切に育てようか。料理に使えるかもしれないしね」
母が優しく微笑む。リリィは嬉しそうに頷いた。
午後、畑仕事を終えた家族は、近くの小川へ涼みに行った。
「リリィ、川でちょっと遊ぼうか!」
父が声をかける。
「うん!」
リリィは靴を脱ぎ、おそるおそる川に足を入れる。冷たい水が気持ちよく、疲れが洗い流されていくようだった。
水面に映る自分の姿を見て、リリィは我に返る。
(そうだ……私は今、5歳の女の子なんだ)
前世の荒々しい男の姿は、もうどこにもない。
代わりに、無邪気な少女の笑顔がそこにあった。
そしてリリィは心の底からそのことに満足していた。
「ねえ、パパ、ママ」
「なあに?」
「私ね、今、すっごく幸せ!」
リリィの言葉に、両親は優しく微笑んだ。
「私たちも幸せよ、リリィ」
「そうだな。リリィがいてくれて、本当に幸せだ」
家族三人で寄り添い、夕陽を眺める。オレンジ色に染まった空を見上げながら、リリィは心の中でつぶやいた。
(ここが私の居場所。この平凡な日々こそが、最高の幸せなんだ)
風に揺れる草の音、小川のせせらぎ、両親の温もり。すべてが愛おしく感じられた。
リリィの新しい人生は、確かな幸せに満ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます