第40話 建国祭

 努力の甲斐あってユルヤナに事の顛末がバレることは防げたけど、代わりにトーマの口から僕の現役時代の様々なことが漏れたらしい。


「だいぶいろいろやらかしてたんだねえ」


 家に帰るなりしみじみと言われた。


「何吹き込んだんだ」

「先輩がいかにかっこよかったか聞いてもらってただけですよ」


たぶん必要な犠牲だった。そういうことにしておこう。


***


 建国祭初日は予定どおり午前中だけ店を開けて修理が終わった機械を引き渡し、見送ったらそのまま出かけるつもりで客の男性と一緒の外に出た。


「助かったよ、本当に。さすが、モモタさんは跡継ぎの育成も抜かりないな」


 祭りの催し物で使うという七色に光る設置型の大型ライトを抱えて、恰幅の良い中年男性は満面の笑顔だった。


「おかげさまで何とかやれてます」


 本当に祖父はどこまで想定していたのか、今のところ僕に直せないような機械が持ち込まれることも、用意できない商品を求められることもない。おかげで僕が完璧に引き継いでいるように見られている。


「孫は――」


 と言いかけて、


「いや、仕事は一人前にやってくれるんだから、いつまでも孫呼ばわりするのも良くないな。名前は何て言ったっけ?」

「ツクモです」

「そうだ、ツクモだ。これからもよろしく頼むよ」

「こちらこそ」


 のしのしと遠ざかっていく後ろ姿を眺めていると、ユルヤナが僕を見上げた。


「認めてもらえるのって嬉しいよね」


 自分のことのように嬉しそうに目を細めて笑った。


「……うん」


 軍で功績を認められるのとはまた別の達成感がある。祖父を超えられるとは思わないけど、いつか『モモタさんの店』から『ツクモの店』と呼ばれるようになったらいいなと、僕は小さな目標を掲げた。




 昼食は大通りに出て屋台で食べることにした。両脇には華やかに飾り付けられた屋台が並び、魔導車の通行が制限された道を老若男女を問わず広がって歩いている。


「やっぱりお祭りと言えば食べ歩きだよねー!」


 ユルヤナは普段よりも気合いの入った化粧をして、祭りの飾り付けに負けない華やかな笑顔を携えて焼鳥の屋台に駆け寄って行き、一本多めに受け取って戻ってきた。


「食べきれないからあげる」

「……ありがとう」


 屋台の青年が『男連れかよ』という様々な誤解をした顔をしているのを気にも留めず、ユルヤナは串から歯で豪快に肉を引き抜いた。頬を膨らませてもぐもぐしている姿を見るとリスを思い出す。せっかくなので僕も芳ばしい匂いのする肉を囓る。やっぱり塩胡椒の味しか感じられないけど、祭りの楽しげな雰囲気の中で食べるのは悪くないなと思った。


「【第四】のみんなも一緒に回れれば良かったのに」

「仕事だからなあ」


 首都内にいることは間違いないけど、どこで何をしているかまでは聞いていない。


「西側のほうが治安が悪いから、案外近くにいるかも」


 確か去年も初期配置は西区だった。でも結局夕方には散り散りになっていたので、もう移動しているかもしれない。


「大変だなー。軍人っていつ休んでんの?」

「建国祭が終わったら順番に休むと思うよ」


 ちなみに雑貨店は、ユルヤナが『定休日を作るべき』と主張したので週に一日休むことにしたら、生活リズムが整って予定が立てやすくなった。周囲が僕に働き過ぎだと言っていたのは、本当に純粋な気遣いだったらしい。


「ねえ、花火っていつ上がるの?」

「え?」


 焼鳥を食べ終わったユルヤナが、串を指揮棒のように振りながら訊ねた。花火なんて上がる予定があっただろうかと首を傾げると、


「建国祭で上げる花火作ってたんでしょ?」


 他に何があるんだと言いたげな顔で言う。ユルヤナの怪訝そうな顔と昨晩のトーマの様子を思い出し、店の前で起きた出来事を想像した。おそらく敵が消音弾を使わずに発砲したのをユルヤナに聞かれて、咄嗟に旧倉庫を借りるために使った嘘に合わせて誤魔化したに違いない。


