第34話 魔導具の加工

「隊員食堂の調理員さんがこの前腰痛めちゃってさあ」

「え、大丈夫?」

「治癒魔法でちょっと良くなりましたけど、しばらく安静だそうです」

「そっか……」


 三人で何気ない話をしながら戻ってくると、いつの間にか客が来ていた。カウンターの上には新聞紙に包まれた大きな何かが乗っていて、馴染み深いポニーテールの後ろ姿を見て思わずぽろりと口に出してしまった。


「カナエさん?」

「あ、おかえり」


 いないと思ったら、カウンター下からユルヤナがひょこっと顔を覗かせた。ハンドクリームの在庫を取っていたようだ。


「ツクモさん。お久しぶりです」


 カナエさんが癒やし系の笑顔とともに振り返り、会釈した。働いている時の動きやすい服装とエプロンではなく、ふんわりとしたブラウスとスカートという新鮮な格好に僕は少し動揺した。


「喫茶店のお姉さんじゃん。カナエさんっていうんだあ」


 しまった、迂闊に声をかけたせいでルカがカナエさんの名前を知ってしまった。


「ルカさんでしたっけ。こんにちは」

「俺の名前覚えててくれたんだねえ。嬉しいなあ」


 すかさず歩み寄り手を取って愛想良く微笑むルカを見て思わず舌打ちしてしまい、カナエさんがびくっとしたので曖昧に微笑んで誤魔化した。


「あの、今日はどうしたんですか?」

「隊長猫被ってるう。おもしろ、あいてっ」


 つい現役時代のノリで金色の後頭部を叩くと思ったより大きな音が出て、カナエさんは目を丸くして驚いた後、口に手を当ててくすくすと笑い出した。


「ごめんなさい、あんまり良い音だったから、ふふっ」

「隊長の叩き方容赦ないんだもん。それで、カナエさん何買いに来たの? ハンドクリーム?」


 ユルヤナが首を振る。


「違うよ、ハンドクリームはついで。ツクモが本命」

「僕?」


 てっきりユルヤナの化粧品の噂を聞きつけてきたのだとばかり思っていたので、今度は僕が驚く番だった。何の用だろうか。


「うちで使ってるフライパンが古くなったから、建国祭でお客様が増える前に買い替えることになったんです。どこで買ったのかオーナーに聞いたら、クライス雑貨店だって言うものですから」

「そうだったんですか」


 またしても祖父の仕業だった。カウンターの上の新聞紙の中身が古いフライパンらしい。


「錆止めと汚れ防止、軽量化かな……」


 早速確認すると、使い込まれたフライパンの魔導式が薄れて効果が消えかかっていた。そのせいで少し錆びが進行してしまったようだ。鉄のフライパンはきちんと手入れをすれば魔法で錆止めなんかしなくてもずっと使える物なのに、あのずぼらなオーナーが手入れを怠ったに違いない。そしてカナエさんはそもそも手入れが必要な物だと知らなかったのだろう。


「軽くて便利だったんですけど……。同じ物って、今も売ってます?」

「作ります。そんなに時間はかかりません」

「えっ?」


 基板が必要なものではない。魔導機械ではなく一般的な魔導具なので、加工は難しくない。店内の端に並べられた同じサイズのフライパンを取ってきて、椅子に座った。仕入れ先が同じなので、形もほとんど一緒だ。


「前に買ったのがいつ頃かわかりますか?」

「ええと、十四、五年前くらいって言ってたような……」

「ユルヤナ、帳簿探せる?」

「見てみる」


 昔いくらで売ったのかユルヤナが探してくれているうちに、フライパンに式を刻むことにする。インクで書き込む方法では熱や洗剤ですぐに式が傷んでしまうので、鉄に直接刻む必要がある。念のためカナエさんにはカウンターから少し離れてもらい、木製の持ち手を外したフライパンに手を添えて呟いた。


焼付筆記ファイアライト


 握った柄の部分から赤い線が延び、丸い底面に放射状に広がりながら式を象る。底面全体を赤い文字がびっしりと埋めた後、端からすうっと見えなくなった。


「魔導具の加工ってこうやるんだあ」

「見せたことなかったっけ」

「俺も初めて見ました」


 妙に目を輝かせているルカとトーマはひとまず放っておいて、僕は元通りに付け直した柄のほうをカナエさんに向けて差し出す。


「持ってみてください。たぶん今までのより軽いと思います」

「あ、ありがとうございます」


 恐る恐る両手に一つずつフライパンを持ってみたカナエさんの顔が綻ぶ。その顔が見たかった。


「本当です! 今までのもじゅうぶん軽かったのに、こっちはもっと軽い!」

「カナエさん、俺にも触らせて」

「あの、俺も……」

「どうぞどうぞ」


 いい歳した男どもが順にわぁとかおおとか声を上げ、カウンター前が何かのテーマパークみたいになっている。


「あったよ、前の記録。……何してんの?」


 ユルヤナが帳簿を持って戻ってきて、謎の賑わいを見せる空間を見て首を傾げた。




 深々と頭を下げるカナエさんを男どもで見送ったところで、僕はふと思いつく。


「そうだ。二人とも、例のナイフの試作品ができたから使ってみてくれない?」

「いいよお」

「喜んで!」


 僕の主観だけでなく、旧型を使ったことがある他の人間の意見も聞いておきたかった。地下工房のことは話さず、物置から取ってきた体で仕様と改修した点を伝える。


「貯蓄器付きはいいねえ。ちょっと重くなったけど、これくらいなら許容範囲かな」

「俺も出力調整が苦手なので一定の魔力しか消費しない仕組みは助かります。商品になったら、俺も一本買わせてください」


 概ね好評だった。このまま製品化して良さそうだ。ダスティンさんに見積もりを送らなければ。


「相変わらずやることが多いねえ、隊長は」

「お前たちが増やしてたんだろ」


 【第四】が揃って夕飯をたかりにきたり、トーマがやらかしたミスの責任を取らされたり、ルカの爛れた女性関係になぜか巻き込まれたり。


「仲いいなー」


 ナイフを恐る恐る触っていたユルヤナが、僕たちのじゃれ合いを見て呆れていた。するとルカが犬歯を見せてにやにやと笑う。


「ユルヤナちゃんも今度遊ぼうねえ」

「えっ、見た目が良ければ何でもいいってこと?」


 ナンパのような軽いノリに身の危険を感じたユルヤナは鳥肌を立てながら肩をさすり、思わず僕の後ろに隠れた。


「大丈夫だよユルヤナちゃん、俺が一番愛してるのは隊長だから」

「気持ち悪い言い方するな」


 深々と頷く顔が真剣なのが一層怖い。


「本当のことなのにい」

「トーマ、こいつ早く連れていってくれ」

「了解です。また来ますね」

「隊長、またねえ」


 最終的にルカがトーマに引きずられる形で退場し、ようやく店内に静寂が訪れて、僕は深いため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る