第33話 祭りの陰

 試作品を作っては調整し、また試してを繰り返し、一日のほとんどを地下で過ごしていたところ、


「いい加減日光を浴びろ! カビ生えるよ!!」

「痛い痛い! ちぎれる!」


 しばらく黙って見守ってくれていたユルヤナがとうとう痺れを切らした。腕を引っ張ったくらいでは僕を立ち上がらせられないことを学び、耳を引っ張って無理矢理外に連れ出した。


「眩しい……」


 耳をさすりながら色が濃くなってきた青空を見上げると、高い位置にある太陽から降り注ぐ光が目に染みた。少し視力が悪くなったかもしれない。ユルヤナの言うとおり、たまには外に出たほうがよさそうだ。


「そりゃあれだけずっと籠ってればね」


 ユルヤナは大げさに首を振ってため息をつく。その手にはチラシがあった。


「どっか行きたいとこ?」

「うん、ランチの割引券ついてたから」


 白レンガ通りよりも中央よりの辺りにある飲食店からの案内にはドリンクの無料券が付いており、建国祭割引と書いてあった。




「ところで建国祭って何すんの?」


 明らかに交通量が増えた大きな通りを歩きながら、ユルヤナが不意に僕を見上げて訊ねた。知らずに割引券だけ使おうとするとは相変わらずちゃっかりしている。


「三日かけて首都中で大騒ぎする、一年で一番大きな祭りだよ。中央の広場がメイン会場になって、最終日は王家が大通りをパレードする」

「へえー」


 名前のとおり国が建った日を祝う祭りだ。もはや誰も由来など気にしておらず、子どもはもちろん大人も昼間から堂々と酒が飲める口実としてみんな浮かれまくる。期間に合わせて各地から様々な客が訪れ、首都の人口が大幅に増えることから、飲食店や宿泊施設、土産物屋などにとっては年に一度の書き入れ時でもあり、こうして十日も前からあちこちが様々なキャンペーンを講じるのだ。


「……建国祭かあ」

「楽しいイベントじゃないの?」


 ため息をついた僕を見て、ユルヤナが首を傾げた。


「子どもの頃は楽しみだったけど。学院にいた頃はそれどころじゃなかったし、軍に入ってからは……。警備に駆り出されてた……」

「ああ……」


 人が増えると事件も増える。首都警察隊だけでは追いつかなくなるため、軍にも応援要請が来るのだ。しかも大体、酔っ払いの殴り合いを止めるとか祭りに便乗して悪事を働く輩を秘密裏に取り締まるとか、荒っぽいことばかり任されて首都中を走り回り、最終日は王家に万が一のことがないようパレードが終わるまで気を張り続けなければならないという憂鬱な期間だった。


「じゃあ、今年はやっと純粋に楽しめるわけだ」

「だといいけど」

「そういうこと言うと本当になるよ」


 そう言われても、ここ数年の嫌な思い出のせいでどうしても楽しそうという気持ちよりも警戒心が先に立ってしまう。ついクセで路地や物陰を確認してしまいながら、街のあちこちに装飾が増え、屋台やステージの建設が着々と進む中を歩いていると、通りの反対側を歩いている男が目に入った。咄嗟にほとんど反射でユルヤナの顔の前に手を出し、同じ方を見ないように視線を遮る。


「わっ、何?」

「ごめん、虫がいた」

「そう?」


 もう一度振り返ると、男の姿は人混みに紛れて見えなくなっていた。


「刺す奴だったかも」

「えー、やだなあ。ツクモ刺されてない?」

「大丈夫」


 僕の嫌な予感はよく当たる。――なんで、例の人身売買組織の幹部が生きてるんだ。


***


「……それ、本当?」

「見間違いじゃないですよね……」


 僕はひとまず、炎蜥蜴サラマンダーの件を無事に終えてダスティンさんに貸していたナイフを返しにきてくれたルカとトーマに相談することにした。一人でいいのにどうして二人揃って来たんだと思ったけど、今回は都合が良い。


「あの事件で粛正対象だった、顔に大きな入れ墨のある男。覚えてないか」

「ああ、あの悪そうな顔の」


 特徴的な外見を改めて思い出すかのように、二人とも斜め上に視線を向けた。


「入れ墨を焼いて消してたけど、間違いない」

「先輩が言うならそうなんでしょうね……」


 ルカに目配せして外に出る口実を作らせ、ユルヤナを店に残して正面入口から住居側入口がある裏手に回るというまどろっこしいことをして、特に日当たりの悪い端のほうでひそひそと話す。


「確かに仕留めたと思ったのに」


 幹部の中でもトップに次ぐ地位にいた、かなりあくどいことをしていた男だった。確か名前はイサンドロ。魔銃で至近距離から胸を二発撃ち、動かないのを確認したはずだった。


「……なんで生きてるのかは一旦保留にしとこ。目立つ入れ墨まで消してこの時期の首都にいるってことは、十中八九何か企んでるよね」

「たぶん」


 通りの向こうにいたにもかかわらず僕がすぐに気付いたのは、周囲の明るい雰囲気に紛れきれていない暗鬱とした空気のせいだった。あの殺伐とした表情は、悪事に懲りて改心した人間の顔じゃない。


「……ユルヤナ、あの組織の被害者なんだ。知られずになんとかしたい」

「なるほど」

「道理でずいぶん積極的だと思った」


 トーマが真剣な顔をしている横でルカはいつもどおりにやにや笑っていて、何なら少し嬉しそうだ。こういう話をしている時のこの男は少し気持ち悪い。


「隊長の命令なら仕方ないよねえ。了解、建国祭本番までに居場所突き止めるね」

「任せた。できれば目的も」

「任された。善処しまーす」


 でもこういうケースでは一番頼もしい。きっと数日中に調べてくれるはずだ。

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