「……ああ、それなら三日目の夜だと思う!」


 速やかにルカたちと連絡を取ってなんとかしなければ。やっぱり今年の建国祭も休めなさそうだ。



 隙を突いて近くを見回りしていた隊員を呼び止め【第四】に集まるよう伝えてもらい、中央に近い地域の服屋でユルヤナが割引セールに気を取られている間に、ひそひそと作戦会議をする。


「ほら、僕が冗談で作った大砲型の魔銃あっただろ。あれで垂直に閃光弾を打ち上げるのはどう?」

「いいねえ、デモンストレーションになるって言って武器庫から引っ張り出そう」

「閃光弾だと眩しいだけになりませんか? 信号弾のほうがいいかも」

「……いや、せっかくだから専用弾の基板を作ろう。どうせなら派手にやりたい」

「出たよ隊長の凝り性」

「ツクモ先輩、大砲も作れるんですか?」


 更に帰りに食堂に用があると言ってユルヤナを先に家に帰し、マコちゃんに明日の朝一からユルヤナを連れ出してくれるよう頼み込んだ。


「いいよ、ユルヤナちゃんと回るの楽しそうだし、一日くらい誘おうと思ってたんだ」

「ありがとう」


 こうして二日目の日中にユルヤナの目がないフリーの時間を手に入れた僕は、昼食を食べるのも忘れて真剣に花火専用弾の基板を制作し、夕方にルカが訪ねてくるまでに仕上げて渡した。


「嫉妬するくらい愛されてんね、ユルヤナちゃん」

「その言い方やめろ」


 万が一があってもトーマがいれば大概の事故は防げるので、試運転に立ち会うことはなく【第四】に任せた。夜になって、無事に動いたという連絡があった。



 そして三日目、王族のパレードを見たがったユルヤナは僕に肩車を所望した。いつか提案した時には嫌がったくせに。


「すごい、何でも見える!」

「それは何より」


 つつがなく進行するパレードを見送り、地上に降りたユルヤナは自身の顔を指さした。


「ねえ、おれってお姫様とちょっと似てない?」


 国王の娘で豊かな金髪に空色の目を持つエレン王女は、国内でも屈指の美少女として知られている。言われてみればパーツの形が似ている気もしたけど、相変わらず自分の美少女顔に確固たる自信を持っているその揺るぎなさに僕は呆れた。


「はいはい、エレン王女より可愛いよ」

「そういう意味じゃないけどありがとう!」


 褒めてやったのに横腹に握り拳を喰らった。




 そして夕日が沈み、空に月が昇り始める頃。


「ここからなら見えると思う」


 西の大通り沿いで営業しているテラス席のある飲食店を選んで、ルカに知らされた時間を待った。例の防御魔法付き時計で時間を確認する。


 そして不意に港のほうからドン、という爆発音が聞こえ、ユルヤナが咄嗟に振り向いた。


「うわー!」


 光る球が空の高いところまで垂直に上り、パッと大きく弾けて光った。できる限り本物に近づけられるよう設計したものの、ちゃんと花火に見えるか心配していたら、意外と綺麗に咲いてくれた。


「よかった、成功してくれた」

「さすがツクモ、本当に何でも作れるんだ」

「何でもは無理だよ」


 色の違う偽花火が立て続けに西の空を彩る。あの大砲型魔銃は一発でも結構魔力を使うはずなので、こんなにいくつも打ち上げていたら【第四】だけでは賄えないはずだ。誰がこの盛大ないたずらに参加しているのだろうかという疑問は、金色の目に焼き付けるように見入っているユルヤナを見ているうちに霧散した。






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