第36話 報告と作戦

 少し散歩してくると言うと、ユルヤナは素直に送り出してくれた。


「開店までに戻ってきてよ。今日もお客さん多いだろうし」

「わかった」


 多少勘付いているかもしれないけど、ルカがわざわざ僕を連れ出して話す内容なら十中八九軍絡みだとわかるので、無理に聞こうとはしない。ただ、少しだけ心配そうな顔をしていた。




 ルカと並んで適当に近所を歩きながら、世間話をしている顔で報告を聞く。


「結論から言うと、イサンドロの拠点は見つけた。目的はよくわかんなかった」

「よくわからない?」

「何か企んでる感じはあるんだけどねえ」


 軍としても、死んだはずのイサンドロが生きていて首都に滞在しているというのは警戒すべき事態だ。すぐに探し出して見張りを付けたところ、『顔に大きな火傷の跡があるイサンドロに似た顔の男』は普通のアパートの一室を根城にしているらしい。加えて当時の残党が四、五人、建国祭の流入に乗じて集まってきているものの、それ以上の動きはないそうだ。


「仲間が集まってきてるってことは、他人のそら似じゃないってことか」

「アパートは実在する別人の名前で借りてあったよ。本人は行方不明だけど」


 やっぱり合法的に何か悪さをしようとしている奴のほうがたちが悪い。


「でも、パレードで王族を狙ってるとかじゃないと思うんだよねえ、あれは」


 貴族の婚外子として、平民にはわからないやんごとなき人々の争いに巻き込まれてきた経験があるルカは、そういう感覚が鋭い。


「首都でまた同じ商売を始めようとしてるみたいな情報もないから、上はどう対応するか決めかねてるとこ」


 要人も多く首都に集まっているこの時期に、変に刺激して暴れられては困る。祭りを狙った政治犯ではないのなら、目立った動きをしていないうちはとりあえず監視を続けて目的を探るべきだというのが全体の意見のようだ。


「ちなみに、【第四】の副隊長の見解は?」

「招待状かなあ」


 にやにやと笑いながら僕を見た。


「その火傷の男、毎日同じ時間に部屋を出て、首都のあちこちを歩き回って、適当な時間に戻るだけなんだって」


 ただでさえ凶悪犯として顔が知られているのに、刺青を消したとしても目立つ風貌を隠しもせず首都を練り歩いているというのは、見つけてくれと言っているようなものだ。


「誰を招待しようって?」


 おそらくルカが考えているものと同じ結論に辿り着きかけたものの、認めたくはないので違う答えが返ってくることを少しだけ期待して訊ねた。しかし


「そりゃ【二つ星】でしょ」


 ルカは僕の頬を指さし、あっさりと期待を裏切った。


「……まさか」

「亡霊が自分を殺した男に復讐しようとしてるんだよ、きっと」

「亡霊って」


 死んだ人間が魔法的な要因で再び実体を持って現れる現象は亡霊ゴーストと言い、魔獣の一種に分類される。実際に亡霊絡みの事件に遭遇したこともある。でも、


「亡霊が家なんか借りるわけないだろ。しかも他人の名義でなんて小賢しいことまでして」


 亡霊ゴーストは生前の強い思念が形になった、言わば人間の残りかすのようなものだ。彼らは目的を達成するための最短距離を取るために様々な問題と被害を引き起こすものの、生きている人間のような細かい思考はしない。


「でも実際イサンドロは生き返ってるし?」

「……」


 問題は結局そこに行き着く。


「あの時、僕がしくじったってこと?」

「誰も隊長の仕事に手抜かりがあったなんて思ってないよ。死体も回収した記録が残ってる」

「じゃあ、たまたま瓜二つの顔の男がいるってだけ?」

「たまたま刺青と同じ位置に大きな火傷を負ってね」

「それで、偶然イサンドロがいた組織の人間と関わりを持ってる?」

「そうそう」


 そんなわけあるか。苦々しげに顔を歪めると、性格の悪い男はあっはっはと声を上げて笑った。


「わかんないことは本人に聞くのが手っ取り早いと思うけどなあ」


 しかし軍は静観するつもりでいる。そもそも民間人の僕が関わる必要もない――と考えたところで、ここまでぺらぺらと情報を話したルカと、ルカの後ろにいる人間の思惑に気付いて僕は大きくため息をついた。


「……作戦は?」

「さっすが隊長、そう来なくちゃ」

「もう隊長じゃない」


***


 作戦の都合上、閉店後に数日間一人で外出することになったため、ユルヤナには建国祭絡みで軍から臨時の頼まれ事をしたと説明した。別に嘘はついていない。


「……倒れないようにね」

「大丈夫、最近調子が良いから」


 魔銃の鍛錬をしてもルカたちと話しても気分が悪くなったりはしない。相変わらず睡眠薬は飲んでいるけど、旅行中のように半端に夢を見たり早起きしたりすることもない。確実に改善しているから心配するなと説得しても、ユルヤナはまだ不満そうに口を尖らせている。仕方ないので僕は話題を逸らすためにわざと戯けてみせた。


「わかった、夕飯を一人で食べるのが寂しいんだろ」

「別にぃ? いいもん、食堂でマコちゃんとお喋りしながら食べるもん」


『もん』て。冗談のつもりだったのにまさか図星だったのか。


「ハンナさんにツクモの小さい頃の話とか聞いちゃお」

「それはやめて」

「セストを呼んで学院時代のこと話してもらうのもいいなー」

「マジで勘弁して」


 セストのあの様子なら、ユルヤナの頼みとあらばホイホイ呼び出されるに違いない。そして酔った勢いで話を盛られる。それだけは阻止したい。


「じゃあ、早く仕事片付けてきてよ。建国祭までには終わるよね?」

「……そのつもり」


 期限までついてしまった。早く終わらせよう、本当に。

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