第30話 山道の片付け
転ぶと思った瞬間にユルヤナを抱えて退避したおかげで、二人とも辛うじてトーマに押し潰されることは避けられた。しかし高く上がった水柱を正面から被って、僕もユルヤナも少し乾きかけていた髪がまたずぶ濡れになった。水位が少し浅くなった。
僕は深くため息をつき、大きく息を吸ってから屋内との出入り口まで逃げてげらげら笑っている男に向けて叫んだ。
「ルカ! ちゃんと管理しろ!」
「え!? なんで俺が怒られんの?」
「トーマが何するかくらいわかるだろ、副隊長なんだから」
「まあ正直やるとは思ったよねえ」
後頭部を掻いてすぐに自白した。わかっていて連れてきたのだから連帯責任だ。
「トーマくん、怪我してない……?」
「だいじょぶです、げほっ、すみません」
ユルヤナが咳き込むトーマに声をかけたことで、まだ抱えたままだったことに気付いて下ろした。一部始終を為す術もなく見ていたキールがルカの後ろからそっと顔を出し、小さな声で呟く。
「ユルヤナさん男湯なんだ……」
気持ちはわかるけど口に出すな。
いよいよ収拾が付かなくなってくる前に僕は訊ねる。
「それで、なんでここに? 宿泊先、違うところじゃなかった?」
「町長さんがねえ、少人数で頑張ってくれた俺たちの労をねぎらってホテルのグレード上げてくれるって」
へらへら笑っているルカの言葉を要約すると、被害規模の過少申告を黙っておいてやる代わりに待遇を良くさせたということだ。
「僕には報奨ないの?」
民間人として手伝った上、撃破数で言えば間違いなくトップなのに、これでは【第四】に僕の手柄を横取りされた状態だ。少し悔しい。
するとルカは頷いた。
「その辺は明日詳しく話し合うつもり。回収した魔宝石の価格に色付けてもらえるようにするから安心して」
「じゃあいいか……」
ルカがやると言ったらそうなる。フィジカル的にはトーマのほうが優秀なのに、こいつのほうが副隊長に選ばれた所以だ。僕はちょっとした臨時収入を期待しておけばいい。
いつまでも裸で立ち話をしているのも何だからと、気を取り直して各々湯に浸かり、ようやく一息ついた。
「なんていうか……。トーマさん、ツクモ先輩がいるとポン……いや、うっかりが増えますよね」
今ポンコツって言いかけたな。
「先輩がいると安心しちゃって……」
「安心って……」
トーマはえへへと頭を掻く。
「だって先輩、俺がミスしても絶対カバーしてくれるし」
「カバーさせるな」
それは安心じゃなくて油断だ。するとキールも真剣な顔で頷いた。
「でもわかります。今日もスゲー頼もしかったし。惚れるかと思った」
「チョロすぎない?」
大丈夫か【第四】。
「ところで隊長、明日はどうすんの?」
「隊長じゃない。午前中に
「いいなあ、俺も早く帰りたい」
三人はたぶん、話をつけた後に山道の掃除に加わるのだろう。あの量を片付けるとなると、終わるのは早くても明後日だ。可哀想に。
***
夜は少しくらいうなされるかと思ったけど、夢を見ることもなかった。多少耐性がついたのかベッドが上等だったからかはわからないものの、少しでも快方に向かっていると信じたい。
目を覚ますとユルヤナは既に起きていた。髪が少し湿っているということは。
「……朝風呂?」
「うん! 気持ちよかったー。ツクモももう一回くらい入ってくれば?」
「僕はいいよ……」
どれだけ温泉が好きなんだ。楽しんでいるならまあいいか。
ホテルをチェックアウトして山道入口に向かうと、早速整備作業が始まっていた。地元民と思しき日に焼けた男性たちが集まって今日の段取りを話し合っているところに近寄るなり、彼らに混ざっていたトーマがすぐに気付いた。
「あ、先輩! おはようございます!」
「先輩? あんたも軍人か?」
顔に大きな傷がある年長と思しき男性が、僕のラフな格好を見て首を傾げる。
「いえ、民間人です。ちょっと知り合いなだけで」
「先輩、どうしたんですか?」
ややこしくなるから先輩を連呼するな。
「
「なるほど。どうせこの辺りで捌くことになりますし、いいですよね」
おそらく男性たちは熟練のハンターなのだろう。回収は若い衆に任せて、ここで解体作業を行う担当のようだ。キールはたぶん、『社会勉強』のためにルカが話し合いの方に連れ出しているとみた。
「あんた、
「ええ、まあ。流石に本職のハンターさんみたいには無理ですけど、魔宝石を取り出すくらいなら」
「ふーん……?」
怪しいのはわかる。一応許可は取ったので、ほどほどに話を切り上げて端のほうを借り、鞄から取り出した
「そのナイフも魔法がかかってる?」
「一応魔導機械だよ」
大ぶりなナイフは、魔力を通すと小さくブン、という音が鳴る。地元では肉を食べたり皮を工芸品に使ったりもするらしいけど、初夏の溶岩地帯に一晩放置された死骸は流石に食べられないだろう。
僕は死骸に残る僅かな魔力を辿り、魔宝石の在処を突き止め、蜥蜴の胸の辺りにさくりとナイフを差し込んだ。
と、
「何だそのナイフ」
不審そうな顔で僕の行動を見ていた年長ハンターが、低く唸るような声を出した。
「いくら柔い腹側って言っても、
と言いかけて、視線を逸らして考え込んだ。
「いや、前にもそんなナイフ持った奴がいたな……」
僕と【第四】のメンバー以外でこのナイフを持っていて、昔ここに来たことがある人間というと、心当たりは一人しかいない。
「もしかして、その人もこんな顔してませんでした? たぶん歳はもっと上だと思うんですけど」
ユルヤナも同じことを考えていたようで、僕の顔を掴んで無理やりハンターの方に向け、指さした。すると強面の男性はしげしげと僕の顔を見た後、ハッと気付いた。
「……確かに! 黒いくせ毛で背も高かった!」
やっぱり祖父の仕業だった。
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