第2話「小さな畑に芽生える大きな夢」

 朝日が地平線から顔を出し始めた頃、リリィの目がパチリと開いた。


「今日は畑仕事の日だ!」


 興奮で胸が高鳴る。ベッドから飛び起きると、急いで着替えを始める。


 階下からは、母・フローラの声が聞こえてきた。


「リリィ、起きた? 朝ごはんができてるわよ」


「はーい! 今行くー!」


 階段を駆け下りると、キッチンからは焼きたてのパンの香りが漂ってきた。テーブルには、新鮮な野菜のサラダと温かいスープが並んでいる。


「おはよう、リリィ」


 父・テラが優しく微笑みかける。


「おはよう、パパ! ママ!」


 リリィは両親に抱きつく。

 温かい腕に包まれる感覚に、彼女は心の底から幸せを感じていた。


(前世では、こんな風に朝を迎えることなんて一度もなかった……)


 5歳になったリリィはすっかりこちらの世界に馴染んでいた。リリィは幸せだった。


 食事を終えると、家族そろって畑へと向かう。朝露に濡れた草の香りが鼻をくすぐる。


「リリィ、今日はトマトの収穫を手伝ってくれるかな?」


 父がリリィに声をかける。


「うん! まかせて!」


 リリィは嬉しそうに頷いた。小さな手で丁寧にトマトを摘み取っていく。真っ赤に熟れたトマトの感触が、手のひらに心地よい。


(こんな平和な日々が、毎日続くなんて……)


 ふと、リリィの脳裏に前世の記憶が蘇る。

 砂漠の灼熱。銃声の轟き。仲間の裏切り……。


「リリィ? どうしたの?」


 母の声に我に返る。


「ううん、なんでもない! ちょっとぼーっとしちゃっただけ」


 リリィは笑顔を取り戻す。今の自分がどれほど幸せかを、改めて実感していた。


 昼頃、父が大きな声を上げた。


「おや? リリィ、こっちに来てごらん」


 リリィが駆け寄ると、そこには見たこともない植物が生えていた。


「これは……なんだろう?」


 父が首をかしげる。リリィは前世の記憶を頼りに、その植物を観察した。


「これ、ハーブじゃない? ローズマリーって言うの。香りがすごくいいんだよ」


 両親は驚いた顔でリリィを見つめる。


「まあ! リリィ、よく知ってるのね」


「ふふっ、本で読んだの」


 リリィは嘘をつくのが申し訳なく思ったが、前世の知識をうまく活用できたことに密かな喜びを感じていた。


「じゃあ、このハーブも大切に育てようか。料理に使えるかもしれないしね」


 母が優しく微笑む。リリィは嬉しそうに頷いた。


 午後、畑仕事を終えた家族は、近くの小川へ涼みに行った。


「リリィ、川でちょっと遊ぼうか!」


 父が声をかける。


「うん!」


 リリィは靴を脱ぎ、おそるおそる川に足を入れる。冷たい水が気持ちよく、疲れが洗い流されていくようだった。


 水面に映る自分の姿を見て、リリィは我に返る。


(そうだ……私は今、5歳の女の子なんだ)


 前世の荒々しい男の姿は、もうどこにもない。

 代わりに、無邪気な少女の笑顔がそこにあった。

 そしてリリィは心の底からそのことに満足していた。


「ねえ、パパ、ママ」


「なあに?」


「私ね、今、すっごく幸せ!」


 リリィの言葉に、両親は優しく微笑んだ。


「私たちも幸せよ、リリィ」


「そうだな。リリィがいてくれて、本当に幸せだ」


 家族三人で寄り添い、夕陽を眺める。オレンジ色に染まった空を見上げながら、リリィは心の中でつぶやいた。


(ここが私の居場所。この平凡な日々こそが、最高の幸せなんだ)


 風に揺れる草の音、小川のせせらぎ、両親の温もり。すべてが愛おしく感じられた。


 リリィの新しい人生は、確かな幸せに満ちていた。

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